第2話 ビードロ

「買って。」

 彼の人あのしとはそう言った。小さな声で。掌の上で、壊れそうなほど華奢なビードロを転がしながら。相も変わらず、部屋の中は畳の香りがする。

 可愛らしいソレは、彼の人を連想する様な赤と白と透明な玻璃ハリで出来ている。彼の人が唇を当て、息を吹き込むと軽い音がした。

 透明でキラキラとしたそれは、きっととても高いのだろうと思った。

何も言わず、ジッと見つめていると、彼の人の細い手から転がって、盆の上に落ち、軽い音を立てて割れてしまった。彼の人は壊れた玻璃をそのままに、つまらなそうな視線は外の景色に投げた。丸窓から見える、鳥かごの外は陽の光で赤々としている。眩しそうに眉を寄せたのが印象的だった。

 彼の人は何も言わず、横目で此方を見つめ返した。自分は目を伏せ、盆と散らばった玻璃を拾い集めた。彼の人が怪我をしない様、丹念に。指の端を切って赤い血が流れ落ち、畳に赤いシミを作った。自分の腕を掴んだ彼の人はポタポタ音をたてるソレをべろりと舐めた。多少強引に引かれた指から、彼の人の膝に滴った。

 まるで、赤い花の様だった。


 彼の人の部屋を下がってから、街に繰り出すと、出店が出ていた。

 そこには青い、黒っぽく濁った玻璃細工が並んでいる。


 次の日彼の人の部屋の隅に置いておいた。気がつくと無くなっていたが、彼の人の部屋から軽い音が響く様になった。


ポンッ。


【暗転】

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