子犬について 第三話
子犬を犬山さんに任せて俺とサクラコが待合室で待つこと15分。
診察室の方から「キャンッ!」と短い犬の鳴き声が聞こえた。
「えっ!今のってあの子の?」
「あー……注射打たれたんだろうなぁ」
人間でも注射は痛いんだ。大人ですら注射は苦手な人が多いし、かく言う俺もあまり得意ではない。犬も、当然痛いだろう。
この痛さが原因となって病院=痛い事される所、と刷り込まれていき病院が嫌いになる動物が多い。なので病院に着いた途端に暴れる子や鳴きわめく子が多いのだ。
だがここには犬山さんがいる。評判通りであれば犬山さんに診察された動物達は皆懐くらしいから病院=犬山さんに会える所、という刷り込みが成功する。こうなってくれれば病院を嫌がらないから今後楽なんだけどな。
「あの子、大丈夫かなぁ」
「まぁ大丈夫だろ―。犬山さんがやってるだろうから信頼しような」
「そうだねっ、お姉さんなら大丈夫だ―!」
サクラコのこの反応を見ると、犬山さんは動物以外にも人にも好かれるという事が分かるな。いつもであれば初対面の人に対して人見知りをブチかますが今回はそんな事は無かったわけだし。
「ねぇ孝文、動物病院って色んな動物がいるんだね」
「ん?あぁ、そうだな。犬猫以外にも兎とかも連れてきてる人とかもいるな」
待合室には俺達以外にも人がいるが、様々な動物を連れている。
「動物園みたいだね!」
ほー、そんな反応になるのか。でも確かに動物園みたいだな。
そういえば俺も昔、初めて動物病院に行った時に同じことを思ったな。
「動物園みたいに大きな動物はいないけど、小さい動物がいっぱいいて楽しいな」
「うん!」
本当に楽しそうに周りを見渡すサクラコ。歩き回って触りに行くことはしないものの、リードに繋がれている犬に手を振ったりしている。
そうか、サクラコは動物病院に来たことが無かったからこんな感じだとは知らなかったんだろうな。クロエ達を診てもらってる獣医さんも他にいるが、その人は家畜専門でわざわざ家にまで来てくれていたからな。とはいえそれは当然か。牛を飼育している所なんてどうやって病院に連れて行くんだってな。
「喜多さーん、診察室にどうぞー」
おや、そんな事を考えていたら呼ばれた。
「終わったみたいだな。行くぞー」
「あいっ」
◇
診察室に入ると、子犬は犬山さんに抱きかかえられ、犬山さんの顔をベロベロ舐め回し尻尾を振り乱していた。
「おぉ……懐いてる」
「あははっ、喜多くん、この子とっても元気だね」
「いや……うん。俺そんなにその子が尻尾振ってるの見たこと無いよ」
子犬は千切れるんじゃないかと心配になるほどブンブンと左右に尻尾を揺らしている。犬の感情は尻尾に出るとは言ったものだが、そんなに振ったら脱臼してしまうぞ。
「凄いね!元気!」
サクラコもこの光景をまるで羨ましがるかのように目をキラキラとさせながら見ていた。
「ひとまず、予防接種はしたから、今日は安静にさせておいてね」
「う、うん。安静にさせるように努力はしてみるけど……今はきっと安静とはほど遠いんだろうね」
「ご、ごめんね。私が診察すると、みんなこうなっちゃうの」
本人がこう言うくらいなんだ、やはり評判は正しかったのか。
「いや、ありがたいよ。これだけ懐いてくれれば病院を怖がらないからまた連れてくるときに楽になるよ」
「そう言ってもらえると、ありがたいな。そうだ、お薬の説明しちゃうね」
そう言うと犬山さんはカルテを見ながら難しい事を言い出した。多分、専門用語だろう。俺にはそういった知識は持ち合わせていないのでよく理解できなかった。だが、薬は朝と夜のご飯を上げるタイミングであげれば良いという事だけはなんとなく理解できた。……多分。
「つまり……朝と夜にあげれば良いって事だよね?」
「そうそう!それで大丈夫だよ!」
よかった、合っていたようだ。
「もし薬だけ食べなかった場合は、細かく砕いても大丈夫かな。今は市販のドッグフードをお湯でふやかしてあげてるから硬いのは食べないと思うんだよね」
「うん、大丈夫だよ。まだ小さいから、最初から砕いちゃってもいいかも」
「了解、最初から砕いちゃうね」
「孝文、何の話してるのー?」
サクラコはまだ何の話をしているか掴めていないようだった。
「子犬にあげる、お薬の話してるんだよ。朝と夜にあげるから、もし俺が忘れてたら教えてくれな」
「わかったー!」
サクラコは片手を上げて理解した事をアピールした。相変わらずよく動くなぁ。
「……うん?えっ?」
犬山さんが突然怪訝な表情になり疑問の声を上げた。
「この子にご飯をあげる時間に、サクラコちゃんは、喜多くんの家にいるの……?」
「えっ、あー……」
犬山さんにはサクラコの事は一緒に住んでいることは説明してなく、友達としか説明していない。
ここで今一緒に住んでいることを言ってしまうとかなりややこしい事になってしまうだろう。何か言わなければ……
