ほなみさんとの電話

 その日の晩、サクラコも寝たので俺は電話を掛けていた。

 数回のコール音の後、相手は電話に出た。


「やぁ、こんばんは」

『……こんばんは』

「元気が無いみたいだけど、大丈夫?」

『……大丈夫じゃないです』


 電話の相手は当然の事ながらほなみさんだ。毎晩続いているこの電話だが……今日は元気が無いようだ。理由は明白、昨晩の事が原因だろう。

 昨晩はサクラコが急に家に泊まる事になったから、「今日は電話はできないよ」とほなみさんに連絡したが、それでも電話が掛かってきたので出てみたものの、あらぬ誤解を生んでしまったようでそれからどうも機嫌が悪いというか、元気が無いのだ。

 ……まぁ、全面的に俺が悪いよな。説明も不十分のまま電話を切ってしまったからな。


「……昨日はごめんね。この前電話で言ったこっちで仲良くなって遊び相手になってる子が急に泊まるって言いだしちゃってね」

『……はい、言ってましたね』

「どうやらその子、家に帰っても両親が共働きで誰もいないから、寂しかったみたいなんだよ。皆でバーベキューをやった後で夜も遅かったからそんな中で帰らせるわけにもいかなかったから」


 ……どうにもダメだな。言い訳みたいになってしまう。俺の説明能力の無さが顕著に出てしまっている。

 これは時間が掛かるが最初から説明したほうが良さそうだな。


「ほなみさん、長くなっちゃうけど聞いてほしい。まずサクラコが抱えている問題なんだけど――」


 それから俺は、可能な限り全てをほなみさんに説明した。

 ほなみさんは俺の説明を聞いていて、最初のうちはあまり興味無いですよ、今は拗ねちゃいますよ、とでも言っているかのように素っ気ない態度だったが、話が佳境に入りだした頃には声に濁音が混じりだし、鼻をすする音がズルズルと聞こえだした。


「――ってな具合で、今は一緒に住んでるって感じなんだよね」

『……孝文さんっ!』


 話し終わるとほなみさんは突然大きな声で俺の名前を呼ぶ。

 びっくりした。耳が痛かった。


『孝文さん、私にできる事があれば何でもするので、サクラコちゃんを幸せにしてあげてください!』


 ……まぁ、ほなみさんならそう言うと思っていたよ。感情移入しやすいタイプだから、拗ねていようが結局は話をちゃんと聞いてくれて、思ったことをハッキリ言ってくれると思っていた。


「もちろん、しっかり面倒見るつもりではいるよ。ただね……あくまでも俺とサクラコは他人だからね。どこまでしていいのかが分からないんだよ」

『あっ……確かに、そうですよね……』


 第三者から見れば俺がサクラコを誘拐でもしてきたかのように見えるだろう。いくら本人の同意があったとはいえ、サクラコの親――保護者の同意が無ければ、本来であればこんな事はしてはいけない事だ。


「……だけど俺は、見て見ぬふりをしたくは無いんだ。偽善者と言われたっていい。やっぱり子供は、自由に楽しく、のびのびと成長していくのが一番だと俺は思ってるからね。それに……目の前で泣かれちゃったらねぇ?」

『あははっ、そうですね!私の事も助けてくれた孝文さんだったら助けちゃいますよね!』


 そういえばそうだったな。ほなみさんと最初に出会った日に、それはもうご丁寧なまでに頭下げられたもんな。


「そりゃ最初に出会った時のほなみさん、凄い青冷めた顔してたんだもの。あの顔を見て何も言わない人はそうそういないんじゃないかな」

『え、私そんな顔してたんですかっ!?』


 電話越しでも慌ててるのがよく分かるな。

 やっぱり、ほなみさんは楽しい人だな。そんな人を昨日は怒らせてしまったわけだから、しっかり謝っておかなきゃだな。


「ほなみさん、改めて昨日はごめんね。悪ふざけが過ぎたよ」

『いえいえ!私こそ勘違いしちゃってすみませんでした!元々は電話できないって連絡受けていたにもかかわらず電話しちゃった私が悪いんです!』

「いやいや、俺の説明が適当だったからだよ。だから悪いのは俺」

『いいえ、自分の考えだけで突っ走っちゃった私が悪いです!』

「いや俺が」

『私が!』


 こんな問答を続けること少し。結局どっちが悪いのか、悪くないのか結論は出なかった。


「……埒が明かないから、どちらも悪かったって事で……いいかな?」

『そ、そうですね……そうしましょう』


 結局、どちらも悪いという事になった。


「ははっ、結局よく分からないことになっちゃったね」

『あはは~、確かによく分からなくなっちゃいましたね』


 お互い笑い合う。

 結局のところ、俺とほなみさんは言葉足らずな似たもの同士なんだろう。


 ふと、俺の後ろからドアが開く音がした。

 こんな夜更けに勝手にドアが……なんて思って寒気を感じながら振り向くと――そこにはもう寝ているはずのサクラコがいた。


「何笑ってるのー?」

「あぁ、サクラコか……起こしちゃったか?」


 少し冷や汗をかいたが、そんなおばけが出るわけがないもんな。おばけなんてなーいさ。

 騒ぎすぎたかもしれないな。結構大きい声で笑ったからサクラコの部屋まで聞こえたんだろう。


『あら、サクラコちゃん起きてきちゃいました?』

「うん、少し騒ぎすぎたかもね。こんな時間に同居人の笑い声が聞こえたら確かに気になっちゃうか」


 サクラコはドアの傍から俺の傍まで寄って来た。


「誰とお話してたの?」

「あぁ、俺のお――」

『孝文さん、サクラコちゃんと変わってくれますか?』


 どうやら、ほなみさんはサクラコと話したいらしい。


「了解、ちょっと待っててね」

『ありがとうございます!』

「サクラコ、なんかお話したいんだとさ」

「わたしと?」


 まぁ、普通はそんな反応するだろうな。

 とりあえずサクラコにスマホを渡し、ほなみさんと話すように促した。


「こ、こんばんはぁ……」


 ほなみさんがどんな反応をしているかは分からないが、相変わらずサクラコは人見知りをかましていた。


 だがどうだろう。

 かれこれ会話を始めて10分以上となったが今だに会話を続けるサクラコとほなみさん。サクラコは話すたびにどんどんいつものように元気な口調になっていく。流石は女性同士だ。

 これには感心するばかりだ。

 どこかサクラコとほなみさんは似ている部分を感じていたが、ここまでサクラコが心を開いて話すとは思っていなかったので意外だった。


「はい、孝文!」


 するとサクラコがスマホを渡してきた。どうやら、話し終わったらしい。


「話し終わった?」

『はい!サクラコちゃん、いい子ですね!』

「そっか。それはよかったよ」


 ほなみさんと話ながらサクラコを横目で見ると、嬉しかったのがニコニコしながらこちらを見ていた。


「ひとまず、今日はこのくらいにしとこうか。このままだとサクラコが寝ないだろうし」

『そうですねっ、ではまた明日です!』

「うん、また明日ね。それじゃあおやすみ」

『はい!おやすみなさい!』


 電話を切った俺はまだニコニコしているサクラコに話しかける。


「サクラコ、ほなみさんはどうだった?」

「うん、ほなみちゃんすっごく話しやすかったよ!」


 もうほなみ”ちゃん”呼びか。対応の速さに驚くばかりだな。


「そうか、それはよかったよ……それじゃ、サクラコ」

「なにー?」


「寝なさい」


 その後はまだテンションが高いサクラコを寝かしつけるのに苦労しつつも何とか寝かせることに成功し、慌ただしくも平和な夜は更けていくのだった。

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