子犬について 第一話

 子犬を拾ってから1週間。

 サクラコの事だったりほなみさんの事だったり、色々な事が重なったものだから、この1週間は長く感じてしまっていた。

 その間子犬は、基本的にゲージの中で療養していた。

 拾ってから2、3日はあまり動いたりすることも無く、ただひたすらに寝ていた。起きるのは餌を食べる時と水を飲む時くらいだっただろうか。拾った日もすぐに寝てしまったから、相当体力が減っていたんだろう。

 それが、4日目には自らゲージから出せと前足でゲージをカリカリと掻いて要求しだしていた。十分に体力が回復したという事だろう。

 拾ってきてから1週間経った今日は、もう家の中をバタバタと走り回っている。体力が有り余って仕方がないのだろう。

 庭に出してみるか、とも思ったが犬は意外と脚力があるので、柵を越えて脱走してしまう可能性があるだろうから庭に出すのはやめておいた。


 さて、そして今日は子犬の体力もある程度回復したようなので、この子犬が元々飼い犬で逃げ出したという仮説があるので飼い主探しをしようと思う。

 子犬を拾ってから1週間も経って今更探すなんて、遅いんじゃないか?と思うだろう。だが、これに関しては仕方がないのだ。体力の減っている状態で拾った子犬は、ヘタしたらすぐに衰弱して死んでしまう可能性が高い。だから、この1週間は子犬に構いっきりだったから飼い主探しなんてしている暇は無かったのだ。

 もしここが都会ならSNSに#迷い犬だのタグ付けて拡散させておけば多少は探すのが楽になっただろうが、ここは田舎だ。周りには高齢者しかいないんだからSNSなんて使ったところで意味も無いだろう。

 だがしかし、俺とてこの1週間ただ犬の世話をしていただけではない。この子犬について知っている人がいないか回覧板に子犬の情報を載せ回してもらったし、猫村さんに頼んで俺が持っていない農家の人脈を使ってもらい子犬について聞いてもらったりした。

 とは言っても、特にこれといった連絡が無いあたりそれらしい情報は掴めていないんだろうな。


 というわけで、子犬も元気になったことだし常に様子を見ておく必要も無いだろうから今日から自分の足を使って聞き込みをしていくってわけだ。


「サクラコー、準備できたかー?」

「もう出来てるよー!はやく行こ―!はやくー!」


 サクラコはもう外に出る準備ができていたらしく、早くしろと急かしてくる。


「へいへい、今行きますよー」


 なんだか少し張り切っているサクラコと一緒に、子犬についての情報収集が始まった。



「この子犬について知ってる事ってありますか?見たことある、とかでも構いませんので」

「いやぁ、知らねぇなぁ。犬飼ってる奴はいるけどこんな色じゃねぇし、そもそも柴犬だしなぁ」

「そうですか……ありがとうございます、助かりました」


 俺の家周辺での聞き込みはどれもこんな具合だった。

 スマホで子犬の写真を何枚か見せながら聞いても、知らなければそりゃそうか。

 時折方言がキツすぎて何言ってるか分からない人とかもいたし、なかなかに苦労している。


「なかなか知ってる人いないねー」

「そうだなぁ……」


 家の周辺じゃなくてもう少し遠出して聞いてみたほうがいいのかな。


「サクラコ、もう少し遠くに行って聞いてみようか」

「いっぱい歩く?」

「別に車出してもいいけど、歩きたいなら歩くぞ」

「じゃあ歩く―!」


 そうか、サクラコは歩きたいか。俺としては11月にもなったし最近は寒くなってきたから車でぬくぬくと移動したかったが、まぁ歩くのもいいか。


「じゃ、歩くか。あの山の先にでも行ってみるか」

「行くぞー!」


 俺達はひとまず目の前に見える山の先を目指して歩き出した。


 山の先は一面畑になっていた。

 見渡す限りの土と緑。この時期だと、タマネギや長ネギだろうか。あとは春ダイコンなんかもこの時期に植えるな。

 我が家の畑でも何か育てようかな。一時期ジャガイモを育てていたが、もう収穫も終わったから今は何も植えてないんだよな。

 帰ったら今の時期は何を植えれるか調べてみよう。


「山越えたけど、ぜんぜん人いないね」

「おー、そうだなぁ。こっち側に来たことなかったんだけど、こんなに畑だらけだとは思ってなかったよ」


 目の前に広がる畑に、今のところ人影は見えない。いや、遠くに動いている物体が見えるけど、あれは人だろうか?

