奮闘、庭づくり編 第六話
8月下旬の昼頃。
相変わらず太陽は燦々と大地を焼くかのように熱を降らせている。今朝ニュースを見ていたら、また熱中症で病院に搬送された人がいるらしい。熱に弱い人間が悪いのか、根本たる太陽が悪いのか、はたまた地球温暖化のせいか。こうも暑いと考えても答えの出ない疑問ばかり考えてしまう。
「……暑いっ!!」
夏なのだから当然だろ、と突っ込まれそうな事を俺は言う。だがしかし、暑いんだからしょうがないじゃないか。
暑い暑いと文句を言っている俺が今何をしているかと言うと、炎天下の中、ホームセンターで買ってきた木材達を相手に防腐剤を塗っては乾かし、塗っては乾かしを繰り返していた。
そう、この木材達は柵と小屋の材料だ。昨日サクラコが帰った後に書き起こした図面を元に木材を買ってきた。
そして今やっている買ってきた木材に防腐剤を塗る作業だが、これがまた超重要だ。屋外に設置すると腐りやすい木材が雨風、そしてこの暑すぎる太陽相手でも腐る事を防ぐ事ができるのだ。もしこの作業を疎かにした場合は数年のうちに木材が朽ち、倒壊してしまうだろう。なので、今が暑かろうが関係無しに最優先で塗る必要がある。
とはいえこの作業は単調かつ時間の掛かる作業だ。塗る事自体は簡単なのだが、それを一度乾かして、再度重ね塗りする必要がある。動物を飼育するという目標がある以上、糞尿で木材の劣化が激しくなると考えられるからだ。故に、入念に重ね塗っていく必要がある。
俺は暑い暑いと愚痴を垂れながら、買ってきた木材全てに防腐剤を塗り終えた。今は乾き待ちだ。やっとひと段落出来る。
とはいえ今回買ってきた木材は必要数揃えることができなかったので、また今回と同じような作業をもう一度、二度とやる必要がある。骨が折れる作業だ。
「あれ、これって……」
俺はここでふと思ってしまう。今は乾き待ちだが、乾けばもう一度塗る予定だ。そして二度塗り後に組み立てするのだが、これは……
「組んだ後に塗っても同じじゃん!!」
思わず叫んでしまった。あぁ、今気が付いてよかった。これがもし二度塗りしている最中だったらとても面倒な事になっていただろう。
もちろん組んだ後では木材同士の接合部に十分な量防腐剤を塗布できない恐れがある。なので少なくとも一度目の塗りは組み付け前にやるのが理想だろう。だが、二度目の塗りが組み立て後になれば作業効率が格段に上がると予想できる。
「おっきい声だしてどうしたの?」
作業効率向上案を思いついてつい声を出してしまった俺に声をかけたのは、サクラコだった。
「あぁ、サクラコか。いやな、良い事を思いついてつい声を出しちゃったんだよ」
「良い事って、なにー?」
これをサクラコに説明した所で理解は難しいだろう。適当に話でも逸らしておくか。
「まぁ、そうだな……サクラコ、宿題持ってきたか?」
「あ、うん。持ってきたよー」
「じゃ、宿題やってような。俺は庭で作業してるから、何かあったら呼んでくれ」
「えー、私も庭で遊びたい!」
別に遊ぶわけじゃないんだがな……ひとまず、サクラコは宿題だろう。遊び呆けて夏休み明けに宿題が終わってませんでした、では先生に怒られてしまうだろうからな。
「ひとまず、サクラコは宿題をやりなさい。終わらないと学校が始まってから先生に怒られるぞ」
「はぁーい……」
サクラコは残念そうに頷く。
「……まぁ、庭が見える場所で宿題してなさい。俺も近くで作業してるからさ」
「うんっ!」
サクラコは今度は元気に頷くと、室内に駆けていった。
流石に俺もサクラコが見える環境で作業したいからな。もし何かあって怪我でもしたら俺の責任になってしまうわけだし、少し注意しておこう。
サクラコが庭が見える窓際からプリントを持ちながら手を振っている事を確認する。うん、ちゃんと宿題をやりそうだな。俺は思考を切り替え木材を確認する。
「……よしっ、乾いてるな」
流石は夏の炎天下だ。防腐剤はすでに乾いていた。こういう作業は熱中症の危険はあるものの、夏にやるのが一番だな。
そしたら、組み立て作業開始だ。俺は工具を用意して、木材を大雑把に並べ始める。
「まずは支柱だな」
俺は図面で書いた通りに寸法を出した後、当て木をしてハンマーで叩きながら支柱を地面に刺す。垂直に刺すのはなかなか難しいな。地面も地表から少し先はとても硬くなっているのでこれは時間がかかりそうだ。水はけが良い庭だからもう少し楽に刺さると思っていたが、間違いだったようだ。
数十分かけてサクラコからの「何してるのー」といった疑問の声と視線感じながらハンマーを振るっていたが、ようやく支柱4本全て刺すことができた。
両腕に乳酸が溜まってもうパンパンだ。汗も大量に噴き出ている。全然進んでないが、ちょっと休憩しよう。
「孝文、終わったの?」
「いや、まだ終わってないけどこのまま進めると熱中症の危険があるからな、一旦休憩だ」
「熱中症?」
タオルで汗を拭きながら窓際に腰かけた俺にサクラコが話しかけてくる。どうやら、熱中症を知らないらしい。
「熱中症ってのはな、暑い日に水とか飲まずにいるとなっちゃう病気なんだよ。身体がダルくなって気分が悪くなったりしちゃうんだ」
「へぇー、そうなんだ」
