第6話 ペルセポネハンター参上や!

★★★(テスカ)



 イザナミハンターに変身したヒカリ様は、大きくジャンプして悲鳴の現場に向かわれはった。

 その跳躍力たるや……普通の女の子……ううん、人間の域を超えて……いや……!


「飛んではる……!」


 ヒカリ様のジャンプは高さ10メートルを超えてはった。

 それだけでもすごいのに、ジャンプの頂点で停止して、そのままびゅーんと飛んで行きはったんや。


『あれがイザナミノミコトの力よ。イハイパクトには、冥府の女神の力が込められていて、その女神に応じた精霊魔法が使い放題になるの』


 ちなみにヒカリのイザナミノミコトは、日本神話の創世神の片割れ。

 彼女は国土創世の際に命を落とし、死後冥府でその身体を腐らせながら、体内に雷神を飼うという恐ろしい姿になっていたとか。

 そのために、変身したヒカリは雷と土の精霊魔法を使い放題になってるのよ……やって。


 そんなにすごいんや……


「ウ……ウチのペルセポネーはどんなんなん?」


 当然気になるから、聞いてしもた。

 今は急がなアカンの分かってるんやけどな。


 そしたら、テツコは怒らんと教えてくれたわ。


『ペルセポネーはギリシャ神話で冥府の王妃を務める女神。元々は花の女神だったけど、冥府の王ハデスに見初められ、冥府の王妃になった。彼女は一年のうち、半分を冥府で過ごし、残り半分を地上で過ごす約束をした』


 豊穣の女神たる彼女の母が、その結婚に反対していたために。そのため、彼女が冥府に居る一年の半分は冬になる……そういう伝承を持つ女神よ。

 だから、アンタは変身すれば木と氷の精霊魔法を使い放題よ……やって。


 ウチに……そんな力が……!


 ウチは、手の中の「ノラハンター変身セット」を見つめた。


 超ラッキー!

 たまらんわー!


 ……いやいやいや。

 そんな浮ついた気持ち、持ったらアカン。


 これは重大な使命を果たすためのアイテムなんやから……!



 雑念を振り払うために、ウチは頭を左右に振り、ウチも女子の悲鳴の下に急いだ。




「助けてえええええ!」


 寺子屋の運動場に出ると。


 運動部のモンがデカイ怪物から逃げ惑ってた。


 陸上部、テニス部、ラクロス部……


 追われてるのは女子ばっかや。


 男は蹴っ飛ばされて、戦闘不能になっとった。

 多分、襲われる女子を守ろうとしたんやろな。


 蹴っ飛ばされて、ノビとる。


 でも、ウチはこいつらのこと、ダサイとは思わんかった。


 ……この寺子屋の奴らはウチを差別する奴らばっかりやから嫌いやけどな。

 でも、その身を挺して女子を守ろうとした男子については、素直にかっこええと思うた。


 腹立つ奴らやけど……守らなアカン。


 そう、思った。


「いやあ……変な臭いがする」


「とれないよぉ……」


「助けてお母さん……!」


 そして。

 追い回しているデカイ怪物に追い詰められた女子は、怪物が両手から発射する白い粘液をぶっかけられて、動けなくなってた。


 ……ここからも臭う。

 すごい生臭い粘液や。


 その粘液は女子にぶっかけられると瞬く間に硬化して、女子を動けなくさせる効果まであるみたいやった。


 幸い、顔にぶっかけられて窒息してる子はおらへんみたいや。


 多分、捧げものの関係やろう。


 極上のそそる泣きっ面を、混沌神マーラに捧げる、言うてたからな……。


 皆、皆、泣いとった。

 あれは苦痛で泣いとるんやない。


 恐怖と屈辱で泣いとるんや。


 ……最低や。あんなもんを捧げもんにするなんて……


 エロマニアァァァァァァァッ!


 怪物の吠え声。

 ウチは厳しい目を向けた。


 欲望の怪物。エロマニア。

 それは寺子屋の校舎に迫るほどに大きくて……。


 全体的なフォルムは、頭部のない巨人。


 体色は赤と白。


 胸の部分に、牛の顔の模様があり、両手が筒状になってて。

 指が無く、代わりに先端にひとつの大きな穴が開いてて……白い粘液はそこから発射しとる。


 ……そういや、口が無い。

 口が無いのに、どこから吠えとるの? このエロマニア?


「いい泣きっ面だワン! まるでゆーあーるーしーのようだワーン!」


 っと!

 そんな事はどうでもええ!


 ウチは、エロマニアの肩に摑まってる何かの影に気づいて、見やった。


 ……メチャキモいのがくっついとった!


 一言で言うと、人面犬や!


 しかも、中年のハゲたおっさんの顔の人面犬!


 それがエロマニアの肩に摑まって、ニヤけとった。


 ……間違いない。

 こいつがノライヌエンペラー……!


 なんてキモくて……邪悪な奴なんや……!


 ウチは思わず、やい! って言おうと思った。


 そのときやった。


「そこまでよっ!」


 ……ヒカリ様が弾丸のように飛来して来て、エロマニアにドロップキックをかましはったんや。


 体重差、明らかなのに。

 何故か、エロマニアはそれで吹っ飛ばされる。


 体重差を埋めてしまうほどの速度でドロップキックされたいうことなんか!?


「何者だワン!?」


 自身も吹っ飛ばされながら、くるりと宙で体勢を整え、後ろ足で着地するノライヌエンペラー。


「あなたたちを倒す存在……ノラハンターよ!」


 ビシッ!


