子犬について 第四話

 動物病院での診察を終え、車での帰宅中。

 スマホに電話が掛かってきた。


「孝文、出なくていいのー?」

「ん?あぁ、今運転中だからな。今電話に出ると事故っちゃう可能性もあるから出ないんだよ。路肩に止めれたら出たいんだがな―」


 今は病院を出てからすぐの街中の片側一車線の道路を走っている。ここで路肩に止めてしまうと他の車の邪魔になってしまうので止めるわけにはいかない。

 そんな事を考えていると、電話は鳴りやんでしまった。


「後で折り返して――お、コンビニ寄ってくか」


 ちょうど、駐車場の広いコンビニがあったのでそこに寄る事にした。


「さてさて、誰からの電話だ……あぁ、車屋か」

「車屋?」

「あぁ、この車を買った店からの電話だな。何かあったかな」


 俺は車屋に電話を掛けると、すぐに出た。


「あ、どうも。先程そちらから電話が掛かって来てたんですけど」

『あぁ、はい。喜多さんですね。どうもお久しぶりですー。そろそろ半年点検の時期ですのでご連絡させて頂きましたー』


 なるほど、点検か。この車を買ってもうすぐ半年になるのか。うへぇ、めんどくさいな。


「点検ですね、承知しました。いつ頃持っていけばいいですかね」

『そうですねー、今でしたら、12月の初週の平日がいつでも空いているんですが、予定どうですかね』


 来月か。特に予定なんて無いから大丈夫だな。


「それなら、いつでも予定空いてますね。大丈夫ですよ」

『あっ、でしたら2日水曜日の12時なんて如何でしょう』

「では、それでお願いします」

『承知しました、ではお待ちしてますー』


 12月2日に車の点検の予定が入った。前住んでた地域まで運転していかなきゃなのが多少面倒だが、点検であれば仕方がないな。

 点検にどのくらい時間が掛かるかは分からないが、もし時間に余裕があったら”Katze”にでも寄ってみるかな。


「孝文、来月どこか行くの?」

「あぁ、この車の点検で前に住んでた地域まで行くんだよ」

「えーっ!私も行きたい―!」

「いやいや、学校あるだろ」


 点検は平日だから、サクラコは学校だろう。いくら行きたいと言っても学校を休ませるわけにはいかないのでダメだ。

 ……もし学校を休んだら、学校の先生はどうするのだろうか。聞く話によると、学校にはサクラコ以外の生徒はいないらしいから授業が無くなってしまう。実質、先生休みじゃん。


