子犬について 第二話

 子犬を動物病院に連れていくことにした。

 近場に小さい犬猫を専門としてる動物病院はあったが、小さいところだったのでそこはやめて、少し遠いが街にある動物病院に行くことにした。

 なんでもその動物病院にはとても評判が良い先生がいるらしい。ネットで調べてみたがその先生は口数こそ少ないものの治療がとても早く、治療が終わった動物達はその先生にとても懐くとかなんとか。

 俄然興味が沸いたね。治療が終わったら動物に懐かれる先生なんて、通院しやすいじゃないか。


 そんなわけで、今日はその噂の先生に子犬を見てもらうために、車に乗せて動物病院まで来ていた。


「綺麗な所だねー」


 病院内に入るとサクラコはきょろきょろと室内を見ながら言う。

 今日はサクラコも一緒だ。というより、「私も行く!」と言ってついてきた感じだ。


「ちょっと受付してくるから座って待っててくれ」

「はーい」


 サクラコに子犬を抱かせて俺は受付をする。


「すみません、今日予約した喜多です」

「えぇと、喜多さん……はい、承ってます。初診ですよね。こちらを記入して下さい」


 そうして問診表を渡されたので記入を進めていくが一つ、困った項目があった。

 まだこの子犬に名前を決めていなかった。まぁ、別に名前を書かなくても説明すればいいか。


「すみません、記入したんですけどこの子犬、まだ名前が決まっていなくて。保護犬なんですけど」

「あ、では名前の項目は未記入でも大丈夫ですよ」

「では、これでお願いします」

「はい、お名前を及びするのでそれまでお待ちください」


 受付は、結構アッサリと終了。

 保護犬と聞いても特に目立った反応をしないあたり、慣れているっぽいな。

 ひとまずは俺も座って待っとくか。


「受付終わったの?」

「おう、名前呼ばれるまで待っててだとよ」


 椅子に座って大人しくしていたサクラコと抱かれながらうつらうつらと船を漕いでいる子犬。サクラコがやけに大人しいと思ったら、子犬が寝そうだったから静かにしていたんだろうな。優しいじゃん。


「喜多さーん、診察室までどうぞー」


 俺も座ってゆっくり待っとくか、と思ったらすぐに呼ばれてしまった。予約していたからなのか早すぎて驚いてるよ。


「サクラコ、行くぞ」

「もう?早いね」

「前もって予約してたからな。とはいえ俺も早くて驚いてるよ」


 そんな事を言いながら診察室へと入っていく俺達。


「喜多さんですね、どうぞ」


 診察室に入って驚いたが、先生はとても美人な人だった。そりゃこんだけ美人だったらネットでの評判も良いか。

 長い黒髪を後ろで束ね、笑顔でこちらを向く様はそれはもうべっぴんさんの一言。

 手は色々な動物を触るせいか傷だらけだったが、それすらも美しいと思えてしまうほどの美人さ――うん?なんだろうこの違和感。美人を拝めて嬉しい気持ちはあるものの、何か引っ掛かるような気分だ。


「初めまして。今回担当させて頂きます、犬山です」


 そう、犬山先生。何か引っ掛かるんだよな。でもそれが何かが分からないから違和感が――そうだ、思い出した。


「もしかして……犬山つむぎさん?」

「えっ――き、喜多くんっ!?」


 驚いた、中学の同級生の犬山さんじゃないか。

 彼女も俺に気が付いたらしく、お互いに驚いた表情をしている。

 そうか、獣医になったのか。あの頃から変わらずに動物の事を好きでいたんだな。なんか、嬉しいな。


「孝文、どうしたの?」

「あ、あぁごめんな。この人は、俺の中学の時の同級生なんだよ」

「へぇー!そうなんだ!」


 犬山さんは、中学時代から動物がとても好きな人だった。そのせいで他生徒たちから邪険にされた事もあったけど、今はこうして獣医という立派な仕事に就いてるんだから凄いもんだよ。


「ひ、久しぶりだね、喜多くん」

「うん、久しぶり。中学の頃から動物好きだったけど獣医になってるなんて思わなかったよ」

「う、うん。勉強、頑張ったんだ。喜多くんは……結婚したの?」

「え?いやいや!結婚はしてないよ。この子はサクラコ。俺が今住んでる地域で仲良くなった友達だよ」


 サクラコを見て俺の子供だと思ってしまったようだ。いやいや、犬山さん。同い年だよ?同い年でこのくらいの子供がいたらそれはもう学生結婚してるんだよ。俺はそんなに阿呆では無いぞ。


「あ、そうなんだ……そうだよね。同い年でこんなに大きな子がいたら、おかしいもんね」

「誤解が解けてよかったよ……そうそう、この子犬を診てもらいたいんだった」

「あっ、そうだよね。ごめんね。この子、どうしたの?」

「あぁ、家の前でふらふらしてたから保護したんだよ。相当弱ってたからここ1週間休ませてたんだけどようやく元気になったから病院に、って感じだね」

「そうだったんだ。喜多くん、保護してくれてありがとう」


 そう言いながら犬山さんは子犬を触診する。慣れた手つきだ。やっぱりプロは違うね。


「うーん……ちょっと栄養失調ぎみかなぁ。ご飯は、ちゃんと食べてる?」

「保護して1,2日はそんなに食べなかったんだけど、それ以降はバクバク食べてたよ。でも元々は野良犬だからなぁ」

「そっか、野生の環境だとどうしてもね。お薬出しておくから、ご飯あげる時に一緒にあげてね」


 栄養失調だったか。もう少し気をつけてエサをあげるようにするか。


「そうだ、予防接種ってできるのかな」

「うん、やっておくから、少しこの子預かるね。10分くらいで終わるから、待合室で待っててね」

「後、爪とか肛門腺とかも一緒にお願いしてもいいかな?」

「もちろん、任せてね」

「ありがとう、じゃ、よろしくお願いします。ほら、サクラコも」

「お姉さん、おねがいします!」


 俺達は子犬を犬山さんに任せて、待合室に戻ってきた。


「綺麗なお姉さんだったね!」

「そうだなぁ。中学の頃はそんなイメージは持ってなかったけど、今はもう美人さんだよな」


 中学の頃の犬山さんは美人というよりも可愛いというイメージが強かったと思う。

 でも、やっぱり他生徒から邪険に扱われていたからモテてたとか告白されてたとかそういった話は聞いた事がなかったが、今はきっと相当モテるんだろうな。


「でも孝文にはほなみちゃんがいるからねっ!」

「……うん?なぜそこに繋がるんだ?」


 なぜほなみさんの名前が出てきたのかまったく理解できなかった。


「だって、孝文はほなみちゃんの事が好きなんでしょ?」

「好きだけど……はぁ、いつの間にサクラコはマセガキになったんだか」

「お姉さん、絶対孝文の事好きそうな顔してたもん!」


 そんな顔してたか?旧友と偶然会ってお互いに驚いてるようにしか見えなかったが。


「彼女は獣医である以前に無類の動物好きだから、子犬見てそんな顔してるように見えただけだろ」

「えー!違うよー!」

「はいはい、静かに待っとこうな」


 待合室にも関わらず知った事か、と騒ぐので静かにするように頼んでみるが、あいも変わらず騒ぎ続けるサクラコに怒るに怒れないでいる俺はいったいどうすれば良いのか。

 そんな事を考えつつも、突発ではあったものの旧友との再会を喜んでおこうかな。

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