 こちらもドロップキックの体勢から、綺麗に着地して、指を突き付けるヒカリ様。

 多分、精霊魔法の効果で空中の体勢制御をされてるんやろうね。


「ノラハンター……? 閻魔の手の者かワン!?」


 名乗りを受けたノライヌエンペラーは、悔しそうに顔を歪めて。


「我らの目的を邪魔されてたまるかワン! やってしまえエロマニア!」


 エロマニアアアアア!!!


 エロマニアに迎撃を指示する。


 両腕を構えてドスドスと迫ってくるエロマニア。

 ヒカリ様はそれを正面から見据え……


 その変身時に伸びた髪の毛から……あれはおりんスティック……!? を取り出した。


 そして


「おりんスティック! 如意棒モード!」


 ギュン!


 一瞬で、おりんスティックが長さ1メートル半くらいの金属棒に変化し、ヒカリ様の武器になる。

 それを構えるヒカリ様。


 ……ああ。

 だから、ヒカリ様は毎日杖術の稽古をなさってたんやね……。


 このときのためやったんや……!



★★★(ゲーハー)



 俺はゲーハー。

 元人間だワン。


 生前、電車で痴漢を繰り返し。

 逮捕されても止められず、続けに続けて。


 あるとき、とうとう普通に生きていくのも難しくなり、そのまま野垂れ死んで、地獄に堕ちたワン。


 地獄の生活は苦しかったワン。


 痴漢もやり過ぎると地獄に堕ちる……。

 まさかこんな事になるなんて。


 それを後悔しても遅かったワン。


 毎日毎日、地獄の責め苦を受け続けて、苦しい苦しいと思っていたら。


 ある時、異界の女神と称する存在が、俺に呼び掛けて来たワン。


『妾はマーラ。愛の女神であるぞ。地獄の亡者、池巻下郎いけまきしたろうよ、そこから解放してやろうか?』


「本当か!?」


 俺は、すぐさま返事したワン。

 聞きたくてたまらない言葉だったから。


『無論、条件はある。……妾は、妾の居るべき世界では肉体を失っておる。対立する神との一騎打ちで相討ちになってしまったせいでな』


「それを戻せというのか!?」


『話が早いの……まぁ、そうじゃ。やってくれるか?』


「ここから解放してくれるのなら!」


 ……そして。

 俺はこちらの世界に、ノライヌエンペラーとして転生したのだったワン。

 お土産として、地獄から大量のDLメモリを持ち出して。


 マーラは言ったワン。

 妾は、女たちが恐怖と屈辱で見せる美しい泣き顔を所望じゃ、と。

 それが十分に集まれば、妾は復活できる。


 その暁には、お主たちをそのノライヌエンペラーの姿から、人間の姿へと再度生まれ変わらせてやろうぞ、と。


 ……絶対に、成し遂げてやるワン。


 俺たちは、誓い合ったワン。


 俺の他にも、あと2人、マーラに誘われた亡者が居たワン。


 ノゾキのし過ぎで社会に居場所が無くなり、野垂れ死んで地獄に堕ちた「ヒゲ」


 (ピー)のし過ぎで社会に居場所が無くなり、野垂れ死んで地獄に堕ちた「キモデブ」


 それぞれ、本当の名前は別にあったけれど、いつか人間へと復活する日まで、その名は封印すると誓い合ったワン。



 ……それなのに……



 ノラハンターだと!?


 そんなもんが来るなんて、聞いてないワン!


 ……閻魔の奴、俺たちがDLメモリを持ち出したから、追っ手を差し向けたのかワン!?


 畜生……畜生ワン!


 邪魔されて……邪魔されてたまるもんか……ワン!


 見ると、あのノラハンターを名乗った金髪小娘、如意棒みたいな金属棒を駆使して、かなり有利にエロマニアとの戦いを進めているワン。

 ほっとくとマズイ。


 それが、見て取れたワン……。


 なんとかしないと……



 俺は、考えたワン。


 周囲を見回し……


 閃くものがあったワン。


 俺は、傍でエロマニアの粘液攻撃で動けなくなって苦しんでいる少女に近づいた。


 そして、声を張り上げたワン。


「オイ! 抵抗をやめろワーン!」


 犬の前足で、メガホンを作りながら。


 金髪小娘の目が、こちらに向いたワン。

 よし……!


「武器を捨てろワーン! 武器を捨てないと、この娘にディープキスするワーン!!」


 そう言った瞬間、足元の娘が真っ青になって叫びだした。


「いやあああああああああああ!! 助けてえええええええ!!」


 極上の泣きっ面を確保できて、かつ脅せる。

 一石二鳥だワン。


 ……なんだか、心が傷ついた気がするのは、気のせいだワン。


 きっと、そうワン……。


 だから、俺はさらに声を張り上げる。


「それだけじゃないぞワーン!? 身体も触りまくって、お嫁にいけなくしてやるぞワーン!!」


 ……突き抜けると、何だか快感があったワン。


 金髪小娘の表情が、膠着状態……武装解除か、戦闘継続かの二択で固まってるのが見て取れる。

 いいぞ、いいぞ、と思っていた。


 思っていたところだったワン……。


 いきなり、背中からキックを喰らって、俺は吹っ飛ばされたワン。


「ルギャアアアアアアわーん!」


 吹っ飛ばされてもんどりうって転げまわり、ようやく身を起こして、自分がさっきまで居た場所を見ると。


 そこには……



 ボーイッシュな、短めの赤い髪。

 黒いスパッツと、黒いへそ出しのフリル付きノースリーブ衣装、

 同色のブーツと手袋を身に纏った。


 もう1人の、少女戦士。


 少女戦士は、その三白眼気味の目でこちらを睨み据えながら、宣言したワン。


「正義の使者・ペルセポネハンター、ここに参上や!」


 ……捕らわれの少女を庇うように立ちながら。

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