第10話 大丈夫な人なんですか?

★★★(テスカ)



「あ、ヨシミちゃん久しぶり」


「外で会うのは寺子屋6年生でのクラス替え以来だねぇ」


 親し気に話し掛けるヒカリ様。

 同じく親し気に返してくる女の子。


 見た感じ、元気が良くて面倒見良さそうな、頼れるお姉さん、みたいな感じの子やったわ。背もだいぶ高い。

 髪の毛は短めやけど、恰好は別にボーイッシュちゃう。

 アクセサリーもバッチリ決めてはったし、着物の柄もよぉ吟味された赤と黒のセンスいい感じやったわ。


 で、あれからどうだった? とか。

 自分はこうだった、とか。


 ふたりで近況報告の情報交換されてた。


「で、ヒカリちゃんはやっぱり、結婚する人としか付き合わないとかまだ言ってるの?」


「まぁねぇ。それが理想だから、やっぱり」


「……ま、ヒカリちゃんの人生だから好きにしたら良いけど、茨の道だと思うよ?」


「そういう事を言わないでっ」


 笑いが混じった近況報告。


 それにウチは……


 疎外感を感じとったわ。


 さっきまで、ヒカリ様はウチが独り占めしてたのに。


 突然、ヒカリ様の昔の友達がやってきて……


 横取りされた感じやった。


 ちなみに、突如現れた女の子は、2人。


 ヒカリ様と親し気に話しているのは、ヨシミとかいう女の子。

 そのツレの女の子は……


 ヨシミの傍に控えて、ニコニコしとった。


 ポニーテールで、青色のセンスのいい着物を着た女子やった。

 名前は分からへんけど……


 ウチも、ああいう感じにすべきなんかな?


 それが……普通の在り方、なん?


 横取りされた、なんて思って、拗ねて腐ってたら、まるっきし子供や。

 それくらい、ウチかて分かる。


 でも、じゃあどうすればいいの?


 この場合のウチ?


 ウチはそういう経験が圧倒的に足りてへん。

 それは自覚しとる。


 だから、この場合何をするべきなのかは、皆目見当がつかん。


 ……真似しといた方がいいのかな?


 いや……すべきやろ。

 行動の指針が無いんやし!



★★★(クローバ)



 私はクローバ。

 ヨシミ様付きの使用人だ。

 ヨシミ様の家のフラワーガーデン家はそれなりの商家で。


 元々は甘味処をやってたしがない店屋だったのだけど、ある日「アイスだいふく」という新お菓子を発売し、それが大当たりして一気に大きくなった。


 ちなみに、そのアイスだいふくのアイディアを出したのが、このヒカリ様のお母上のクミ・ヤマモト様と聞いている。

 その繋がりで、ヒカリ様とヨシミ様は友達付き合いが深い。


 親同士にビジネス上の恩義があるから、余計にそうなるのか。


 ヨシミ様にお仕えして、まだ日は浅いけど。

 粗相は出来ない。


 ウチの家は一家で雇われてるから。


 ……母さんは家政婦、父さんは馬車の御者、兄さんはヨシミ様の家庭教師……。

 そして私はヨシミ様の世話係。


 私の失敗が、家族の失敗になってしまう。


 だから主人の会話に口は挟まず、傍に控えて愛想よく微笑んでいた。


 そうしていたら……


 ヒカリ様が連れていた子が、こっちにトコトコとやってきた。

 背が低めで、髪の毛が男の子みたいに短い、豹柄の帯を締めた子だった。


 ヒカリ様の友達だろうか?

 従者、って感じじゃ無いと思ったから。


 そんな子が……やってきて……


 ニヤッ


 ぎこちなく、笑ったのだ。


 ……え? 何?


 何なの?



★★★(テスカ)



 ……しもた。

 ウチ、なんかやらかしたかもしれへん。


 でも、それが何なんか分からへん……


 どないしょ……?


 とりあえず傍に着て、笑って見せてみたけど、なんか明らかにヒかれてる……


 何なん? 何なん?


 分からへん……


 ウチは、違和感に気づきながら。

 何をすればいいのか分からへんもんやから、今やってることを止められずに居た……



★★★(ヨシミ)



 私はヨシミ・フラワーガーデン。

 成り上がりモンの成金娘。


 元々、甘味処の店の子だったんだけど、ある日突然お金持ちになった。

 新開発したお菓子が、メチャメチャ当たったんだ。

 そのせいで、数年でちょっとしたお屋敷に住んで、使用人まで雇う身に。



 朝御飯にみそ汁と梅干、メザシを食べる庶民の子だったのに。

 ある日突然、朝食にパンとトースト、コーヒーにスクランブルエッグとサラダを合わせるような身分になってしまった。


 そんな成金の子だ。


 ヒカリちゃんは、大の友達。

 ウチの家が裕福になる切っ掛けをくれた家の子でもあるから、余計にそうなった。


 寺子屋では3年生から6年生まで一緒のクラスだったから、今日、偶然外で出会えたのは嬉しかった。

 家で会うときは親同伴だし。


 寺子屋だと、クラスが違うからなかなか会いに行けない。


 ヒカリちゃん、人気あるしね。

 人が多くて、近づくの難しいのよ。

 クラスが違うと。


 それでクローバに無理させるのも忍びないし。


 ……いいって言ったのに。

 お父さんが「従者として最適なのがお前だから、付いてもらっておけ」って言って。


 クローバの一家を一家丸ごと使用人として雇ったとき、クローバが仕える主人に設定されてしまった。


 何者なんだ。私は。


 ……まぁ、そんなこんなで。

 溜まるものがあった私は、ついつい、ヒカリちゃんと話し込んでしまい……


 その子に気づくのが、遅れた。


 ヒカリちゃん、誰か連れてた。


 背の低い子だった。知らない子。


 紺色の着物に、豹柄の帯を締めた姿の、髪の短い。三白眼の女の子だった。


 ヒカリちゃんの新しい友達……?


