第11話 馬鹿にせんといて!

★★★(テスカ)



 こいつ、大丈夫な人なんか……


 そっか。

 陰でそういう風に思われてたんやね……


 なんでバレたんやろ……?

 話し方?


 それとも、やっぱ分かるんかな?


 臭いとか、そんなんで……



 ウチは逃げ出した。

 だってもう、どの面下げて自分の席に戻れ言うねん。


 無理や!


 絶対に無理や!


 テーブルに背を向けてカフェテラスを逃げ出した。


 後ろから何か聞こえた気がしたけど。振り返れへんかった。



★★★(ヒカリ)



「クローバ! 何を言い出すの!?」


「お言葉ですがヨシミ様、カンサイ人は犯罪者含有率が高すぎる民族です。従者としては警戒する必要が……」


「ゴメン。ヨシミちゃん。私、行くね」


 私の目の前で、ヨシミちゃんと従者のクローバさんが言い争いをはじめたけど。

 私は宥めようとは思わなかった。


『ヒカリ。今すぐ追うんだよ。取り返しがつかなくなるから』


 テツコに言われるまでもない。


 邪魔になるからと、私の中に引っ込んでたテツコ。

 それが再び出現し、私に警告してきた。


 馬鹿にしないで。

 いくらポンコツでも、それぐらい分かるから!


 私は自分とトリポカさんの飲食代の代金として、1000円小銀貨を1枚置いた。


「2人分の払いはこれで足りるよね。ゴメンね。私、ちょっと行ってくる!」


「ゴメンね。私がキチンと叱っておくから」


「いいから、じゃ、時間ないし!」


 私は走り出した。



★★★(テスカ)



 ……逃げてしもうた。


 多分、これは最悪手よなぁ……。


 それぐらい、アホな自分でも分かるわ……


 トボトボ街を歩いて。

 どこかの飲み屋の入り口の階段に、ペタン、と腰を下ろした。


 まだお昼やから、飲み屋はやっとれへん。

 だから、座るくらいええやろ。


 ……そのときになって、ウチは自分が泣いてることに気づいた。


 ……アホちゃうか?

 これまでに何度も、差別なんて受けて来たやんか。


 なんともなかったやん。


 何で今更泣いとるの?


 油断しとったから?


 この状況で、自分をカンサイ人やからと差別する人が出てくるはず無いて……。


 ヒカリ様があんまりにも優しいから、他の人にも優しくしてもらえると思てたんやね……。


 やっぱウチ、アホやわ……。


 ゴール王国民からしたら、思わず警戒してしまうカンサイ人の血がウチに流れている事。

 忘れてしまうなんて……。


 オカンゴメン……宝物の帯、貸してもろたのに……。


 こんな情けないことになってしもた……。


 ヒカリ様……今、何してるんかな?


 突然逃げ出したウチに、呆れてしもてるかな……?

 何あれ? 幼児……? って。


 嫌な事があったら、逃げ出すなんてまるっきし子供や……。


 あ……!


 ひとつ、重大な事を忘れていたことを思い出した。


 ウチ、コーヒーのお金払ってない!


 ど……どないしょ?


 無銭飲食や……!


 いや、多分、払いを残った人に押し付ける形になってるに違いないわ。

 も……戻らな!


 場所、どこやったっけ?


 無我夢中で走って来たから、道順覚えてへん!


 でも、戻らな!


 最悪中の最悪になってまうやんか!


 顔合わせ辛いけど、お金の払いを押し付けるて。

 お金を盗んでるのと一緒や!


 ……カンサイ人は犯罪者。息をするように他人のお金を盗み、そのくせ被害者ヅラする。


 アカン! それは絶対にアカン!


 ウチは戻ろうと思った。

 それだけは、やらなあかんことやと思ったからや。


 ウチは立ち上がった。


 そして来た道を戻ろうと、駆けだそうとしたときやった。


「見つけた……」


 聞き覚えのある声が、背中からしたんや。


 振り返った。


 そこに居たのは、ヒカリ様やった。

 テツコのやつも伴って。



★★★(ヒカリ)



「ヒカリ様すみませんでした! ウチ、アホ過ぎて思わず逃げてしまいました!」


 トリポカさんがぺこぺこ頭を下げてくる。


 私はその様子が痛々しかった。


 ……私のお母さんだって、帰化人なのに。

 その想いがあったから、別に何も悪いことをしていないのに、カンサイ人の帰化人だからと差別されるトリポカさんが、どこか放っておけないところがあったんだ。



 私のお母さん、クミ・ヤマモトは帰化人だ。

 ニホンっていう、良く分からない国からこのゴール王国に来たらしい。


 どうやって来たかは分からない。

 お母さん、その辺の記憶が無くなってて分からないって言ってた。


 で、最初密入国者みたいな立ち位置でこの街で生活をはじめて。

 お父さんと出会う事になった事件があり、そこで持ち前の行動力と知恵で、大きな問題解決して、ご褒美で帰化人にしてもらえた。

 そう、昔寝るときに教えてもらった。


 私が差別されないで、普通に居られるのは、お母さんの国のニホンが、マイナー過ぎて誰も知らない国だってことと、たまたまお母さんが英雄になるような仕事をしてしまったためだ。


 私だって、ボタンの掛け違えがあったら、トリポカさんみたいな事になってたかもしれないんだ。


 だから、なんとなく放っておけなかったんだ。


「お金は!? お金はどうなりました!?」


 真っ青になって、トリポカさん。

 目尻に涙の痕があった。


 ……さっきまで、泣いてたんだね。

 で、お金を払って無いことに気づいて、払いに戻ろうとしてたところだったんだ。


 ……真面目だね。

 トリポカさん、やっぱり真面目だと思うよ?