「えぇーっ!わたしも行きたいのにぃ」

「しょうがないだろ、車屋が平日しか空いてないって言ってるんだから」

「えぇー……」


 うぅむ、そんなに行きたかったか。どうしたものか。


「サクラコ、そんなに行きたいか?」

「うん、行きたい……」


 ……しょうがないな、聞いてみるか。

 俺はスマホを取り出し、車屋に再度電話を掛ける。

 1回のコールですぐに出た。相変わらずこの車屋は仕事熱心だなぁ。


「あ、どうも。先程電話した喜多ですけど」

『どうもどうも。如何なさいましたか?』

「点検の予約ですが……土日に変更ってできませんかね?」

『土日にですか……確認しますので、少々お待ちください』


 聞き覚えのある機械調の待機音を鳴らして、車屋は日程を確認しに行った。

 さてさて、予定が空いているといいんだが。


「孝文、何聞いてるの?」

「あぁ、ちょっと待ってな」


 サクラコは首を傾げて俺を見ていた。

 もしサクラコも行けるとなったら、どんな顔をするのだろうか。少し楽しみだ。


 電話越しの待機音が消え、車屋の声が聞こえてきた。


『お待たせしました。土日ですと、半年点検には少し早いですが11月28日、日曜日の13時からであれば空いていますね。如何でしょうか?』

「おぉ、空いていましたか。でしたら、それでお願いします。お手数おかけしてすみません」

『いえいえ、大丈夫ですよ。では、28日にお待ちしてますね』

「はい、ありがとうございます。では、失礼します」


 ふぅ、なんとかなったな。聞いてみるもんだな。


「サクラコ」

「なに?」

「車の点検、日曜に変更したからサクラコも行けるぞ」

「えっ!本当に!?やったーっ!」


 サクラコは大層嬉しそうな笑顔を浮かべ、両手を上げて喜んでいる。


「ははっ、そんなに嬉しいのか」

「嬉しいよ!だって、他の所にいけるんでしょ!?わたし行った事無いもん!」


 なるほど、サクラコはこの地域から出たことが無いって事か。てことは、旅行なんかもしたことが無いのかな。


「そっか。じゃあ楽しみにしとこうな」

「うん!」

「なんか、旅行みたいだな」

「旅行?」

「そう、旅行。俺にとってはただの車の点検だけど、サクラコにとっては日帰りの小旅行みたいなもんだろ。時間に余裕があったらほなみさんのお店にも行こうな」


 旅行って言ったものの、俺が前に住んでた地域はそんなに観光する場所なんて無いけど、サクラコにとってはいい経験になるだろう。


「ほなみちゃん!会えるの!?」

「おう、点検の時間が大体3時間くらいかかるんじゃないかな?その間暇になるだろうからほなみさんに会いに行ってみるか」

「やったー!楽しみ!」


 会うのが、本当に楽しみなんだろうな。……まぁ、俺も久しぶりにほなみさんに会いたいけども。


「そんじゃ、電話もしたしさっさと帰るか」

「うん、帰る!」

「あぁそうだ。この子犬の名前考えといてな」

「うん?わかったー、考えておく―!」


 家に帰ったら子犬が加入する保険をどこにするか決めなきゃだからな。そこで、名前を登録する必要があるから決めておかなきゃなんだよね。

 ひとまずは電話も終わって点検の日程も決まったので、帰路につくこととした。



 家に着いてからはサクラコと共に動物達の世話を少しして、ある程度暇になって来た時間帯。

 俺は庭での作業を切り上げ、室内に入りパソコンを起動する。そしてブラウザを立ち上げ検索するのは、”犬 保険 おすすめ”というワードだった。


「うわぁ、結構あるな」


 思った以上に沢山ヒットした。どれを選ぶべきなんだろうか。

 月額の保険料にも結構バラツキがあるし、病院に行った際の手続きも異なる。保険証を見せるだけで病院側が料金を控除してくれる保険会社もあれば、一度全額を払った後に保険会社に申請して控除分を振り込んでもらう保険会社もある。

 保険証見せるだけでいいほうが楽だから、そっちにするかな。多少月額が高いが面倒臭いのは嫌だからな。


「孝文、何してるのー?」


 保険会社を調べていると、先程まで庭で動物達と戯れていたサクラコがいつの間にか室内に入ってきていたのかパソコンの画面を覗いていた。


「子犬の加入する保険を調べてたんだよ。大体目途は立ったから後は登録するだけなんだけど……サクラコ、子犬の名前は決まったか?」

「うん、決まったよー!アリス!」

「えっ、アリス?」

「うん!」


 ……なぜアリスなんだろうか。クロエの名前を決めたときは理由を聞かなかったけどきっと体毛が黒いからクロエなんだろう、と思った。さて、アリスはどういった理由なんだろうか。


「なんでアリスなんだ?」

「昔読んだ絵本にね、同じ髪色してる子がいたの!その子がアリスって名前だったからアリス!」


 なるほど、その絵本のアリスから取ったという訳か。

 俺では思いつかないようなネーミングセンスだな。


「なるほどね。じゃあアリスにしようか。女の子らしい名前で丁度良いね」

「うん!」


 子犬の性別は保護した段階ではよく分からなかったが、病院で見てもらってメスと判明していた。

 性別をサクラコに伝えたかは忘れたけど、性別も考慮して考えてくれたのかな?


