サクラコの事情 第三話

 サクラコと一緒に散歩がてら朝日を見に行った帰り道。俺達は帰路を意気揚々と進んでいる。

 横でスキップしながら進むサクラコの表情を見ると、積年の悩みを吐露できたからか晴れやかな表情をしていた。


「随分と嬉しそうだな」

「うんっ、だってこれから楽しくなりそうだもんっ!」

「そうだな、楽しくなりそうだ。だけど一緒に住むことになった以上は、クロエ達の世話やら家事やら手伝ってもらうからな」


 俺としても、色々と手伝ってくれると助かる。いかんせん一人でやると質も効率も悪い部分があるからな。


「もちろん、いっぱい手伝うよー!」


 サクラコも乗り気なようだな。一緒に住むとはいえ、何も手伝わないんだったら帰らせるまで考えていたからありがたい限りだ。


「とはいえ、それ以外にも色々と決める事がありそうだからそれは帰ってから決めような」

「うん、わかったー?」


 サクラコはよく分かっていないようだが、色々と考えるべきことがあるだろう。サクラコの家を常に空けるという訳にもいかないから定期的に帰らせる、とか。

 俺はそんな事を考えながら、サクラコと共に家に帰るのだった。



 家の近くに着く頃には辺りはもうすっかり明るくなり、朝の清々しい空気に包まれていた。どこか遠くからは耕運機の音と、土の匂いが漂ってくる。

 やっぱり農家の朝は早いんだな。時刻はまだ6時過ぎだというのにもう作業に取り掛かっているのか。


「精が出ますなぁ……」

「何がー?」


 いかんいかん、つい声に出ていたようだ。


「いやな、遠くにボボボボー、って音聞こえるだろ。耕運機って言う畑を耕すための機械の音だからこの時間から畑を耕してる人がいるんだなー、って思ってな」

「みんな朝早いのに頑張ってるんだね!」


 俺達も朝っぱらから山登りしてるがな。それなりに頑張ってる方だろ。


「孝文、はやく帰ってクロエ達にご飯あげないとね!」

「そうだな、はやく帰ろうか」


 その後俺達は和気あいあいと雑談をしながら家路を急いだ。



 帰宅後は慌ただしいものだった。

 普段であればマイペースにのらりくらりと朝食の準備やら支度をするのだが、いかんせんサクラコがいるので「手伝うよーっ!」と自信満々に責め立ててくるもんだから手伝わせないわけにもいかないし、かといって手伝わせたら目を離しておくわけにはいかないしでいつも以上に疲れてしまう。

 そして今はようやく朝食の準備やらを終わらせたので、クロエ達への餌やりを行っている。


「ご飯だよー!」


 庭を駆け回っていたクロエと烏骨鶏達が近づいてきたので目の前に餌を置くと、わっしゃわっしゃと餌を勢いよくかき込みはじめた。


「よしサクラコ、先に朝飯食べちゃうぞ」

「はぁーい!」


 いつもであればこのタイミングで動物小屋の掃除をするが、今日は先に朝食を用意したから掃除は後回しにする事にした。


 俺達は室内に入ると、事前に用意していた朝食を食卓に並べる。

 今日の朝食は簡単に、炊いた白米と味噌汁、ご近所さんから頂いた野菜の漬物と買った魚を焼いたもの。The 日本人の朝食だろう。


「わぁ、朝からいっぱいだね!」

「おう、そうだな。朝は沢山食べないと1日動けないからな」


 サクラコは朝食を目の前にし、少し興奮気味だった。きっと、朝からこんなに食卓に料理が並ぶことが無かったんだろう。……別に、多いわけでは無いが。

 こっちに引っ越してきてからは食生活がだいぶ変わった。働いていた頃は、朝食はいかに速く摂取できるかだけを考えていた。そう、摂取だ。食べるではなく摂取。朝食は食べるものではなく、十分な栄養が取れればそれで十分だと思っていた。だが、こっちに引っ越してからはご近所さんから色々と食べ物を貰う機会が多く、大量にある貰い物を無駄にするわけにはいかないからそれらを消費するために、いつの間にかしっかりとした食生活になっていたんだよな。お陰様で、毎日元気です。


