第73話 いつもと変わらない佐々木君
「陽向、お前、聞いてるのか?!」
何度もそう聞いている佐々木君に対して僕は、
「へっ?」
と言う返事しか返せなかった。
今日はバイトの日で、
ずっと連絡の着かなかった佐々木君と
やっと会うことができた。
ずっと佐々木君がどんな反応をするのか、
ドギマギとしていたけれども、
僕の思いは取り越し苦労で、
佐々木君はいつも通りに普通にバイト先へ現れた。
彼は僕が矢野家に引っ越した事は
直ぐに茉莉花さんから連絡が入って
知っていたようだった。
一体僕のあの気苦労は何だったのだろう?
佐々木君に連絡がつかない間、
ずっとモヤモヤとしていた。
矢野君の家に引っ越した事を
一体どう思っているのだろうかと思うと、
居ても立っても居られなかった。
矢野君の所に引っ越す事について、
佐々木君に対して後ろめたい思いがあったけど、
別に恋人でも何でも無いんだから、
そんな思いを抱く必要は無かったけど、
一応は彼に告白されている。
自意識過剰というわけでは無いけど、
佐々木君と僕の気持ちが重なって、
彼の気持ちを考えると少し苦しかった。
僕が矢野君と咲耶さんの事を考えて悶々としてるとき、
佐々木君は僕と矢野君の事を考えて悶々としてるのかな?
そう思うと、
“よく考えたら僕ってヤな奴だよな”
と言う思いしか出てこなかった。
佐々木君の気持ちを知っていながら、
世界は自分を中心に回っているような感じで
佐々木君に相談することは、いつも矢野君、矢野君だ。
別に佐々木君の気持ちを考えないわけじゃ無ないけど、
どうしたらいいのか分からない。
じゃあ、矢野君がこうなった今、
佐々木君の気持ちに応えてあげればって、
なっても、そういう訳にもいかない。
彼が普通に僕に接していてくれる間は、
僕も今まで通りに佐々木君に接しようと決めた。
それが一番気を使わないでいい方法だろう。
もしかしたら、
こんな自分勝手な僕に嫌気がさして、
佐々木君も早々に他の人に目移りしているかもしれないし、
全ては自然に任せようと心に決めた。
夕べのラインの、
既読になりながらも返事が来なかった事は少し引っ掛かるけど、
佐々木君の変わらない態度をみた瞬間僕はホッとしたのと同時に、
佐々木君の事が無関心になったわけではないけど、
僕の意識は今日帰ってくる矢野君へと向いてしまった。
“やっぱり僕って自分勝手だ……”
仕事なんて上の空で、
何度コーディネーションの花を
間違えてしまっただろう。
それで僕は早々にいつもと態度が変わらない佐々木君に怒られていた。
でも、僕にとっては彼のそんな普通な態度が嬉しい。
「佐々木君……
あのね、今日ね……」
と僕も悪いと思った端からもう自分の事ばかりだ。
「知ってるよ。
光が帰って来るんだろ?」
僕はそんな佐々木君の方を見ると、
マジマジと顔を眺めた。
「何だよ? 気持ち悪いな。
お前、目が潤んでるぞ」
そう言う佐々木君が凄く愛おしいというか、
本当に僕が何をしても態度を変えない彼に凄い感謝の念があふれた。
「佐々木君、今度一緒にご飯食べに行こうね。
僕が奢るからさ!」
そう言うと、
「ほんとお前って現金なヤツだよな」
そう言って彼が笑った。
そして彼はブーケを作っていた手を止めて、
「お前、本当にあそこに住んで大丈夫なのか?」
と尋ねた。
「ん~ 大丈夫って言えば、大丈夫だけど、
大丈夫じゃないって言えば、大丈夫じゃないかも……」
「何だよ? 一体、どっちなんだよ」
「ほら、咲耶さんっていくら矢野君が記憶を失くしているからって、
記憶を持ってる家族の前には現れる事って出来ないじゃない?
だから、あのうちに来ることは無いかもしれないけど、
やっぱり僕は矢野君の事は頻繁に見かけると思うんだよね。
それは凄くうれしい事だから良いんだけど、
彼の影から咲耶さんとの状況を事を垣間見るのはちょっと嫌かな……って……」
「まあ、今の時点ではそれは仕方ない事なんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……
なんで僕だけ忘れてるんだろう……?
あれから、嫌な事ばかりが頭に浮かんで……」
佐々木君は一息つくと、
「ま~ お前の事だから、
自分だけ忘れてるってことは、
お前とのことは光自身が忘れたかったっ……て思ってるんだろ?」
そう言った。
「! 凄い! 何で分かるの?!」
「お前な~ 自分が分かりやすい奴だって分かってないな~」
「あっ、それ、矢野君にも言われたことある!」
僕がそう言うと、
「なぁ、俺もそっちに引っ越してこようか?
一花叔母さんのコテージだろ?
あそこ、コテージのくせに割と広いんだよな。
寝室も2つあるしな」
「そうだよね!
僕も初めて入ったときは、あまりにもの広さにびっくりしたよ!
それに佐々木君と矢野君の背比べの跡もあって……
今では佐々木君の方が高いけど、
小さい時は矢野君の方が背が高かったんだね。
凄くほんわかとした気持ちになったよ。
小さい時は良く行ってたの?
茉莉花さんがそう言ってたよ?」
そう尋ねると、佐々木君は遠い目をした。
きっと佐々木君にも色々と、
僕には分からない大切な思い出があるのだろう。
そう思うと、
「僕は一人でも大丈夫!」
と答えていた。
佐々木君は
「そうか……」
と、ぽつりと答えただけだった。
その日のバイトの時間は
永遠に続いているのかと思うくらい長く感じた。
でも終わると、僕は速攻で家に帰った。
もう矢野君が帰って来てるはずだった。
コテージは矢野家の裏の離れにあるので、
僕はいつも裏から回って入っていく。
でも帰り際に茉莉花さんに本館の方へ来るようラインをもらったので、
玄関の方へと回った。
ベルを鳴らすと、
いつもはお手伝いさんが出るのに、
茉莉花さんが玄関まで飛んでやって来た。
「ただいま!
矢野君は……」
そう言いかけたとき、
「陽向くん!
待ってたのよ~
ほら、ほら、入って、入って!」
そう言って僕の手を引いて一つの部屋の前にやって来た。
僕は直ぐにそこが矢野君の部屋だと分かった。
「ほら、お待ちかねの人が帰って来てるわよ!」
そう言って茉莉花さんはノックもせずに矢野君の部屋をバーンと開けた。
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