 差別されたから、その埋め合わせだ、なんて。

 そういう考え方、しないんだね。


 それだけでも、立派だと思うよ。


「……私が払ったから、気にしないで」


 そう、言ってあげたら。


 トリポカさん、真っ青になった。



★★★(テスカ)



 ウチのお金、ヒカリ様が払ってくれたんか!?


 コーヒー、いくらやったっけ!?


 確か500円やった気がするけど!


 ウチが帯の間に挟んでいた財布を出そうとしたら


「そんなのいいから」


 ヒカリ様、ウチの手を押しとどめようとされはった。

 そんな!


「良くないです!」


 そのときや


「私の配慮が足りなかったからああなったの。その埋め合わせだと思って……」


 ヒカリ様は、笑顔でそんなことを言うたんや。


 その一言……


「配慮って何ですか!?」


 その一言が、カチンと来たんや。


 何でか分からへんかった。


 でも……段々、分かって来た。


 ウチに対する配慮。

 それは……


 ウチはデリケートな、差別されやすい元カンサイ人。

 そんなウチと遊んでいるのに、外の人と引き合わせたのがそもそもの原因。


 つまり、自分の配慮が足りなかった。

 ウチといる間は、他の人と関わるべきじゃ無かったんだ……。


 一見、優しい考えに見えるかもしれへんね。

 でもね、この考え方には差別が隠れているんや。


 つまり……そんな気を遣わないといけない、弱い存在……


 一段低い人間やと、思ってる証拠や無いか!


「埋め合わせって何ですか!? ウチ、乞食ちゃうんですよ!?」


 気が付いたら、ヒカリ様を睨みつけとった。

 ヒカリ様、ウチの剣幕に気圧されて……いや、戸惑ってはったんかな?


 固まってはったわ。


 そのときや。


『ヒカリ……今のはアンタが悪い』


 脇で見ていたテツコが、そう口を挟んできた。




「私が……悪いの? どうして……?」


『今、トリポカちゃんが言った通りでしょ。アンタ、可哀想なトリポカちゃんに施そうとしたのよ』


 戸惑ってるヒカリ様に、テツコは厳しい声でそう言うた。

 テツコが言うたことは……まさにウチがカチンと来たところやった。


 分かってくれるんか……!


「そんなつもりじゃ……」


『そんなつもりじゃなくても、実質そうなの。重要なのは、そこだけ』


 ヒカリ様、自覚が無かったんやね。

 それはやっぱり、ヒカリ様が幸せに生きて来たからやろね……。


 ヒカリ様には、ウチの気持ちは分からない……


「…………」


 ヒカリ様、黙ってしもた。


 ウチも黙る。


 ……ウチ、ヒカリ様をお慕いしているけど。

 乞食や腰巾着になるつもりは無い。


 それがウチの正直な気持ち。


 ウチらはノラハンター。

 力を合わせて、邪悪と戦う戦士のはず。


 それが、こんな状態でいいんやろか……?


 言いたいことが色々あったけど。

 それを口にすると、一気に崩れてしまいそうな。


 そんな不安。


 どのくらい、そうしてたやろか?


 スッ、とヒカリ様が手を差し出したんや。


「……コーヒー代、500円」


 それだけ、言いながら。


 言い方、ちょっとだけ固かった。


「500円ですね」


 ウチは、財布の紐を解いて、100円銭を5枚、取り出した。

 それを、ヒカリ様の綺麗な手の上に並べた。


「これで、問題ないね」


 言いながら、ヒカリ様は紐を取り出して。

 その100円銭を5枚、穴に通していく。


 ヒカリ様は、100円銭はそう言う風にして管理する人やったんやね……。

 キッチリしてはるんやろうなぁ、それが、見て取れた。


「色々ゴメン……いや、配慮とかそういうのじゃなくて。本当にあなたの気持ち、分かってあげられてなかったな、って……」


 紐を帯の中に戻しながら、ヒカリ様。

 ウチは首を左右に振った。


「それはしょうがないことなんです。そういう異能使いでもない限り、他人の気持ちなんて本当に分かるわけ無いんですから」


 ちょっと調子に乗ったウチは、そんな生意気な事を言ってしもた。

 言うてから「……ウチ、偉そうやな」と恥ずかしくなる。


 けど。


「だったら、私からもいいかな?」


 ヒカリ様の一言を、それが引きだしたみたいやった。


「何でしょう?」


 ウチがそう答えると。


「……ヒカリ様、止めて欲しいな。少なくとも、ふたりきりのときは」


 ……え?


 ウチの胸が、高鳴った。

 それって……


 呼び捨てで呼べってこと?


 でもそれは……さすがに……


 ゴクン、とウチは唾を飲み込み


「……わ、分かりました……」


 気合を入れて……


「……ヒ……ヒカリさん」


 これが、ウチの限界やったわ。


 それを聞いて、ヒカリさんはニッコリ微笑んで。


「これからもよろしくね。テスカさん」


 ……ヒカリさんは、ウチの事を名前で呼んでくれたんや……!


 こんな嬉しい事……あっていいんやろうか……?


 ウチがそう、天に昇るような心地を味わっているとき。

 それが、聞こえてきたんや。


 エロマニアアアアアアアアア!!!


 きゃああああああああ!!!

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