第3話 簪

「結って」

銀糸と白い首筋を彼の人あのしとは差し出す。周りには髪紐やかんざしくしが転がっている。

 相も変わらず畳の香りがした。

 傍に落ちていた櫛を拾い、彼の人の髪を下から丹念に梳いていく。

日頃から手入れのされた髪は、絡まることなくスルスルと垂れて行く。赤と金銀のみの髪飾りは、着けずとも彼の人に似合うだろうとわかった。


何も着けずに終わろうかと思った。

彼の人の望みが叶えられないと思った。

多すぎるほど着けようかと思った。

彼の人は美しくあって欲しく思った。

櫛だけ着けようかと思った。

彼の人には苦しんで欲しくないと思った。


気が付けば自分の思う限りで最も美しく結い上げていた。

彼の人は肩越しに此方を見る。振り返れないことで、髪の簪に眉をひそめ、チラリとこちらを見やった。自分は立ち上がり、彼の人に手鏡を渡し、顔より二回りほど大きな鏡を彼の人に向けてみせた。

彼の人は満足そうに頷いた。

自分はどうしても我慢ならなかった。

一番目立たないところにあった簪を、彼の人の着物の胸元に挿し直した。彼の人は何も言わなかった。

完璧ではなくなってしまった。

彼の人は自分に鏡を持ち直させるともう一度確認を始めた。簪同士がぶつかり合い、鈴の様な音をたてた。


シャラ。


【暗転】

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