「いや、これはだね……」
いや、冷静に考えろ、俺。別にやましい事はしていないんだ。しっかりと説明すれば理解してくれるはずだ。
「実はだね犬山さ――」
「うんっ!一緒に住んでるからご飯あげる時間知ってるんだー!」
oh……サクラコに先を越されてしまった。これは早めに弁解しなければ。
「犬山さん聞い――」
「き、ききき喜多くんっ!?一緒に住んでるってどういう事かなっ!?友達じゃ、なかったの!?」
「まてまてまてまて!一旦落ち着こう!」
「で、ででもでも!一緒に住んでるってなんでっ!?」
「孝文、なんでお姉さんおっきな声出してるのー?」
サクラコ、君の一言によって犬山さんは取り乱してるんだよ。
「ひ、ひとまず落ち着こう。しっかり説明するからさ」
俺がそう言うと犬山さんは一回、大きく深呼吸すると俺の眼をしっかりと見ながら言ってきた。
「分かった。喜多くんは、変態さんじゃ無いって事くらいは、私にも分かってる。中学の時に、ぼっちだった私に、話しかけてくれたくらいだもの。きっと何か事情があるんでしょ?だから、しっかり説明し――」
「先生?次の診察長引いてるっぽいですけど何かありました?」
……なんちゅうタイミングで来てんねん、看護師さんや。
図らずも、エセ関西弁でツッコミたくなってしまったじゃないか。
「だ、大丈夫です。問題無いので、自分の作業に戻ってください」
「そうですか……分かりました。早めにお願いしますね」
そう言うと看護師さんは多少不思議そうな顔をしながらだったが奥の部屋へと戻っていった。
そして看護師さんが部屋を出ていくのを確認すると犬山さんはメモ用紙を取り出し、何かを書き出した。
「喜多くん、私は今日18時には仕事が終わるの。それ以降だったらいつでもいいから、この番号に電話してきて。そこで、私が納得する説明をしてね」
犬山さんからメモ用紙を受け取った。綺麗な文字で電話番号が書いてある。
……この電話で説明する件(くだり)、前もあったな。どうして俺は同じようなことを繰り返すのだろうか。
「分かった、夜に電話するよ」
「待ってるね。じゃあ、今日の診察は終わり。ご飯あげる時に、しっかりお薬あげてね」
「了解、しっかりあげるようにするよ。残りの仕事、頑張ってね」
「うん、がんばる。それじゃあまたね」
「うん、また。サクラコ、行くぞ」
「はぁい、お姉さんまたねー!」
こうして、俺達は診察室を後にした。
◇
サクラコに子犬を抱っこしてもらい、待合室に戻る。
「帰らないの?」
「お会計と薬貰ったらな」
「じゃあ、座って待ってるー」
そそくさと空いている椅子まで歩いていき座るサクラコ。抱えられている子犬は診察とはしゃぎ疲れたのか抱かれたまま眠っていた。
俺もサクラコの横に座り、眠っている子犬をひと撫で。
子犬を病院に連れてきただけだというのにとても疲れた。これから会計を済ませて帰宅しても、夜には犬山さんに電話で今日の事を説明しなきゃだから更に気苦労しそうだ。
「お姉さん、最後すっごく慌ててたねー」
「……そうだなぁ。そりゃ取り乱すよなぁ」
誰だって取り乱すよなぁ。俺みたいな独身男性が親戚でもない子供と一緒に暮らしてるなんて犯罪臭が凄まじいだろうからな。
どうすればいいんだろうなぁ。流石にこの状況をはやく何とかしないといけないのは分かっているものの、どうすればいいのかが分からない。
そのあたりも含め、今晩犬山さんに相談してみるかな。第三者の意見を聞きたい。
「喜多さーん」
そんな事を考えていると受付の看護師さんに呼ばれた。
「あ、はいはい。サクラコ、ちょっと待っててな」
「あーい」
俺は財布を取り出しながら受付まで向かう。
「今回は初診でしたねー。各種予防接種も打ちましたし、料金はこちらになります」
俺は看護師さんが見せてきた紙を見ながら、料金を確認する。えぇっと、いくらだろうか……
「……高っ!?」
想像以上に高かった。え、こんなにするもんなの?あっ、保険に入ってないから?え、マジでー?
「……こんなにするんですね」
「えぇ……保護した動物は保険に入っていなかったりするので、どうしても……」
看護師さんは苦笑いしながら言ってくる。
こういった金銭的な面もあって自ら進んで保護しる人が少ないんだろうな。よくテレビとかで見る複数の動物を保護している人達は凄いんだと改めて思ったよ。
「……カードって、使えます?」
結局、持ち合わせの金額では足りなかったのでカードで払った。
はやめに保険に加入しよう。いずれ去勢手術とかさせる必要があるだろうし、保険未加入のままはいくら貯金に余裕があるとはいえ危なすぎる。
加入する保険を決めるために帰ったら一番に保険を調べることを決意し、帰路に就くのだった。
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