奮闘、庭づくり編 第七話

 太陽が頭上を通り過ぎて少し傾きだした頃。気温も段々と上がってきて、肌をジリジリと焼いていることが分かる。

 暑いのは苦手だ。汗もかくし、どれだけ薄着になろうが暑い事に変わりはない。世間体や法律的に全裸はダメだが、たとえ全裸になったとて暑い事には変わりないだろう。だったら、冬の寒い大気の中で吐く息を白くさせながら厚着をしてヌクヌクと過ごしていた方が良いに決まっている。

 今の気温は35度を越えて真夏日となっているだろう。庭に打ち水はしたものの、この気温だと効果は薄く、微々たるものだ。

 時折吹く風も若干生暖かく、さらに気分を嫌にさせてくれる。遠くに見える霞ヶ浦ではヨットが見えるが、きっと涼しいんだろうな。なんとも羨ましい限りだ。


 そんな涼しさを求める夏の昼過ぎに俺とサクラコは小屋を建てるために作業をしていた。

 木材同士をクランプで固定して、下穴を開ける。そして、その下穴にビスを打ち込む。そうする事でビスを打ち込んだ際に木材が割れることなくしっかりと固定することができる。俺はこの工程をサクラコ協力の元、行っていた。


「孝文、わたしもそのガガーってやつやってみたい」


 サクラコの言うガガーってやつとは、電動ドライバーの事だ。打ち込む際に音が鳴るので、それを揶揄しているのだろう、これ、子供が持つにはちょっと重いんだよな。


「これ、結構重いからな。気を付けて持ってくれよ」


 ひとまず、渡してみる事にした。これで重くて持てなければ使わせるのは無しだ。


「おぉー、かっくいい!」


 あれ、思ったよりもしっかり持ててるな。サクラコは見た目以上に筋力があるのかもしれないな。流石はこの田舎で今まで1人で遊んできた胆力がある野生児なだけあるな。


「俺がやってたのは見てたよな?」

「うん、みてたよー」

「じゃ、間違えてもいいからここにやってみて」


 俺はここ、と木材に指をさす。

 サクラコははじめて持った工具に多少戸惑いつつも、俺がやったようにビスを取り出し、打ちつけはじめた。


「おー、上手いじゃないか」

「孝文がやってるの見てたからね!簡単だよ!」


 サクラコが打ちつけたビスは下穴のお陰もあってか真っ直ぐと打てていた。電動ドライバーの使い方もしっかりと見ていたようで完璧だった。

 下穴を開けるのは下手に曲げて穴を開けるとドリルが折れる可能性があるので俺がやるままにして、ビス打ちはサクラコにやってもらうか。作業効率が上がりそうだ。


「じゃ、サクラコ。俺が木材固定して穴開けるからサクラコはビス打ちやってくれるか?」

「フフン、任されたー!」

「ははっ、怪我しないように注意しながらやろうな」


 俺たちはこんな調子で作業を進めていき、暑さすらも忘れて夢中になりながら作業を続け、夕方頃には壁を残して組み立てる事ができた。


「いやー、思ったより早く終わったな」

「かべ、つけないの?」

「あぁ、壁を塞ぐ前に、この中に断熱材っていうのを入れるんだよ。だけど、それを買ってないから今日はここまでってこと」

「そうなんだ!孝文、早く買ってきてね!」

「はいはい、明日にでも買ってきますよ……ひとまず、今日はお疲れ様だ、よくやったぞサクラコ」


 俺は横に並んで小屋を眺めるサクラコの頭をわしゃわしゃと撫でながら今日の頑張りを労う。

 サクラコがいなかったらこんなにも早くここまで終わらなかっただろう。飽きずにやってくれてよかったよ。


「楽しかったー!」

「んじゃ、工具片付けるぞー、最後まで手伝ってくれよな」

「あいっ!」


 そしてその日は工具を片付け、庭での作業が終わるのだった。



 庭の芝が芽吹き出した頃。雑草は青々と背を伸ばし、芝の勢いを殺すかのように猛威を奮っている。そんな庭で俺とサクラコは小屋を眺めながら表情を緩めていた。


「……ついに、出来上がったな、サクラコ」

「……できたね、孝文」


「「おわったぁぁーー!!」」


 俺とサクラコは歓喜の表情から、今度は全身を使って嬉しさを表現していた。走り回ったり、小屋の周りをグルグルと回ったり。サクラコに至っては小屋の出入りを繰り返している。


「凄いっ、孝文!電気つくよ!!」


 カチカチと電気のOn/Offを繰り返すサクラコ。

 この電気は、俺が全く使っていなかった電気工事士の免許を使って施工したものだ。当時資格取得のために使っていた資料を引っ張り出してきてそれを見ながらやったものの、案外覚えているもので難しさは感じなかった。


「やってみれば意外とできるもんだなー」

「孝文凄いね、色んなことできるね!」

「まぁ電気工事はおっかなびっくりだったけどな」


 この家の図面が残っていたお陰で電気の配線図も分かったのでなんとかなった。単線図から複線図に直すのなんて何年振りだよ。資料残っててよかったわ。


「これで動物飼えるの?」

「そうだなぁ……」


 飼う事自体は出来るだろう。だが、まだ庭を囲う柵が無いので繋牧(けいぼく)――綱で繋いで行動範囲を制限させた状態になってしまう。柵さえ設置してしまえば放牧出来ると思うから、柵ができるまで一時的に繋牧で我慢してもらうことにしよう。


「あぁ、飼えるな。サクラコはヤギがいいんだったな……実はもう目途は立ってるから今度向こうの予定が開いてる時に引き取ってくるよ」

「やったっ!」


 そう、実は小屋を作りながらヤギを購入できる所を調べていたのだ。……だけど、なかなか見つからなくてね。確かに売ってる場所はあっても、ここから遠かったりでなかなか決まらずにいた。そんな中で猫村さんに世間話で「ヤギ飼いたいんですよねぇ」と言ったところ、近所で個人でヤギを繁殖させている所があるらしく、紹介してもらうことができた。なんでもそこの家の人は、もう高齢のためそろそろヤギの繁殖は辞めて残ったヤギたちと余生を過ごしたいらしく、増えすぎたヤギ達をどうにかしたかったらしい。そのため、格安で売ってくれるとの事なのだ。ヤギが欲しいなんて話をして、ここで買えるよなんて話が出てくるのはこれぞ田舎、って感じがするな。


「ここの近所らしいから、学校が無い日だったら一緒に行くか?」

「えっ、いいの!?行く!!」


 じゃ、なるべく土日で予定を組もう。それまでにヤギを飼育するための知識をもう少し調べておこう。エサなんかも買っておこう。そして、ヤギ以外の動物も飼う準備をしておこう。

 さて、これからが俺の“やりたい事”の実現だ。沢山の動物を飼って、都会にいては過ごせないような、かけがえのない思い出を作っていこう。


 こっちに移住してからは色んなことがあったし、挑戦した。これからも挑戦は続くだろう。だが、生活にも慣れてきたし知り合いも、友達もできた。きっと、上手くいくさ。

 そんな事を思いながら、俺は出来上がったなばかりの小屋とはしゃぐサクラコをどこか感慨深いような表情で見ていたのだった。

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