 そう思ったとき、紹介してもらおうと言い出す前に、その子がトコトコやってきて。


 私たちの傍に来て、ニヤッと笑ったんだ。


 ……え?



★★★(ヒカリ)



「ヒカリ、この人は……」


 ヨシミちゃんに言われてから。

 自分が久しく会って無かった友達に会った喜びで、トリポカさんを蔑ろにしていたことに気づいた。


 ゴメン! トリポカさん!


 私は慌てて紹介した。


「こちら、テスカ・トリポカさん。今同じクラスになってる友達」


 手で示すと、トリポカさんは


「テスカ・トリポカです。よろしゅうおねがいします」


 深々と頭を下げてくれた。


 ゴメンね。困ったよね?


「ヨシミ・フラワーガーデンです」


「その従者・クローバです」


 ヨシミちゃんサイドも自己紹介。

 ……ふう、これで良し? 


「今日は、トリポカさんと演劇を観に来たの」


 自己紹介が終わったので、私はヨシミちゃんに事情を説明した。


 すると


「え? そうなの?」


 偶然! って顔のヨシミちゃん。


 続く言葉に、私は驚いた。


「私たちもさっき、『神話戦争』の劇を観て来たところなんだよ」


 何たる偶然。

 多分、買った席が違ったんだね。

 だから、気づかなかったんだ。


 梅席か茸席だったんだと私は踏んだ。


 ……だったら、これから4人で話し込むのも……


 私は脳裏でビジョンを描く。


 ……このときの私は、この後とんでもない事が起きることにまだ何も気づいていなかった……



★★★(クローバ)



 私は、警戒していた。

 彼女の名乗りを受けた際、その名前に覚えがあったからだ。


 テスカ・トリポカ。


 ……元カンサイ人の、帰化人の家の子。


 その名前が、私の脳内のデータベース上に在ったのだ。


 従者をやる以上、主人に近づく人間の性質には、細心の注意を払わなければならない。

 みすみす、主人に悪い影響を与えかねない人間だと気づいていながら、黙ってそれを見逃すなど、従者失格だ。


 カンサイ人……ゴール王国の隣の、カンサイ地区を故郷とする人間の総称。

 カンサイ地区は10年スパンで国が滅亡する安定しない土地で、今はオーサカ帝国なる国が建っているけどあと2~3年で滅ぶだろうというのがもっぱらの見立てだ。


 カンサイ地区に住むものは、刹那的で、感情で動き、文字がろくに読めず、すぐ「殺すぞ」という言葉を使う、粗野な連中。

 彼女は、そんな土地から来た人間なのだ……


 そこのところを、注意して見なければいけない。


 これは、差別と謗られるかもしれないのは重々承知している。

 けれど。


 自分は、従者なのだ。


 主人を、守らなければならないのだ。


 ……ヨシミ様は気づいてらっしゃらない。

 お教えした方がいいのだろうか?



★★★(テスカ)



 カフェテラス、ってところに4人で入った。


 そこで、演劇談議に話を咲かせたんや。


 ……ヒカリ様と、ヨシミ様が。


 ウチは会話に入れんかった。


 クローバさんも黙っとったけど、この人は従者やからなぁ。

 主人の会話には割り込まないんやろ。


 でも、ウチは違う。

 ウチは別にヒカリ様の従者ちゃう。


 お慕いはしてるけどな。


 ……黙ーって。コーヒーを飲んでた。

 角砂糖を3つくらい入れて、甘くしたコーヒーを。


 ……会話が無い……


 こんなんで、ウチ、いいんかな……?


 焦りが湧く。

 ヒカリ様が気を遣ってくれないと、自分から会話することもできへん。


 黙って、会話を弾ませるヒカリ様とヨシミ様を見守っとった。


 ……情けないなぁ。


 自分の情けなさが、否応なく、突き付けられる。


 ……アカン。


 ちょっと、仕切り直そう。


 ウチは、そう思た。

 思たんや。


「ちょっとお花摘みに行ってよろしいか?」


 言いつつ、席を立った。


 トイレに行くことにかこつけて、ちょっと気合を入れ直してこようと思たんや。


 このまんまやと、ウチはアカン。

 そう思たから。


 この……帯を貸してくれたオカンの気持ちに報いることができへん。

 そう思たんや。


「うん。急がなくていいからね」


 ヒカリ様はそう言ってくれはった。


 そして、トイレに向かって歩きながら……


 どうしよう……


 会話に加わるって、どないしたらいいんや?


 ホンマ、情けないなぁ……


 気分が沈んで来る。


 ウチ、木偶の坊やん……。


 考えた。

 必死で。


 この状況の、打開策を。


 ……でも、分からへん。


 そして……


 ……しょうがない。


 そしてウチは、諦めた。

 今回だけは、って枕詞がつくけどな。


 今日は聞き上手に徹して、会話という達人の所業については、挑戦するのはまた今度にしよう。

 それしかあらへん。


 そうせんかったら、多分ウチ、大失敗するわ……。

 ドラゴンに竹槍一本で挑むようなもんやで……。


 ……考えたら、トイレ引っ込んでもうた。


 やめとくか……


 今日の行動方針が固まったウチは、そうして。

 トイレに結局行かず、席に戻ろうとした。


 そのとき、やったんや……


「あの人、カンサイ人ですよね? 大丈夫な人なんですか?」


 ……ウチらの席から、そんな言葉が聞こえて来た。

 言っていたのは、クローバさんやった……。

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