第3話 悪魔来訪Ⅲ

残留思念アーク狩りってどこでやるんだ?」

そう言い終わるか終わらないかのところで、ベルフェーが俺の衿腰を掴むと、そのまま窓に向かって勢いよく走りだした。

「お、おい。ちょっと待って。どこに行くつもりなんだよぉぉぉぉぉぉ。」

「実際に見た方が早いからな。いくぞ。」

「おおおおおおおおおおおお、ぶつかるってぇーーー!」


パリーン。


勢いよく窓ガラスが割れる音が……しない?

眼前に広がるのは、俺の部屋同様色を失った見慣れた住宅街ではあるが、なぜか屋根が足元に並んでいる。

「え…おっ…はぁ?俺は浮いているのか?」

状況を理解できていない俺を一瞥し、ベルフェーは口を開いた。

「今のお前は魂だけの状態なのだ。体はさっきの部屋で寝ているぞ。」

「それって幽体離脱しているってことか?」

「そうだ。魂だけの状態だから、現実世界の常識から外れることができる。だから、現に今浮いていたり、窓をすり抜けたりできたというわけだ。」

頭の上で続けられる言葉は、まさにゲームや漫画のようでなんとも信じがたかったが、この数分の出来事は確かな証明として記憶に刻まれていた。


空中浮遊にもだいぶ飽きが来た。というのも、俺はもうかれこれ三十分ほど首根っこを掴まれたまま町の空を徘徊していたのだ。

「おい、いつになったらアークとやらを見られるんだよ。」

しびれを切らして、語気を強めてベルフェーに問いかけた。

「い、いや~本当だったらすぐに見つかるんだがな。アークっていうのは人間の魂の現身であるから、人の密集している住宅街なんかは多いはずなんだ。」

眉を八の字にして、きょろきょろと辺りを見渡している様はおおよそ想像される悪魔像とはかけ離れていた。

「んっ?」

その声と共に、首元の手が大きく揺れた。

「あったぞ!愛人、あそこを見てみろ!」

意気揚々とベルフェーが指をさす方向を見てみると、ほのかに揺らめいている青白い炎が電柱の傍で燃えていた。

「あれがアーク。浄化されることなく留まり続ける魂だ。」

そう言いながら、細々と燃えるアークの傍へと近づいて行った。


実際に目の前に立ってみると、アークは中心の球体を包み込むかの様に炎を纏っていた。遠目で見ていた時よりも一回り大きい炎に若干身構えた。

そしてベルフェーは俺の一歩前に立ち、アークに近づいた。

「この真ん中の球体がアークの核になっている。人間でいえば心臓だな。」

それからベルフェーはこちらを振り返ると、俺の右手の鎌を指さして続けた。

「さっきの問いの答えだが、アーク狩りっていうのはその鎌でこの核を破壊してアークを鎌に蓄積することだ。」

「アークを鎌に蓄積?そしたらどうなるんだ?」

鎌を両手で握り、まじまじと見つめながらベルフェーに問いかけた。

「そうだな。じゃあ鎌で核を思い切り壊してみてくれ。」

腕を組みながらこちらを見るベルフェーは、さながらスポーツセンターのインストラクターであった。

いわれるがままに鎌を右肩の後方に構えて、核めがけて一心不乱に振りかぶった。

が、鎌が叩きつけたのは薄紫のアスファルトだった。

当のアークといえば、少し離れたところに鎮座している。

「お、お前アークに逃げられるとは、くっ……ぷふっ。」

路面に突き刺した鎌を握っている俺を見て、ベルフェーは失笑していた。

「さっき言ったであろう、アークは魂であると。つまりはという訳だよ。そりゃあ殺されそうになったら逃げるであろう。」

「最初に言っておけよ!愚図悪魔!」

小バカにされた恨みと、アスファルトに打ち付けた衝撃で痺れている両腕の無念を込めた言葉をよそに、小さな笑いを続けるベルフェーを串刺しにしてやろうかとも思った。


「悪かった、悪かった。説明を続けようか。」

そんな俺の殺気に気付いたのか、ベルフェーは一息ついて仕切り直した。

「ともかくアークというのは、攻撃こそしてこないが、すばしっこい奴なのだ。だから、核を壊すときは狙いを定めて一気に核を叩くのだ。はじめは鎌の扱いに手こずるだろうが、何事も慣れだ。」

俺はベルフェーの声に耳を貸しつつ、柄を握り直して再びアークに向かって鎌を構えた。そんな俺には微動だにせず、静かに揺れるアークに全神経を集中した。

一歩、また一歩と少しずつ間合いを詰め、鎌一つ分の距離まで近づいた。

「狙いを定めて……一気に……。」

ベルフェーの言葉を心のなかで反芻して、力強く踏み込んだ。同時に鎌を目一杯振り下ろす。しかし、目は核を捕らえていた。鎌の軌道線上から外れるように逃げようとするアークに合わせて、わずかに腕の角度を変える。鎌の切っ先が核に触れると、アスファルトの比にならない衝撃が腕を駆け巡った。反発するかのように、核と鎌との間に青い火花が飛び散る。が、ぱきっ。という音と共に核にひびが入った瞬間、核は砕け散った。青い炎をちかちかと反射させる核の破片は、徐々に消えていった。


俺は初めての経験にかなり高揚していた。気が付くと、息は切れ、頬を一筋の汗が垂れていた。

「うむ。上出来だな。」

ベルフェーは後ろから近づいて鎌の刃元を掴むと、刃先を炎に向けた。

すると、炎はみるみると鎌に、というか鎌の中に吸収されていった。

「核を壊すと、アークは依り代を失い、次の依り代を探す。そこで、鎌を依り代とさせることでアークを吸収しているのだ。こうして吸収されたアークは蓄積され、鎌をより強力なものにしてくれる。」

それからベルフェーは鎌から手を放し、こちらを見て続けた。

「私との契約は、アークを集めて鎌を強化してもらうことだ。そして、魂の管理人であるアークマスターになってもらいたい。」

俺は真剣な眼差しでこちらを見つめるベルフェーに拳を突き出した。


「その対価が願い事ってことだろ。上等だ。代行者契約、やってやろうじゃねーか。」

こうして俺とベルフェーの契約が本当の意味で成立した。








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悪魔代行の契約者 青野 陽 @jyejyejye

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