サクラコの学校⑤
鷺ノ宮先生のサクラコへの説教が落ち着いてきた頃。
少し気になった事があったので先生に聞いてみる事にした。
「先生、さっきは五十メートルを走りましたが……先生が白線を引いていたのを見ていて少し気になったんですけど、これってしっかり五十メートルあるんですか?」
「え、どういう事ですか?」
俺は先生が白線を引いている光景を見ていた。白線を引くやつを持って校庭の端から端までコロコロと転がす。ここまでは一般的な光景だ。しかし、その時に先生はメジャーを使って距離を測っていなかったのだ。はたして、この白線は正確に五十メートルあるのだろうか。
「メジャー使って測ってなかったじゃないですか。俺の前職は実験系だったので、どうもこういった正確な測定が必要なのって気になってしまって」
「……あぁっ!それなら大丈夫なはずですよ。この校庭は端からここまでが約五十メートルなのでっ!」
……”約”五十メートルだろうが。絶対誤差が生まれてるはずだぞ。
「……一回、しっかり測ってみませんか?先生を疑ってるわけじゃないですが、ちょっと気になるので」
疑ってるけどな。
「ふふふ、良いでしょうっ!一度測って、この白線がしっかり五十メートルある事を証明して見せましょうっ!」
先生は意気揚々と倉庫からメジャーを取り出し、測定しだす。さてさて、絶対誤差はあるだろうけどどれほどズレているのか見せてもらおうじゃあないか。
ズルズルとメジャーを引きずりながら測定する先生は、ゴールの線まで到達すると顔を青くする。こりゃ五十メートル無いな。
「先生、どうでしたか?」
「あ、あははー……測定ミスかもしれませんねー。もう一回測りましょうか」
「はっはっは、確かに何回も測定する事でバラつきも含め正確な値が測定できますね。でも、今回に関してはそんなに気にする事でも無いでしょう。……で、何メートルでした?」
先生はやはり苦虫を噛み潰したような顔をしてなかなか測定結果を言ってくれない。
「先生、何メートルだったのー?」
サクラコも何も言わない先生が気になって聞いてくる。さぁ先生よ、しっかりと生徒に自分の間違いを伝えるんだぞ。
「……です」
「おん?声が小さくて聞こえませんでしたよ。先生、もう一回」
「四十二メートルでしたっ!」
「ほらみろ八メートルもズレてるじゃないか。せいぜいプラマイ五十センチくらいなら許容範囲でしょうがこれはダメでしょうに」
「……なんでこんなにズレてるのぉー、なんでぇ……」
先生は涙目になりながらそんな事を言う。
いやはや、八メートルもズレてるなんて思わなかったよ。すげぇなこの先生。
「わたしが走ったのって、五十メートルじゃなくて四十二メートルだった、って事?」
「そうだぞー。さっきあんなにサクラコに説教した先生は自分の事を棚に上げて説教カマしてたってわけだぞー。ささっ、サクラコ先生。この怠慢教師に説教をお願いします」
「ごめんなさいぃぃぃっ!」
先生は先程まで涙目だったが、今はもうガチ泣きしていた。……少し、やりすぎたかな。この先生、外見は小、中学生って言っても信じられるくらいだしちょっと子どもを泣かしたみたいな罪悪感が湧いてきた。
「もう、先生はおっちょこちょいだなぁ。次からはしっかり測定してからやろうね?」
さ、サクラコが想像以上に大人の対応をしていて驚きを隠せなかった。大人であるはずの俺の方が先程まで先生をいじってたせいか子どもに見えてしまう。
「うぅぅ……許してくれるの?」
「許すも何も、わたし怒ってないもんっ!」
「サクラゴちゃぁぁぁぁんっ!」
先生は許してくれた――許すも何も怒っていなかったが――サクラコに抱きつきぐずぐずとまた泣き出した。おいおい教師だろ、それでいいのか。
「孝文は先生に言いすぎだよー。誰でも間違いはあるんだからそんなに責めちゃダメだよ」
「あぁ、そうだな。言い過ぎたよ。先生、すみませんでした」
「いいんでずよぉーっ! 私が悪がったんでずがらぁぁぁっ!」
鼻声交じりのダミ声で言う先生。
まぁとは言え、この先生は多少ズボラな部分があるんだろう。今回の距離測定に関してはずっとこれでやってきたから、前にしっかり測定したから大丈夫、みたいな具合で大丈夫だと思っていてやってしまった事だろう。この前測ったから、ヨシ!的な。
俺は前職で様々な作業に殉じてきたが、そういった思い込みのせいで何度か痛い思いをした事がある。例を出すとすれば定常作業だ。いつもやる作業だから手順書通りでは無く自分なりに効率が良いと思って工程を省略して作業をしてしまい、測定結果に誤りが生じてしまったことがある。当然その作業はやり直しになった訳だが、それ以来俺は定常作業、非定常作業どちらでもしっかりと多少時間はかかっても手順書通りにやる事を心掛けるようになった。
慢心すればいずれ自分に返ってくる。これはその時に学んだ教訓だ。
「……とはいえ、保護者としては思うところもありますが、次からはしっかり測定した上でやっていきましょうね。前は大丈夫だったから今回も大丈夫、とは思わずに、慢心せずにやりましょうね」
「はいぃ……気を付けますぅ……」
「まぁ、慢心せずにとは言いましたがそれだと気を張りすぎて大変でしょうから程々に気を抜きながらしっかりやるべき事だけは気を引き締めてやれば大丈夫だと思いますよ」
「わぁ、孝文が真面目な事言ってるー」
「おいおい、からかうなって……」
俺って、そんなに真面目な事言わないような感じするの?
「さぁ先生、授業再開しましょうぜ。結局まだ五十メートル一本しか走ってませんよ」
「……はっ、そうでしたっ!」
先生はようやくサクラコから離れ、授業を再開してくれるようだ。
「改めて、しっかり測ったうえでもう少し走ってみましょう」
「そういえば、何で五十メートル走ってするのー?」
サクラコは疑問に思ったのか口にする。確かに、何故走らされるのか分からないな。
「うぅん……基礎体力を作るため、かな。他にも結果が数字でしっかり残るから、タイムが良くなれば達成感も感じることが出来るし結構良い事だらけなんだよ」
へぇ、そんな理由があったのか。確かにタイムが記録として残るから分かりやすいと感じる。
先生は言ってなかったが、他の学校だと生徒も多いだろうから速い人、遅い人が明確になるし、速い人は速い人同士でライバルみたいな感じでお互い高め合う仲になるからそこで闘争心だったりそういったものを学べるのだろう。逆に遅い人は速くなろうと頑張るわけだ。
「そうですね、体力を付けるのはとても大事な事です。ってなわけでサクラコ、俺は見てるから授業頑張ってな」
「分かった、がんばるー!」
サクラコは納得してくれたみたいだ。
さて、俺は少し離れて見学をしとくとしよう。
先生は改めて白線を引き直し、サクラコはそれを待ちながらスタート位置で待機する。
こういう光景、なんかいいな。まるで学生に戻ったみたいだ。
とはいえ、いつまで見学しておこうか。流石に一日中学校にいるわけにもいかないし……ひとまず、この授業が終わるまでは見ておくか。
●あとがき
測量はしっかり行いましょう。
鷺ノ宮「ごめんなさい……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます