夢への足掛かり編 第五話
7月9日
今日はほなみさんから連絡が来て、「料理上手くなった気がするので見に来てください!」との事なので見に行くことにした。
ほなみさんは最近は本当に頑張っていて、「今日はこれを作ってみました!」だったり、「こんな失敗したけど、次は頑張ります!」などなど毎日のように俺に料理の写真を添えて報告をしてくる。こんな失敗をした、と自分で理解している人は、その失敗を繰り返さないように注意するので、とても良い事だ。それにほなみさんの場合”料理が上手くなっている”という結果が伴っているので尚更良い事だ。本当に、この人は健気な努力家だ。お兄さんが亡くなってまだ間もないというのに、こんなにも全力で頑張れる人は応援したいし、尊敬する。
お店に行くわけだし、先日霞ヶ浦に行った際に買ったお土産を持っていこう。喜んでくれるといいな。
昼過ぎに”Katze”に到着すると、数名客が来ていた。着実にだが、客足は伸びていそうだな。
「あっ、
ほなみさんはいつも通りな元気さで私にそう言う。
「こんにちは、ほなみさん。お客さん増えてきましたね。」
「そうなんですよ!嬉しいです!」
ほなみさんはまるで犬が尻尾を振っているかのように嬉しそうにそう言う。あぁ、引っ越したら犬を飼うのもいいな。
「これ、先日ツーリングに行った時のお土産です。甘くて美味しいですよ。」
俺は先日買ったお土産、干し芋をほなみさんに渡す。
「わぁ、ありがとうございます!…干し芋?どこに行かれたんですか?」
「茨城県の霞ヶ浦に行ったんですよ。そこの土地を買ったので、周辺の散策がてらツーリングに。」
「えっ、霞ヶ浦!?」
ほなみさんは驚いたような表情をする。霞ヶ浦、変だったかな。
「私、霞ヶ浦出身なんですよ!わぁ、懐かしいなぁ!」
おぉ、そうだったのか。懐かしの故郷の味だろうから、嬉しいんだろうな。
「とても良い所ですよね。景色も良いし空気も美味しい、それに食べ物も美味しいと良いとこづくしですよ。」
「えぇ、霞ヶ浦はとっても良い所ですよ!あそこの土地買ったのかぁ、おじいちゃん元気かなぁ…」
「ほぅ、おじいさんは霞ヶ浦に在住なんですか?」
「えぇ、そうなんですよ!最近行けてなかったので、また行きたいです!」
相変わらず元気そうに俺に話してくるが、他の客が俺たちの事をチラチラと見てくる。こっちを見て微笑むなおばさま。
「ほなみさん、ひとまず落ち着きましょう。お客さんが見てますよ。」
「はっ!ごめんなさい!…コーヒー、飲みますか?」
ほなみさんは顔を真っ赤にして他の客に謝ると、俺にコーヒーを勧めてくる。
「えぇ、貰いますよ。美味しいやつを頼みますね。」
俺がコーヒーを飲み終わる頃には、他にいた客は帰っていた。さっき俺たちを微笑みながら見てきたおばさまは帰り際、俺に向かって「頑張りなさいよ」と言ってきたが何を頑張るというのだ。見当もつかんぞ。
客が俺以外いなくなって落ち着いたからか、ほなみさんはパタパタと軽快な足音を立てながらやはりというか当然といった表情で、俺の向かいの席に腰かけた。
「さっきいたおばさんはよく来るんですか?」
「えっ?…あぁ、ここ最近よく来てくれますよ!」
「そうですか、客足も着実に伸びてきて良い感じですね。」
「はいっ!嬉しいですっ!」
ほなみさんは嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。本当に嬉しそうな笑顔をするものだから、何故だかこっちまで嬉しくなってくるな。
「それで、料理の練習はどうしましょうか。」
「あっ、それなら孝文さんがコーヒー飲んでる間に作ってみたんですよ!ちょっと待っててくださいね!」
ほなみさんはキッチンに駆けて行き、皿に乗ったサンドイッチを持ってきた。
「どうですか、この出来!」
フフンと自慢げに鼻を鳴らしながら俺の前にサンドイッチを置く。
確かに、自慢げに鼻を鳴らせるレベルの出来だった。
「おぉ、良い感じに出来てますね。では、いただきます。」
「はい!召し上がれっ!」
一口食べると、ほなみさんの成長っぷりに驚いた。最初の頃は油が多すぎて揚げられていたパンも、今ではふんわりと柔らかく焼かれている。中の具材もコゲがちょっとあったのに、今では丁度良く焼かれて美味しく調理されている。これは美味しい。
「最初とは比べ物にならないくらい美味しいです。」
「やったっ!」
ほなみさんは小さくガッツポーズを取る。
「頑張りましたね、ここまで美味しくなるなんて。練習の成果が出ましたね。」
「はいっ!これで、お店でも出せますかね…?」
ふむ…どうだろうな…確かにサンドイッチは店に出しても良いほどの出来だろう。だが、他のメニューはどうだろうか。
「確か、ここの店はサンドイッチ以外にも料理はありましたよね?」
「はい、パンケーキとかもあります!」
「…それらって、練習してました?」
「あっ…」
あぁ、こりゃ練習してなかったな。まぁ、ほなみさんなら大丈夫だろう。
「もう、料理に対しての苦手意識って取れましたか?」
