夢への足掛かり編 第六話
7月9日 PM18:00
ほなみさんとご飯を食べに行くと決めた俺は、ほなみさんが店じまいをするのを店外で待っていた。手伝いをしようか聞いてみたものの、客にやらせるわけにはいかないらしいので、俺は大人しく待つことにした。
「お、お待たせしました…」
俺が店外で待って数分後、ほなみさんが来た。店じまいは終わったのだろう。
「いえいえ、店じまいお疲れ様で――」
言葉を失った、とはまさにこの事を言うのだろう。私服姿のほなみさんは……とても、とても綺麗だった。いつも会うほなみさんは仕事着のエプロン姿だった、という事もあってか今回はじめて私服を見たわけだが、大人しめな服装ながら、白をベースとしたトーンイントーンのカラーコーディネートでまるで天使でも見ているような……いかん、何を考えているんだ俺は。
いつもと違う服装というだけでこんなにも良く見えるだろうか?いや、元の素材が良いからだろう。テレビに出るような女優やモデルに比べると多少の見劣りはするものの、着飾らず自然体で、こんなにも綺麗な人はそうそういないはずだ。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもないですよ。」
「ふふっ、
ふわりと香る花のようなほのかに甘い香りは、香水だろうか?とても良い香りだ。リラックスできるような、ほなみさんに合っている香水だ。
あぁ、無意識にほなみさんを食事に誘ってしまったわけだが、ちょっと失敗したな。女性は準備に色々と時間がかかると言うが、俺はそれを考えずに誘ってしまったわけだ。申し訳ない事をした。女性経験の少なさがここに来て出ている。
「では、行きましょうかっ!」
「あ、はい、行きましょうか。」
ほなみさんに促され、俺たちは駅前に向かう。
ほなみさんが店じまいをしている間に、美味しい焼肉屋は調べていたので問題ない。もちろん食べ放題ではない、ちょっとお高めの所。予約する前にほなみさんが来てしまったが、空席情報はほぼ空いてるとの事なので大丈夫だろう。
「最近は休みなしでお店開いていたので、こういう外食は久しぶりなのでなんだかワクワクします!」
「おや、そうだったんですか。頑張るのはいいですけど、ちゃんと休まなきゃダメですからね?」
「わかってますよーだ。孝文さんはお母さんみたいな人ですねっ」
クスクスと可愛らしく笑うほなみさん。楽しそうだ。
いや、別に俺はお母さんでは無いんだが、マジで休まなきゃダメだよ。俺は休み無しで働いてぶっ倒れた人を何人も知っているわけだし、ちょっと心配だ。
「頑張るのも大事ですけど、それと同じように休む事も大事なんですよ。身体は資本ですからね。」
「はーいっ」
ダメだ、こりゃまともに聞いてないな。
「あっ、お店ってここですか?」
「そうそう、ここです。なんか評判良いらしいですよ。」
「ここ、一度来てみたかったんです!やったっ!」
ほなみさんはピョンピョンと小さく跳ねながら全身を使って嬉しさを表現する。小柄な人は、みんなこうなのだろうか?俺が趣味でやっているゲームにも小柄な種族がいるが、小柄な分他の種族よりも全身を使ってエモートをよくしていたな。そういうものなのかな?
店内に入ると、先程調べた情報通り空席があったのですぐに通された。
メニューから適当に頼む。正直、高い肉はよく分からないのでほなみさんが食べたいのを中心に頼んでいく。
「何飲みますか?」
「あ、私あんまりお酒は得意じゃないのでソフトドリンクでもいいですか?」
「もちろんですよ、好きなのを頼んでくださいね。」
そしてほなみさんは烏龍茶を、俺は梅酒のロックを頼む。
「梅酒、好きなんですか?」
「あー、他の酒と比べて好きですね。俺もそこまで酒が好きというわけではないんですけど、梅酒だけは飲めるんですよ。」
「へぇ、なんだか不思議ですね!」
まぁ確かに不思議と言えば不思議か。あまり酒は好きではないのに梅酒だけは好き。なんでだろうなぁ。昔よく祖母と一緒に庭先の梅で梅酒を作っていたからかな?あれ、結構楽しいんだよね。
その後俺たちは焼肉を美味しく食べながら更に雑談に花を咲かせる。ほなみさん、結構食べるんだよね。その小さい体のどこにそんなに入っているのか不思議なくらい。でも、本当に美味しそうに食べるんだから、食事に誘ってよかったよ。
焼肉を楽しんで外に出ると、綺麗な月が雲の隙間から顔を覗かせていた。
「ごちそうさまでしたっ!とっても美味しかったです!」
「いえいえ、俺も楽しかったですよ。美味しかったですね。」
「ほなみさんの家って、“Katze”の2階でしたっけ?」
「そうですっ!」
「じゃ、送っていきますよ。こんな時間に女性を一人で歩かせるわけにも行きませんからね。」
「じゃ、じゃあ…お願いしますっ!あっ…ちょっと、歩いても良いですか?」
ふむ、どこか寄りたい場所でもあるのかな?
「別に構いませんよ。どこか行きたい場所でも?」
「いえっ、ちょっと風にあたりたいなぁ、って!」
そして俺は、ほなみさんについていく形で歩いていく。
少しすると、小さな公園が見えて来た。
「あの公園、少し寄ってもいいですか?」
「もちろんいいですよ。」
公園には小さいブランコと滑り台のある、The公園といったようなものだった。
「なんだか懐かしいですね。大人になってからは公園なんて来ませんから。」
「そうですね!ちょっとワクワクしちゃいます!」
ほなみさんはパタパタと小走りで公園内を回ると、滑り台で滑ってみたり、ブランコで遊んだりしている。
俺はそれを少し遠くから眺めるように見ているわけだが、なんだか小さい子供の世話をする親のような感覚だ。
「あんまりはしゃぎすぎないようにしてくださいねー、怪我しますよー。」
「はーい!」
ほなみさんはもう少し遊具を楽しむと、俺が腰掛けていたベンチに座る。
「すみません、楽しくなっちゃってはしゃいじゃいました…」
「いえいえ、いいんですよ。こういう時くらい楽しみましょう。」
こういう時くらい羽目を外すのが丁度いい気分転換になるんだよね。気分もリセットできるし、たまにはこういうのも良いだろう。
「孝文さん。」
「はい?」
ほなみさんは少し真剣な表情で話しかけてくる。
「もうすぐ引っ越しちゃうんですよね…?」
「…そうですね。まだ準備してませんけど、今月中には。お店にもなかなか行けそうにないかもしれませんね。」
確かに行けない距離ではないだろうが、流石に片道2時間はキツい。
「そう、ですよね…」
ほなみさんは下を向いて俯いてしまう。
「でも、今の時代は便利なのでスマホさえあれば連絡できちゃうじゃないですか。料理の報告、楽しみにしてますよ。」
「「……」」
無言の時間が流れる。何か、話題を出したほうが良いだろうか。
「孝文さん。」
「…はい、なんでしょう。」
ほなみさんは真剣な表情で顔を上げ、俺の目を見て、まるで決意を決めたかのような表情をする。
ゆっくりと深呼吸をして、口を開く。
「孝文さん。私、あなたの事が好きです。」
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