鶏な俺は

ウルレア

鶏な俺は


 神谷大には好きな人がいた。そいつは幼馴染で宮崎ななと言い、今の今までずっと一緒にいた。彼女には彼氏がいた。正確には「彼氏ができた」だがそんなことは重要じゃない。俺にとっての問題はその彼氏がもう1人の幼馴染の榊原翔琉だということだ。俺達はいつも3人セットだった。でも、今は心が1人と2人だ。告白は翔琉からしたそうだ。彼女曰く俺は彼女のことを意識していないから問題無いと思っているそうだ。もっと早く告白していれば、、、そんなどうしようもないことばかり考えてしまう。彼女を追いかけて優秀な二人が行く進学校にも、死に物狂いで努力して受かったのに、より高みを目指して振り向いてもらえるように塾にも通って、費用をバイトで稼いで、、それらも全て無駄だった訳だ。

 そして今、件の二人と昼飯を食っている。

 「昨日のファンタジーランド楽しかったね!次はどこ行こうか?」

「今やってる映画が面白いらしい。今度予定合わせて行こうか。」

「いいね!」

「甘いね〜。砂糖吐きそうだよ〜オェッ!リア充は爆発しとけ〜」

野菜ジュースのストローを噛みながら言った。

「もうっ!いつもそんなことばっかり言って!そういう卑屈な態度だとモテないよ!?」

(別に俺は他の女の子にモテなくてもおまえにだけ、、、)

「へぇへぇ、これだから恋愛脳は。恋愛脳さんはあっちの方もお盛んなんですかぁ?」

やべぇ、何言ってんだ俺。よりによって聞きたくないこと言っちまったぁ!

「うぅ、」

赤面するなな。

「おい、あんまりおちょくるなよ、困ってるだろ。」

「悪りぃ言いすぎた。」

「実際困ってるんだ。」

「ふーん」

自分から話振ったはいいけど聞きたくねぇ。ななの相手が自分じゃないとか考えるだけで憂鬱になる。気分が悪い。

「あっ、そういえば俺係の仕事でノート準備室に置いてこなきゃいけねーわ。じゃっ、お二人さんはごゆっくり〜」

「おう」

「またね」

ノートなんて勿論言い訳だ。頼まれたのは放課後だったが話から抜ける理由としては申し分ない。

 重いノートをもって階段を登っていく。ああ、階段ってこんなに長かったっけ。一人悶々と考え、自己嫌悪に陥りながらも漸く準備室に着いた。ドアの鍵が開いていない。マジかよ、教室はーー開いてる!教室側から準備室にノートを置いた。

 帰り際、ふと目に黒板が入った。何か理由があった訳ではないが妙に気になった黒板にはこう書いてあった。

「現状を変えるには、まず自分の考え方から見直さなくてはならない。」

誰が言った言葉をなんのために書いたのか分からなかったが、まるで俺だけに伝えるためかのように隅の方にひっそりと書かれていた。

 それを見て俺は決心した。いつか、いや、すぐにでも彼女を振り返らせて見せると。俺は猛勉強した。勿論難関国公立大学を目指す為だ。お金のある男はモテるとどこかの雑誌で読んだので、資産運用など、あらゆる稼ぎ方について調べた。来る日も来る日も彼女の虚像だけを頼りに努力した。

 その結果、国内トップの大学に現役入学することができた。しかし、どれだけ努力しても彼女が俺に振り向くことはなかった。思えば独り努力している間、2人と会話することも減っていっていた。難しいことを考える暇もなく、卒業してしまった。

 卒業の日。俺は一人教室にいた。みんなはもう校庭やら校門やらで写真を取り合ったり泣いたりしている。自分の席に座り、黒板を見つめていた。高校生活を思い返すと青春らしい青春をしてこなかったのだと少し落胆し、後悔した。だが悲しくはなかった。言い訳をして諦めたり、努力が足りなかったとは思わない。これでななが振り向かないと言う事実を直視するしか無くなったのだからそれでいいじゃないか。ズルズル引きずってきた気持ちに区切りをつけると言う必然なのだと受け入れよう。そんなことを思って自分を納得させながら窓の方を向いた時、ドアの方からななの声がした。

「あれ?大ちゃんまだこんなとこにいたの?みんなで写真撮るから集合だって。」

「おう、今行く。」

「もしかして大ちゃん元気ない?さては悲しくなっちゃったんだね?」

「ああ、そうだな。」

こんなやりとりも、もう最後か、少し残念だな。でも、自分の気持ちをここに置いて行こうと決めたんだ、もう後ろは振り返らない。その決心と「はいチーズ」と言う合図だけが鮮明に残っている。


 今は大学の近くに引っ越して一人暮らしをしている。あの二人と距離を置くにはちょうどいいだろう。引っ越しすること伝えてなかったからさぞかし怒るだろうな。別れのあいさつの一言でもしてくれば良かったかなぁ。

そんなことを思ったのはもう数ヶ月前のこと。

 春が過ぎようとしていた。大学生活にも慣れ始め、いつも通り帰宅したその夜。20時過ぎくらいに唐突にインターホンが鳴った。

「はーい」

(どうしたんだろう。何も注文してないはずなんだが?)

カメラ越しに見るが、俯いていて顔が見えない。誰かわからず恐る恐るドアを開けると、

「こんばんは」

無愛想に小さな声で挨拶をした彼女の声はよく知っている声だった。

「なんだ、ななか!こんな時間に急にどうした!なんかあったのか!?」

ドアのを開けるとそこには泥だらけのなな。所々擦りむいていて血が出ている。よく見ると、目が腫れている。

「取り敢えず中入れ」

「、、、」

ななのやつれたような姿に驚きながらも案外冷静に対応できていた。

「服も汚れてるし傷だらけだ、消毒するから待ってろ。」

「、、、」

救急キットを取り出し、傷の手当てをしてやる。

「よし、消毒はしたから一旦シャワー浴びて来い。」

「、、、」

さっきからずっとダンマリだ。中々動かないななを風呂まで手を引き連れて行く。

「この服脱がし方分かんねーから自分で脱げよー。シャワー浴びて落ち着いたらゆっくり話そう。」

そう言い残し、ななでも着れそうな俺の服を用意したりしているとななが上がってきた。

「じゃあ俺も浴びてくるから待ってろ。」

風呂の中で考えることはいくつかあった。なぜ、なながこんな夜中に1人で俺の家を訪ねてきたのか。そして、なぜ俺の家を知っているのか。あんなにボロボロになる理由も気になった。さて、どれから質問しようか。風呂から上がって髪を乾かし、リビングに布団を敷いてやった。

 「じゃあ、まずなんで俺の家を知ってるんだ?」

まあ、まずは核心に触れない質問からいこう。

「、、、大ちゃんのお母さんに聞いた。」

「母さんが?そっか、まあ教えるなとは言ってないしな。」

「それで、なんでそんなにボロボロなんだ?」

「、、、んだ」

「え?なんて?」

声が小さすぎて聞こえなかった。

「転んだのっ!恥ずかしいんだから言わせないで。」

「?どういうことだ?じゃあなぜ泣いたんだ?」

「え!?なんで泣いたって知ってるの?」

「いや、お前目ぇ腫れてんぞ」

「え、うわぁ、さ、最悪ぅ」

ななの拍子抜けした態度に思わず吹き出してしまった。

「だいぶ落ち着いたようだな、案外大丈夫っぽいかな。」

「ところで、なんで泣いたんだ?」

「こ、転んだから、、、。」

「嘘つけぇ。いつものお前なら転んだくらいじゃ泣かないだろ?」

「うぅ、、」

ななは転んだくらいじゃあ泣かないことはよくよく知っている。

「本当のことを話してもらおうか。正直に話せよ、笑わないし怒らないから。」

「言えない。言いたくない。」

そうかぁこれも拒否るかぁ

「じゃあ、なんでうちを訪ねてきたのか話してくれないか?」

そう。これこそが最大の疑問だ。翔琉が彼氏ならなんの心配もないだろう。あいつのことは俺が一番よく知っている。真面目で面倒見が良くて察しがいい、なんでもできるやつだ。何か問題があれば翔琉が解決してくれそうだと思っていた。まあ、俺よりも圧倒的に財力も知性もあるしな。

