第5話 紅

「塗って。」

彼の人は顔を此方に向けてそう言った。傍の盆には、内が玉虫色に光沢を放つ小さなお猪口、器には水。それから小筆が転がっていた。

彼の人と向かい合う様に膝をつく。美しい顔に思わず見惚れた。彼の人と自分は数拍瞬きを繰り返す。彼の人はゆっくりと瞼を閉じた。

彼の人は薄く唇を開き、顔を少し持ち上げた。眉も睫毛も銀糸で出来ているのだと思った。


筆を水につけ、お猪口を濡らすと、玉虫色に反射する紅は赤々と変色し、筆に色がジワリと染み込んでいった。それを彼の人の唇にソッと当てると、白い白い肌で、桜色の唇が紅く色付く。一点のみが丸く染まっていると、まるで梅の花びらが付いた様だ、と思った。彼の人の唇で筆先を滑らせると、それに合わせ少しずつ色が移っていく。数度繰り返しているうちに唇はほんのり緑がかった赤色に変わった。

自分の手は無意識に、お猪口を小指と薬指、手のひらで支えていた。そして、残りの指で彼の人の顎を掴もうと伸ばしかけていた。触れるか触れないかという所まできていたその腕を、背後に隠し身を引く。傍の、器に入った水だけ残った盆に、お猪口と筆を戻した。


コツン。


【幕間】

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