「んじゃ、保険はアリスで登録しとくか」


 こうして子犬の名前は”アリス”に決まり、丁度良い保険も見つかったので登録をしておいた。

 その内、保険会社から色々と届くだろうからひとまずはそれ待ちだな。

 俺はパソコンをシャットダウンすると立ち上がり、サクラコを見ながら庭を指さしながら言う。


「よしっ、サクラコ。畑仕事するぞ」

「畑?そういえばこの前耕してたねー」


 つい先日、お試しで植えたジャガイモの収穫が終わったので、新しく作物を植えるために耕しておいたのだ。

 ジャガイモは俺がこの土地で行う初めての畑だったので、しっかりと育つかの確認のために植えたものだが、俺が思っている以上に大きく成長したので我が家の庭には作物が育つだけの養分があるという事が分かった。


「この前のジャガイモ美味しかったもんねー!次は何植えるの?」

「この時期だとダイコンとかかなぁ。タマネギとかネギ系も良いらしいけど、いかんせん収穫した後に根っこがたくさん残っちゃうからなぁ」


 タマネギは根を長く伸ばす植物だ。収穫する頃には地中60cm程度まで根を伸ばしているので、収穫後の根の除去がかなり面倒になってしまう。

 やはり畑に植えるなら収穫後も楽なダイコンにしようかな。今植えれば春先に収穫できるだろう。


「この前ホームセンターに行った時にプランターを買ったから、タマネギはプランターで、ダイコンは畑に植えようか」

「わかったー!」

「よし、じゃあ早速庭に行こうか。さっき寒そうにしてたから、しっかり上着着ていくんだぞ」


 先程庭に出ていたサクラコは、手を寒そうに擦らせていた。もう11月になり、段々と気温も下がっていき冬になろうとしている。風邪をひかないように、しっかりと防寒をしよう。


「じゃあ、上着借りるねー!」


 サクラコはそう言うと、俺の上着を取ってそそくさと着だした。


「ブカブカじゃんよ……」


 俺の上着を着たサクラコだったが、案の定サイズが合っているわけも無く、まるでこれから二人羽織でもするかの様な出立ちになっていた。

 最近はオーバーサイズの服が流行っているとは言え、オーバーが過ぎるだろうに。


「でも、あったかいよー!首のところのモコモコがポカポカしてる!」

「そりゃあ俺が仕事してた時に着てたやつだからな。低温化での作業もあったから、それ相応にあったかいやつじゃなきゃダメだったからな」


 前の会社では、担当部品がマイナス30度でも動く事を保証しなければいけなかったから、その環境下での試験もあった。

 マイナス30度での作業って、なかなかに大変なんだよ。寒いからって厚着をしすぎても作業がしにくいし、かといってしっかりと着込まないと寒いを通り越して痛いし。作業してると吐く息でまつ毛や髪が凍ってくるし、指先は割れんばかりに痛いし。


「あったかいけど、何か変な臭いするー?」

「……油の臭いだよ。言っただろ、仕事してた時に使ってたやつだって。油の臭いが染みついて取れないんだからしょうがないだろ」


 前の会社はグリスや工業用油、エアーから出たドレン等がそこかしこのあったのであまり綺麗とは言えない環境だった。そんな環境で作業をしていれば汚れは必然的に衣服にこべりついてしまう。

 しかもそれらの汚れはかなり厄介で、いくら洗濯しても落ちないのだ。強力な洗剤を使っても残り続けやがる。クリーニング業者ですらお手上げだったんだ。俺にどうこうできる代物では無いだろう。


「でもいいや。別に臭いわけじゃないしー」


 そう言ってサクラコは、ブカブカの上着を着たまま庭へと駆けだしていった。


「……今度、サクラコ用の汚れてもいい上着でも買うか」


 俺はそんな事を決意し、サクラコに続いて庭へと出ていくのだった。

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