「、、、、」

「またダンマリか、いい加減はn」

おっと、いかんいかん。いつものはダメだな。なんでも威圧するのは餓鬼のやることだ。感情に任せず冷静に、、、

「俺なんでも真剣に聞くからさ。話したくなったら素直に話してよ。」

そうだ、現状俺にできる最適解はこれだ。「待つ」一択、寄り添ってあげるだけでいいんだ。何も言わなくても、何もできなくても少しでも寄り添ってあげれば心の支えにはなるはずだ。

「俺はさ、何も上手いことは言えないし、こういう時どうしたら良いかも分からない。けどさ、ななが頼ってくれたらなんでもするよ。なんでもできる気がするんだ。だから、とりあえず落ち着くまで一緒にいるよ。」

 そう言った後四半刻ほど過ぎた。時刻は23時ごろ、何もせずに布団にいてウトウトし始めていたときにななが小さな声で

「大ちゃんはすごいよ、、」

と言った。睡魔が襲っていたが一気に吹き飛んで行った。

「どこがよ、俺はななに何にもしてやれてねぇよ」

「できてるよ。私はいつも助けられてきた。一緒にいてもらえるだけでこんなに安心するなんて、大ちゃんの才能だよ。」

「別にたいした事じゃないよ。」

「なんで泣いたのかって言ってたけど、私ね大ちゃんと離れ離れになってすごく寂しかった。でも、私の努力が足りなかったんだろうって、きっと嫌われちゃったんだろうって自分を納得させようとしてた。だって、大ちゃんが私に言わずにいきなり引越しする理由なんて分からなかったから。でもね、たまたま噂で聞いたんだけど大ちゃんに彼女ができたって聞いて、そうだったら嫌だなって思って泣いちゃって。いても立ってもられなくなっちゃって家を飛び出して会いにきたんだ。」

ななが言っていることがイマイチ理解できなかった。いつだって3人一緒にいたから寂しくなるのはわかるし、それは申し訳ないと思う。だが、努力?嫌う?彼女?話の流れが掴めない。

「なんだその噂。でも、彼女の話がなんの関係があるんだ?」

「え!?彼女いるの?」

俯いていたのに血相を変えてこっちを向くなな

「いや、いないよ。でも、ななには翔琉がいるし、、、」

ほっ。という効果音が似合うほどの安心した様子で。

「良かった。」

と言った。

「ちょっと話の流れが掴めないんだけど、、、ななはなんの努力をしてたんだ?だって別に俺は嫌ってもいないし、、」

「え?気付いてなかったの?」

「何が?」

「私は大ちゃんが好きなんだよ。」

一瞬思考が止まった。どれくらい止まっていたかは分からないが静寂を壊したのは俺の声だった。

「な、なんツーこというんだ!ななは翔琉と付き合ってるじゃないか!さすがにその冗談だけは言っちゃいかんよ!」

「冗談じゃないよ!でも本当のことなんだよ。そもそも、かけるんとは付き合ってない。」

再び訪れる静寂。またしても

「は?」

静寂を壊していく、さしずめ「Silence Breaker」ってとこだ。ななが続ける。

「嘘なのっ!付き合ってるのは嘘っ!私が大ちゃんのこと好きなのかけるんは気付いてたみたいで、相談に乗ってくれてたんだけど、かけるんが『大は負けず嫌いだから、嫉妬させればいけるんじゃないか?』って言ってて。それで、嫉妬させようとして見たんだけど大ちゃんは全然振り向かないし上手くいかなくて、、」

「じゃあ、翔琉が告白したのは?」

「かけるんが発案者だから憎まれ役は買うって、」

「はぁぁ、、、」

予想だにしない展開に流石に混乱せざるを得ない。俺はてっきり翔琉に言えないような悩みでもあるのかとか、翔琉でも解決できないような問題があるのかとか、はたまた翔琉がななを泣かせたのかと思っていた。まさか、泣かせたのは自分だとは、、