 ほのぼのとした景色を眺め立ち尽くす俺達。こういった田舎特有の風景は好きだ。時間を気にしないのであればいくらでも見ていられる。


「どうしたんだい、君達。迷子か?」

「うぉっ」


 目の前の風景に気を取られていた俺達は、突然後ろから聞こえた声に驚いてしまった。

 振り向くと知らない人。道の真ん中で立ち尽くしていた俺達を見かけて声を掛けたんだろう。


「おや、驚かせてしまったか。すまないね」

「い、いえ。こちらこそ驚いてすみません。ほらサクラコも――サクラコ?」


 返事が無かったからサクラコのほうを見てみると、よほど驚いたのか固まっていた。


「あらま。固まってる」

「おやおや、そんなに驚いたのか」


 どうやらサクラコは驚く事が苦手らしい。いつぞや俺にイタズラで驚かそうとしていたが、当の本人がそういった事が苦手とは思わなかった。


「は、ははは、驚いてなんか、ないよ」


 ようやく口を開いたと思ったら、変な喋り方になってる。


「どうしたよ、そんなに驚いたのか?よく見ろ、知らないおじさんが声を掛けてきただけだぞ」

「おじさん?知らないよ?驚いてないよ?」

「わかったわかった、サクラコは驚いてないぞー。はいはいー」


 どうやらまだサクラコはビビってるようだ。まぁ、その内いつもの調子に戻るだろう。


「すみません、相当驚いたようで。あぁそうだ。突然で申し訳ないんですけど、この犬って見たことありますか?」


 俺はスマホに映る子犬の画像をおじさんに見せながら言う。


「おぉ、こいつらなら見たことあるね」


 なんと、ここにきていい情報が聞けそうだ。


「どこで見たとか教えて貰ってもいいですか?」

「もちろん。とは言っても、見たのはこの山でなんだよ」


 おじさんは俺達が今抜けてきた山を指差しながら言った。


「最初に見たのは2、3ヶ月前ってとこか。この写真よりも一回り小さかったけど、この毛色は同じだろうな。母親っぽい犬と一緒に子犬が4匹……いや、5匹だったかな?ひとまず、それくらいの数が一緒にいるのを見たね」

「なるほど……野犬ってことですか」

「そうだね。んで、つい最近野犬を保護してる団体に保護されてったよ」

「えっ」


 という事は、もうこの山には母犬と子犬達は居ないって事か。


「この子犬、保護でもしたのかな?」

「えぇ、つい先日家の前にいたので保護しました。毛色が綺麗だったので飼い犬かと思ったんですけど、違いましたね」

「そうか、はぐれちゃったんだね。申し訳ないけど、保護団体の連絡先とかは知らないんだよ」

「いえいえ、十分助かりましたよ。情報提供ありがとうございます」


 その後、そのおじさんは農作業が残ってるから、と帰ってしまった。

 ひとまず、子犬についての情報が分かったから良しとするか。


「はぁ、病院に連れて行かないとだな」

「孝文、どこか悪いの?」


 もうすっかり本調子に戻ったサクラコが聞いてくる。


「俺じゃないよ、子犬の事。野良犬ってことが分かったから、予防接種受けに行かないとなんだよ」

「お注射打つの?」

「そう、お注射。クロエ達を見て貰ってる獣医さんは家畜専門の人だから、犬猫専門の病院探さないとだな」


 子犬が飼い犬ではないと分かったから、予防接種を受けなきゃだな。あと、保険にも入って。

 流石に親犬達を保護した団体を見つけて連絡するのも面倒だし、このまま飼うことになりそうだな。

 ひとまずはやる事が決まったので、その日はそのまま帰ることとした。

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