サクラコの学校④
サクラコの着替えが終わったので校庭に出てきた俺達は、チャイムが鳴るまで各々やる事をやっていた。
先生は元々白衣の下にジャージを来ているので着替える必要は無く、授業の準備をしている。あれだよあれ、石灰で地面に白い線を引くコロコロ転がす奴を使って校庭に直線を書いていた。
そこそこ長めの直線だから……五十メートル走でもするのかな? いやはや、懐かしいね。俺はどれくらいのタイムで走ってただろうか。
「いっちにー、いっちにー」
サクラコは小さく声を出しながら身体を伸ばして準備体操をしている。まだ休憩時間だというのに前もって身体を温めておくなんて偉いじゃないか。俺が学生の頃なんて授業が始まる直前にダラダラと移動を始めてゆるーく生活していたというのに。
まぁ、生徒が少ないからなんだろうな。生徒が多ければ多い程ふざけるやつが出てきて、真面目な奴ほどバカを見るのが都会の学校だ。
そういった嫌な部分が無いから、この学校は伸び伸びと成長できるんだろう。社交性を身につけるのが難しいけど。
そんな事を考えていると二時間目開始を知らせるチャイムが鳴った。
先生は休み時間の間に白線を引き終わったのか満足そうな顔をしながらサクラコのもとへとやって来る。
「さぁ、二時間目を開始しよう。今日の体育は五十メートル走だよ。小学二年生女子の平均タイムが……約十一秒だね。ひとまずはこれよりも早く走れるように頑張ろう」
「はーい、がんばりまーす!」
へぇ、小学校低学年の平均タイムってそんなに遅かったのか。十秒切るくらいだと思ってた。まぁ確かに身体も成長するのはこれからって所だろうし一歩一歩も短いから当然か。
「孝文も一緒に走ろうよっ!」
……何を言ってるんだこのちびっ子は。俺が走った所でサクラコよりも速いのは当然だしただただ絶望させるだけだぞ。
先生は俺の方を向きながら少しニヤけて何かを言いたそうにしている。
「良いですね、喜多さんも一緒にどうですか?」
「……先生まで何を言ってるんですか」
この厨二病、面白がってやがるな。ふさけやがってこのやろう。
「孝文は、わたしと走るの、嫌?」
……それはズルい。嫌なわけが無いだろうが。なんかサクラコ、俺の扱いが上手くなってる気がするんだけど。
「分かったよ、一緒に走ればいいんだろ……サクラコ、言っておくが手を抜くなんてそんな事はしないからな」
「もちろん、真剣勝負だねっ!」
「ふふふ、喜多さんって結構チョロいんですね」
「……何か言ったか厨二病」
こうして、俺はサクラコと共に五十メートル走をする事になった。 ……走るのなんて久しぶりだから怪我しないように気を付けよう。
サクラコと走る事になったわけだが、何もせずに急に走ってしまうと絶対怪我するので、脚を伸ばしたり足首を回してみたりと軽く準備運動を始めた。
「孝文はやく走ろうよーっ!」
「準備運動くらいさせなさいよ。二十五歳が急に全力疾走したら肉離れやらアキレス腱断裂やら酷いことになるぞ」
「あっ、やっぱり同い年だ……」
サクラコは今すぐにでも走りたいとウズウズしているようだったが、俺は準備運動を続ける。
先生が何か言ったようだが、声が小さくてよく聞こえなかった。
その後俺はある程度身体が温まるくらいまで準備運動をして、準備が終わった事を先生達に伝える。
「では始めましょうか。サクラコくん、喜多さん、位置についてください」
「よぉし、頑張るぞー! 孝文、負けないよ!」
「あいあい、頑張ろうな」
俺とサクラコは位置につき、互いに一言交わす。
先生はゴール付近でスタートの合図を出すために、スターターピストルの代わりに笛を咥えている。
「それではいきますよー。いちについてー、よーい」
俺とサクラコは片脚を引き、腰を落とす。俗に言うスタンディングスタートと言うやつだ。これの反対にクラウチングスタートと言う地面に手をつき低い姿勢からスタートするやり方もあるが、確かこれは身体への負荷が大きいらしいので小学生への推奨はされていなかったはずだ。
ピッ!