「最近は料理してて楽しいです!まだ火はちょっと怖いですけど…」
「なら、大丈夫ですよ。この調子で、全部一気にではなく一品ずつ着実に作れるようになりましょう。そうすれば、いつの間にか全メニュー作れるようになってると思いますよ。」
「はい!頑張りますよぉっ!」
今のほなみさんは伸び代の塊だ。この調子でどんどん練習していけば全部のメニューを復活させる日もそう遠くはないだろう。
「これで、思い残すことなく引っ越すことができそうです。」
「えっ…」
実は、昨日の時点で細かい処理が終わり、あの土地は俺の所有物となった。後は住民票を移して引っ越すだけだ。
「まだ引っ越しの準備もしてないですけど、今月中には引っ越すと思います。その前にほなみさんの料理が上達してよかった。」
「そう…ですか…」
ほなみさんは見るからに落ち込んでいた。
「…そうだ、おじいさんの家に来た時でもいいので、俺の家に寄ってくださいよ。動物を飼う予定なので、見に来てください。」
「わぁ、いいですねっ!何を飼うんですか?」
「そうですねぇ…」
そういえば、何を飼うかは決めていなかったな。そうだな…馬、飼ってみたいな。
「馬とか飼ってみたいですね。ミニチュアポニー。世話は大変そうですが馬がいる生活は楽しそうです。」
「お馬さん!私近くで見た事なかったんですよ!楽しみですっ!」
「後はヤギなんかも飼いたいですよね。買った土地の庭がここ数年手入れされていなかったので、除草のためにもヤギもありですよね。」
「わぁ、なんだか動物園みたいですね!」
動物園か…確かにそうだな。色んな動物を飼ってみたいな。
「孝文さんは、動物が好きなんですか?」
「えぇ、大好きですよ。小さい時は犬や猫も飼っていましたし、実家の隣の家で飼われていた馬のお手入れとかよくやってましたね。多分その頃から動物が好きだったんでしょうね。」
「へぇ、素敵ですね…!私の実家は周りは畑があるくらいで動物を飼ってる人がいなかったので憧れます!」
ほなみさんは結構田舎の方出身なんだろうな。いいじゃないか畑。俺は好きだぞ。
「俺はほなみさんならいつでも大歓迎なので、見に来てくださいね。」
「はい!必ず会いに行きます!」
俺たちはその後、雑談に花を咲かせた。あれをやりたい、これをやりたい。それぞれやりたい事や夢を語ったりもした。ほなみさんは将来お嫁さんになりたいらしい。なんともほなみさんらしいピュアな夢だ。ほなみさんは天真爛漫という言葉そのもののような人なので、この人の旦那となる人は毎日楽しそうだな。
俺も引っ越したらやる事がいっぱいだ。庭を整理して、動物を迎える準備をしなきゃだし、家自体も掃除はされているものの多少のボロは出ているので、DIYをする必要もある。もちろん業者に頼むのも良いとは思うが、自分で出来る事は自分でやってみたい。
そんな話をしていると、昼過ぎに”Katze”に来たはずが、外を見るともうじきに暗くなりそうになっている。
「すみません、長居しすぎちゃいました。」
「いえっ!私は楽しいので問題ないですよ!」
「あー、そうだな…もう、店って閉めます?」
「え?あぁ、お客さんが来なければもう閉めますけど…?」
「飯でも、食べに行きますか?なんだかんだでここに来るたびに『料理の練習に付き合ってもらっているから!』でコーヒー代とか支払わせてもらってないわけですし、奢りますよ。」
そう、俺は”Katze”に来るたびにアイスコーヒーを頼んでいるが、ほなみさんが料金を受け取らないのだ。流石にそれは申し訳ないので、一緒にご飯に行って、俺が奢ろうというわけだ。
「えっ、でも…私なんかとご飯なんて、いいんですか…?」
はて、ほなみさんは何を気にしているのだろうか?
「いやいや、こんなに綺麗な人と食事できるなんて、俺としては得しかないんですよ?なので奢らせてくださいよ。」
ほなみさんは、日本人の平均からすると小柄な身長をしているが、とても綺麗な人だ。「私なんかと」なんて自分に自信が無いのだろうか?大丈夫、俺が保証しましょうぞ。ほなみさんは美人です。
「そんなっ、綺麗だなんて…孝文さんはお世辞が上手ですねっ」
ほなみさんは顔を赤らめながらそう言う。
お世辞じゃないんだがなぁ。この人は自己肯定欲が少なすぎるぞ。
「お世辞じゃないんですがねぇ…それで、どうします?ご飯行きますか?」
「あっ…では…行きましゅっ!」
あ、今噛んだな。
「じゃ、店じまいしたら行きましょうか。何か食べたいのありますか?」
「そ、それじゃあ…お肉食べたいです!最近、食べれてなかったので…」
「おぉ、肉ですか、いいですね。焼肉でも食べに行きましょうか!」
それから俺はほなみさんが店じまいをするのを待って、焼肉を食べに行くことにした。こんな綺麗な人と一緒に食事をするなんてイベント、俺にとっては人生で最後かもしれないからな。存分に楽しもうじゃないか。
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