第74話 謝罪

茉莉花さんは矢野君の部屋のドアを開けるなり、


「光! 今日から陽向君があなたのお世話をするからね!

必要な事があったら何でも陽向君に言ってね!」


と来たもんだから、

僕はギョッとして茉莉花さんの方を見た。


茉莉花さんは僕にウィンクをすると、


「大丈夫よ!

光とはもう話もついてるから!」


そう言って僕の肩をバチーンと叩いた。


「イテテ……


茉莉花さん……

僕が矢野君のお世話って……」


「大丈夫、大丈夫!


お世話って言っても大した事しなくていいのよ~


陽向君にも学校やバイトがあるしね~」


「じゃあ、僕は何をしたら……」


「光ったらまだね、記憶が混乱してるらしいのよ。


ほんと、ドンくさい子よね、プフフ。


だから、陽向君のその優しい心で……ね?」


とまた茉莉花さんも、訳の分からないことを言い出した。

それも自分の息子の事なのにプフフって……


僕は矢野君を横目で見ながら、


「ね?って言われても……


実際何をしたらいいのか……」


そう躊躇して答えると、


「光! ほら、貴女からも言いなさいよ!

陽向君に来てもらいたかったのはあなたでしょ!」


茉莉花さんのその答えに、

僕はえっ?!っと思って矢野君の方をバッと見た。


矢野君はベッドに横になって向こうを向いていたので、

どんな表情をしているのか分からなかった。


「ほら、光ね、病院で目覚めた時には、

咲耶、咲耶、ってうるさかったじゃない?


でも、あの後、態度が180度変わってね、

ま~ 咲耶君の事は横に置いておいても、

陽向君の事について色々と根掘り葉掘り聞き始めてね~」


そう茉莉花さんが言った時、


「お袋、うるさい。


ちょっと二人にしてくれる?」


そう矢野君が向こうを向いたまま茉莉花さんに言った。


茉莉花さんは意味深な笑いをすると、


「はい、は~い!


じゃあ、陽向君置いて行くから、

これからの事、色々と話し合いなさいね、


色々とね…… フフフ」


と言って去って行った。


朝起きたときは、

こんな展開になるとは思いもしなかった。


僕は矢野君と二人きりで寝室に残され、

どうすればいいのか分からなかった。


声もかけられずにそこに立ち尽くしたまま

辺りを見回した。


矢野君の寝室はとても広い。


大げさかもしれないけど、

僕の寝室が3つくらい入りそうな広さだった。


でも部屋は割とシンプルで、

どちらかというと、殺風景な部屋だった。


でも、その中で僕の目に留まったものがあった。


それは、彼の寝室に置いてある

ソファーの上に飾ってある一枚の絵だ。


僕はそこに近づいて行き、

マジマジとその絵を見やった。


その絵には、手彫りのような彫刻の額縁が付いていて、

僕はその額縁を指でなぞった。


そして絵に目をやると、

可愛らしい女の子が花冠を付けて、

こっちを見てニコリと笑っていた。


そして向こうには、

僕が今住んでいるようなコテージが描かれていて、

その前に誰かが小さく描かれていた。


そして周りにあるお花畑と、

そこで花を摘む3人の子供達……


どう見ても、

家の庭で遊ぶ子供たちを、

母親が見守っている絵だ。


僕はその絵を見たときに、

何故か分からないけど涙が流れ出して止まらなかった。


この小さい女の子がとても愛しくて、

この親子の絵にちょっと感情移入してしまった。


僕が小さくグスグス言っているのが聞こえたのか、

気が付くと矢野君が僕の後ろに立っていた。


「この絵はな……」


そう言って矢野君の腕が後ろから伸びて来た時には、

ビクッとなってつい後ろを振り返ってしまった。


「矢野君……君起きて大丈夫なの……?」


心配そうに彼を覗くと、


「俺は記憶が混乱してるだけで

病人じゃないから大丈夫いだ」


と、そう言った。


「でも……一か月以上も眠ったままだったんだよ?」


「ハハハ、だから動かなきゃいけないんだ。


俺は大丈夫だ。

眩暈もしないし、息切れなどもしない。


本当にただ記憶が混乱してるだけで、

身体に異常はない……」


「そっか、君が無事でよかったよ……


あの……邪魔かもしれないけど、

何か必要なものがあったら何でも僕に言ってね」


そう言うと、彼は急に僕に向かって頭を下げた。


「すまない。


倒れている俺を、

お前が助けてくれたそうだな。


病院では目覚めたばかりで混乱していたせいか、

お前の事を邪険に扱ってしまった。


本当に反省している!


すまなかった!」


そう言って矢野君は僕に真摯に謝った。

矢野君はやっぱり優しい人だ。


こんな僕にでもちゃんと対応してくれる。


「矢野君、頭を上げて! 僕だったら大丈夫だよ!


矢野君の記憶が混乱していたのは十分に分かってるから!」


「本当にすまなかった!


それにもう一つ謝らないといけないことが……」


そう矢野君に言われ、

僕はドキッとした。


「仁に聞いたんだが……」


「佐々木君に?」


更に僕の心臓がドキドキと鼓動を打った。


「仁が、俺とお前は割と近い関係だったって……


スマン、お前の事はまだ思い出せてないんだ……


いや、違うか……


どうやら、お前の事だけ思い出せないみたいなんだ……」


分かってはいたけど、

やっぱり僕だけ思い出してないんだ……


「いや、直ぐに思い出せるように努力するから!」


何だかオロオロとする矢野君が可笑しくて、

僕はプフフと笑いだしてしまった。


矢野君にそう言われただけで嬉しかった。

僕にとっては十分だった。


「それだけで十分だよ。


何時かはきっと思い出せるよ。


僕も出来る限り力になるから!」


そう言うと、


「なあ、俺はお前の事は思い出せていないけど、

これからも前みたいにお前と友達に戻れるか?」


と矢野君が返してきた。


“やっぱり友達というポジションで理解してるんだね……”


でも今はそれだけで十分だ。


矢野君が僕との時間を取り戻そうとしている。


咲耶さんとのことも、

どうなったのか分からないけど、

僕はここからまた始めていこうと思った。













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