「これは外でも家の中でもそうだから、サクラコもしっかり水分補給するんだぞ」
そう言って俺は室内に入り、冷蔵庫から水を取り出して2つのコップに注ぐと、1つをサクラコに渡した。
「ほら、しっかり飲んどけ。熱中症になったらほんとに辛いんだぞ」
「ありがとー、孝文は熱中症になった事あるの?」
「あぁ、あるぞ。学生の時の部活中にな、気分悪すぎて胃の中の物全部ブチ撒けて大変だったよ。頭も痛くなるし」
あの時はマジで辛かった……段々と気分が悪くなっていき、動悸、眩暈が急に襲い掛かってきたのだ。気分が悪くなってきた段階ですぐに休めばよかったものの、当時は”動いてりゃそのうち治る”な思考だったのでバカを見た。もうあんな体験はご免だ。
「孝文きたなーい」
「うるさい、サクラコも熱中症になったらそうなるんだぞ。気をつけなさい」
「はぁーい……ねぇ孝文、外で何作ってるの?」
サクラコは水を飲みながら聞いてくる。
そういえば何を作っているかは説明していなかったな。
「動物用の小屋を作ってるんだよ」
「動物の?」
「そう、これが完成したら何か動物を飼おうと思ってな」
「え、いいなっ!何飼うの!?」
サクラコが興味津々といった様子で食いついてきた。
「そうだな……最初は何がいいと思う?」
「うーん……」
サクラコはムムムと唸りながら頭を左右にコテコテと傾けながら考える。
「好きな動物でもいいぞ」
「じゃあねー、ヤギっ!」
「えっ、ヤギ?」
サクラコはヤギが好きなのか?でもそうか、ヤギか。よく田舎では飼われているらしいな。
「うん、ヤギ!とっても可愛いんだよ!」
「そうか、ヤギか……確かに良いかもな」
ヤギは除草目的で飼育する人もいる。草食なので、雑草を沢山食べるわけだ。つまり、草むしりをする必要が無くなる。
実は昨日の雨で庭に芝の芽ではなく、雑草がまた顔を出してきて困っていたのだ。やはり、素人の庭弄り程度では雑草の撲滅は難しそうだな。雑草の生命力、恐るべし。
「よし、じゃあ小屋が建て終わったらヤギを見に行くか」
ヤギの購入方法を調べておかないとな。後は雑草以外の餌と細かい飼育方法も。
「うん、見に行こー!孝文っ、早く小屋作ってね!」
「サクラコは早く宿題終わらそうな」
「もう終わったよ?」
え、もう終わった?俺が見た時は結構な量のプリントを持っていたはずだが……
「ちょっと見せてくれるか?」
「いいよー」
プリントの束を受け取り、内容を確認する。これは算数のプリントだな。
……うん、確かに全て埋まっている。多少ケアレスミスのような部分もあるが、ほとんど正解だろう。
「サクラコって、勉強出来たのな。ちょっと意外だわ」
「フフーン、わたし頭良いんだよー!」
胸を張って威張るサクラコだが、俺の家に来てからの短時間でこの量を終わらせたのだろうか?このプリント、ざっと30枚はあるが……実はサクラコは、やれば出来る子なんだろうな。普段の言動から知的好奇心が高いように感じるから、地頭は良いんだろう。ただ今まではやる気が出なかっただけか。それもそうか。学校には先生しかいないからつまらない、って言ってたからな。
「この短時間でこの量を終わらせたのか?」
「そうだよ!簡単だった!」
「そうか、凄いな」
これは素直に感心するな。なかなかやるじゃないか、サクラコ。
「終わったから、遊んでもいい?」
「あぁ、いいぞ。存分に遊ぶといいさ」
「やった!じゃ、一緒に遊ぼ!」
一緒に遊ぶか……ふむ、どうしたものか。今は休憩中とはいえ、この後は作業の続きをやるつもりでいた。かといって、宿題を終わらせたサクラコを無下にするわけにもいかない。
「孝文、また小屋作るんでしょ?一緒にやってもいい?」
「あぁ、それは別に構わないが……遊びというには退屈かもしれないぞ?」
「え、でも孝文楽しそうにやってたよ?」
「俺が楽しそうに?バカ言え、汗だくで暑い暑いって愚痴を垂れまくってたんだぞ?」
あぁ、確かに俺は愚痴を垂れながら支柱をハンマーで打ち続けていた。最後の方なんて暑さで想像以上に体力を消耗してしまい、ヘロヘロになりながら作業をしていた。そんな姿を見ておきながら、楽しそうに見えたとはどういうことだろうか。
「でも楽しそうだったのー!だからわたしもやるのー!」
サクラコは俺の言う事なんか知った事か、とでも言っているかのように手を振り回しながら抗議してくる。何としてでも組み立て作業を一緒にやりたいようだ。
「わかったわかった、一緒にやっていいから暴れるな」
俺は講義に敗けて一緒に作業をする事にした。
「やったー!」
「でも、危ない作業は俺がやるから、サクラコは比較的簡単な作業をやろうな」
「えー、わたし難しいのもできるよー!」
できるって、やった事無いだろうに。流石に無茶をさせるわけにはいかないからな。
「ひとまず、早くヤギを飼うために頑張ろうな」
「がんばろー!」
俺は少し疲れが残っているような表情で、サクラコは意気揚々としたこれから楽しい事が待ってるぞと言わんばかりの表情で、一緒に小屋作りを始めるのだった。
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