「孝文っ、食べていいっ!?」


 どうやらサクラコは早く食べたくて仕方がないらしい。前のめりになりながら俺が許可するのを待っている。まるで犬だな。


「いいけど、ゆっくり食べるんだぞ。はい、いただきます」

「いただきますっ!」


 サクラコはそう言うと勢いよく食べだした。ゆっくり食べろと言ったんだがなぁ。

 だが、勢いよく食べてる割にやはり食べ方は綺麗だった。箸の持ち方も綺麗で、魚も綺麗に取り分けている。こういった部分の教育はしっかり受けてるんだよな。ほんと、謎だよ。

 それから俺達は雑談をしながら食べ進め、ある程度食べ終えた頃に俺は話を切り出した。


「さて、サクラコ」

「なにー?」


 茶碗に残ったご飯粒をちまちま食べているサクラコは、俺の事をチラリと見ると返事をする。


「我が家のルールを決めよう。ある程度の線引きをしておかないと面倒になるから、今決めるぞ」

「おー!決めようー!……でも、決めるって言っても何決めるの?」


 サクラコは何を決めるのかが分からず、頭を傾げながら悩ましげな表情をしている。


「そうだな、例えば”週に一回サクラコは家に帰って掃除する”とかだ」

「えー、ずっと孝文の家にいちゃだめなのー!?」

「いいか、サクラコ。家ってのはな、人が住まなくなるとすぐダメになってしまうんだ」

「そうなの?」

「あぁそうとも。人が住まなくなれば掃除が出来なくなるからどんどん家が汚れていく。掃除ってのはな、綺麗にするって目的以外にも壊れてる部分が無いかの確認にもなってるんだよ。そして、人の気配が無くなったら野生の動物がやってきて荒らしていく。都会だとそうはなりにくいけどここは田舎だがらな。野生の動物なんてそこら中にいるぞ。そんでもって、そういった要因から痛んだ部分から雨漏りだったり家にとって良くない事が発生していって、しまいには廃墟に……まぁ、そのレベルになるには10年くらい時間がかかるだろうけどな」


 俺は家に住まなくなるとその家がどうなるのかを話していくと、聞いていたサクラコはどんどんと苦い顔になっていった。


「えーっ、それは嫌だよー!ママとパパが帰ってくるかもしれないから綺麗にしておきたいよー!」

「だろ?だから週に一回でいいから掃除しに行こうって事だ」

「わかった!掃除しに行くよ!」


 納得してくれてよかったよ。少なくともサクラコにとって思い入れのある家だろうから手付かずの状態になるのは忍びないからな。


「じゃあ次に家事についてだが――」


 こんな具合でなぜルールが必要なのかの説明をしつつ決める事30分程。まだ大雑把ではあるが、喜多家でのルールが決まった。


喜多家ルール

・週に一回、家に帰り掃除をする。

・家事は、なるべく手伝うようにする。但し、忙しい場合は手伝わなくてもよい。

・学校の宿題は、その日のうちに終わらせる。期限の長い宿題はなるべく早く終わらせるように心掛ける。

・学校には、怪我や病気でない限りは必ず行く。

・毎朝の動物への餌やりは、無理に手伝わなくてよい。


 まだ決まった数としてはまだ少ないが、細かい部分はこれから決めていけばいいだろう。正直、サクラコはまだ小学校低学年だから、22時までには寝るとかも追加しようと思ったが、大丈夫だと信じておこう。……子供の睡眠時間って、何時間くらいが適切なんだろうね。寝る子は育つとは言うが、具体的な数字を言ってほしいもんだ。


「サクラコ、それじゃあこのルールを守るように心掛けるんだぞ」

「うん、分かったー!頑張るよー!」


サクラコも納得できるような内容で作ることができた我が家のルール。サクラコだけがルールを守るわけにもいかないから、俺も大人の見本としてしっかりしなきゃだな。


「……よし、ルールも決まったし改めて今日からよろしくな」

「うんっ!」


 元気に明るく返事をするサクラコは、楽しそうに笑っていた。

 今まで寂しい思いをしていたんだ。これからは、楽しい事をいっぱい体験してもらおうじゃあないか。


「んじゃ、皿片付けるぞー。早速皿洗い手伝ってくれな。今日もやる事いっぱいだからさっさと終わらせるぞー」

「おー!手伝うよー!」


 こうして脱サラして田舎暮らしをはじめた青年と、親の愛を受けずに育った少女の奇妙な共同生活が幕を開けたのだった。



●作者の独り言

ひとまず物語のひと段落がつきましたかね?

喜多家のルール、正直育児をした経験がない私にとっては考えてもなかなか案が出てこなかったので、こういうのもあったら良いのでは?というのがありましたら感想に書いていただけると助かります。

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