 状況をようやく理解した俺は

「な、ななが俺のこと好きなのは本当なのか?」

置いてきたはずの気持ちが蘇ったからか他のことよりもまずはそこを聞きたかった。

「本当だよ、かけるんも知ってる。」

「そうか。俺はずっと勘違いをしていたんだな。」

「え?」

「なな、俺もさ、ななのことが好きだよ。大好きだ。」

顔が赤くなり泣き出すなな。

「おいおい、まだ泣くのかよwせっかく俺が素直に気持ち伝えたっていうのに、その涙はどこからきてんだよ。」

「違うの、これは、嬉し泣き。寂しくて泣いてるわけじゃないからぁ!」

顔を上げて泣きながら笑顔を見せた。ずっと我慢していたからか、ななを可愛く、愛おしく想う気持ちが溢れて止まらなかった。

「ったく、酷ぇ顔」

そう言いながら。ななを抱きしめた。小さくか弱い女の子が腕の中で震えていた。ななが背中に手を回す。胸に顔を埋めていたが顔を上げて

「やっと大ちゃんに好きって言ってもらえた。まったくぅ、大ちゃんはチキンだね。」

「な!そっちだって、、、いや、ずっとビビってたのは俺の方か、ななのいう通りかもな。」


 二ヶ月後ななは俺の家に住むことになった。いわゆる「同棲」である。荷解きをしながらななに聞いた

「ほんとに良かったのか?なな。ここからななの大学まで電車乗り継いで二時間だろ?」

「いいの。だって少しでも大ちゃんと一緒にいたいんだもん。費用はバイトして稼いでるし。」

「そうか、俺もななと居たいし大丈夫か。俺も少しは費用出せるよ。」

「そんな、悪いよ。私がそうしたくてやってるんだから。大ちゃんに負担かけるようなことはしたくないよ。」

「じゃあ、俺がななを支えたくて手を貸すくらいどうってことないってことだ。」

「ううぅ」

「どうせ、生活費とか家賃の分とか考えてないだろ。」

「そっ、それくらい、まあ、考えてるし。」

考えてないご様子で。まあでも、、

「まあでも、そのうち戸建て欲しいよな。」

「え!」

「え?だって、ここじゃ狭いだろ?」

「なんで?」

「だってそのうち家族が増えるわけだし。」

これ以上ないくらい顔が赤くなってフリーズするなな

「なな〜?大丈夫か〜」

声をかけてもフリーズしたままなので、ななの目を手で覆い、軽くキスをした。

あっ、と小さく声を漏らした後

「ばか。」

と言った。なんとも可愛らしい仕草だ。ふと可愛いって得しかねえななんて、自分で納得しながら作業の続きに戻った。落ち着いたのか、ななが口を開き

「戸建てを買うのはいいけど予算はどうするの?私たち大して経済力もないんだから何年先になるか、、、」

「それなんだけどね、俺も密かに努力してたことがあってさ、、」

そう言って立ち上がり銀行の通帳を取り出す。そこには、鰻登りの数字が書いてある。

「え!?何これ!?1、2、3、、、もうすぐ8桁じゃん!お、およそ一千万。どうやってこれだけの資金を?」

「いやさ、理想の家買うのにはまだまだ足りないんだけどさ、ななと一緒に過ごすならって考えたらさ、俄然やる気出ちゃって。塾の費用とか稼ぐときにさ、いろいろ調べてて、資産運用とかで稼いでるんだけど同じ学部にさ詳しい奴がいて、ノウハウとか教えてもらってんだ。だから、貯金もちゃんとあるし、、ななにに喜んでもらえたらって思ったんだ。」

「凄いや。やっぱり大ちゃんは凄い。」

「いやいや、なながいるから頑張れるんだよ。」


どこかの誰かがこんなことを言っていた。

『祝福は苦悩の仮面を被って訪れる』

先の出来事はまさにこれだった訳だ。


この後俺たちは結婚し、子供も授かり幸せな家庭を築いていくのだがそれはまた別の話。


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鶏な俺は ウルレア @SIMkun

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