そんな事を考えているとスタートの合図の笛の音が聞こえた。
余計な事を考えていたせいで少し出遅れてしまった。サクラコは少し先を走っているが、じきに追いつくだろう。サクラコ、結構綺麗なフォームで走るんだよな。頭がブレない、速い人の走り方だ。先生が教えたのかな?
案の定サクラコを追い抜いた俺は、そのまま速度を落とす事なくゴールの線を駆け抜けた。
俺は軽く切れた息を整えるために歩いてダウンをしようと思っていたが、俺がゴールした数秒、ほんの数秒後にサクラコもゴールしたのを見て驚いていた。
体感、俺は七秒後半くらいで走り切っただろう。学生の頃と比べるとだいぶ遅くなってはいたが、それでも小学生に比べればずっと速い。
しかし、サクラコは俺がゴールしてから約二秒程遅れてのゴール。と言うことは、九秒台ないしは十秒台という事になる。先程先生が言っていた平均タイムよりずっと速いじゃないか。
先生もストップウォッチを二度、三度と見ては目を丸くしていた。
「はぁ、やっぱり孝文速いねーっ!」
「サクラコだって、速いじゃないか。流石は毎日走り回ってるだけあるな」
サクラコは俺に敗けた事を悔しがっていたが、それを認めた上でどこか楽しそうな表情をしていた。
サクラコくらいな年齢の子だったら敗けた悔しさのほうが勝ってしまい駄々をこねると思うが、やはりサクラコは考えが大人びていると言うか、精神年齢が高く感じるな。
そういえば女性は男性と比べ、実年齢に対して精神年齢は高くなるという話を聞いたことがあるが、どうなんだろうか。
「……サクラコくん、もしかして今までって手を抜いて走ってたりしたかい?」
今まで手を抜いていた?はて、どういう事だろうか。今回のタイムはそう疑ってしまうほど速かったのだろうか。
「喜多さんのタイムは七.四秒です。年齢の割に速くて驚きましたが……それ以上にサクラコくん、君のタイムは八.九秒。正直、速すぎて疑ってしまっているよ」
「おー、サクラコ速いじゃないか。確か平均が十一秒だっけ? すげぇなぁ」
「これって速いのー? よく分からないけどなんか嬉しいなっ!」
すげぇなぁ。もしかしたらサクラコには陸上の才能があるのかもしれないな。これは将来有望だ。
「小学生の最高タイムを知らないので言い切れませんが……小学二年生でこのタイムはかなり速いほうだと思います」
「おぉ、やっぱり凄いじゃないか」
「やったー!」
「でも……」
先生はそう言うとサクラコの顔をまじまじと見だした。
「……サクラコくん、今まで真面目に走ってなかったでしょ。この前計った時は十二秒だったじゃないの」
「……そうだっけ?」
「はぁ……前から言っていたでしょう? 勉強も運動も、しっかり真面目にやりましょうって。この前だって――」
先生のお説教が始まってしまった。まぁ確かに真面目にやってほしいのは理解できるが、遊びたい盛りで飽き性の子どもにはなかなか難しい事だろう。
それから十分程先生の説教が続いたが、短い距離だったとはいえ久しぶりに全力疾走して程よく疲れていたので俺にとっては丁度良い休憩時間となった。
●あとがき
クロエ「そりゃ毎日私と一緒に走り回っていれば足も速くなるわよね」
烏骨隊長「うむ、サクラコ殿に毎日追いかけられているが、日に日に速くなっているのがよく分かるぞ」
クロエ「そうね、最近は速くなってきてるわね……あの子の成長を見越して、私ももう少し速く走れるようになっておこうかしら?」
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