第7話 着物

「縫って」

 部屋の隅、乱雑に反物が転がされていた。

 真新しい畳の匂いがする。

 指を滑らせると、高価な絹で出来ているようだった。

 牡丹が美しい。反物を見ているふりをしながら恐る恐る彼の人を伺う。気に入ったのか、彼の人も視線を落としていた。


 立って裁縫道具を用意する。

 あの人は手を止めることなく反物の柄を確認していた。ずるずると引き摺られ、芯木に巻かれた絹がころりころりと転がった。

 彼の人がこれ程までに何かを気に入っているところを初めて見た。

 赤い牡丹の上を、梅の花の乗ったような白魚が泳ぐ。伏せられた珊瑚色の瞳に貫かれたかった。こちらを見てはくれないだろうか、と思った時、芯木からついに生地が外れ、コロコロと転がった。自分のつま先に当たって止まった。

 芯の行方を追っていた彼女の視線が足の先から脛、太ももとゆっくりあがる。腹、胸、首ときたところで一度瞬き。

 その視線だけで全身が痺れるようだった。ゆっくりと瞼が持ち上がる。最後にバチバチビリビリ音が聞こえるほどに明白に、彼の人と目があった。


 自分の口からハクりと何か空気のようなものが漏れ出す音がした。

 自分の体とは思えぬほどにぎこちなく、油をさしてはもらえぬからくり人形のような仕草で反物を手にとる。

 布地と畳が擦れ合って音がした。


 ズッ。

【幕間】

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彼の人 さゆり @sayuri_kobayashi

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