第7話 就業時間間際
その日僕は就業時間少し前、
液体洗剤と柔軟剤の入れ替えを行っていた。
“重い! 何だこの重さは?!”
液体と言うだけあって、
ドラム缶のように大きな容器に入れられた業務用液体は
それなりの重さがあった。
最近は夏バテも手伝ってか、
食欲も少し落ちて、
その上に矢野君の真夜中の事もあり、
寝不足で少しクタクタになっていたとこだった。
いくらクタクタになっているとはいえ、
ここまで体力が落ちたことは無い。
モタモタ、モタモタとしていると、
「お疲れ様で~す」
と後ろから声がしてきた。
ハウスキーパーの安藤さんと、
同じくバイトに来ていた大学生の魚住さんだった。
安藤さんは20年もハウスキーパーとして
ここに努めているベテランだ。
「お疲れ様です!」
そう言って挨拶すると、安藤さんが僕に寄ってきて、
「長谷川君、大丈夫?
ちょっと顔色悪いよ?
ちゃんと食べてる? 寝てる?
少し痩せたんじゃない?」
と頬を軽くつねりながら声をかけてくれた。
「そんなに分かるほど痩せましたか?」
そう言ってクルっと回ると、
「うん、うん、痩せたよ~
本島から来た暑さに弱い人って、
クーラーの中に居ないとこの暑さにやられるんだよね~
しっかり栄養取って、休む時は休まないとね!
じゃあ、シーツとタオルの洗い物置いていきますね。
バスローブはこっちのワゴンに入ってます。
じゃあ、お先に~」
「はい! お疲れさまでした~」
と言って彼女は洗い物の入ったワゴンを
いつもの所定の位置に置いて行った。
魚住さんも軽く会釈すると、
安藤さんと一緒に帰って行った。
ハウスキーパーはお昼前と、
一日の終わりに取り換えたシーツやタオル等を
洗濯室までワゴンに入れて押して持ってくる。
先ほどのは一日の終わり分で明日に洗うものだ。
勿論、僕達洗濯係も今日の業務は終わりだけど、
僕はこの詰め替えを終えないと帰れない。
僕は彼女たちが去っていく後姿を見ながら、
ついさっき安藤さんにつねられた頬を撫でた。
“ハ~ 一休みするとまた一段と重さが……”
そう思いながらえっちら、おっちらと容器を抱えて詰め替えていると、
後ろから容器を支えてくれる手が伸びてきた。
“ん?”
と後ろを振り返ると、矢野君の顎に僕の頭がぶつかった。
「ごめん! 痛かった?」
慌てて謝ると、矢野君は
「気にするな」
と一言言って、
液体の入った容器をヒョイっと持ち上げた。
「重いでしょ? 今日は僕の当番だから大丈夫だよ」
そう言っても、彼は黙ったままで
チョイチョイと詰め替えを終わらせてしまった。
「ありがとう……凄く助かったよ。
本当は凄く重くて、どうしようかと思っていたところなんだ」
僕がお礼を言うと、矢野君は僕の目の下を親指でなぞりながら、
「お前、最近眠れてないんだろう?
目の下、クマが出来てるぞ。
俺のせいだよな?」
とした仕草がカッコよくて少しドキリとした。
それと同時に矢野君が珍しくしおらしかったので、
それが少し可愛いとも思った。
少しドキドキする心拍数を頭の中で払いながら、
「夜寝れないのなんてへっちゃらだよ。
施設では小さい子たちの夜泣きも結構多いんだ!
僕も先生たちと一緒に添い寝したりしてあげるんだよ。
矢野君は全然気にしなくて良いから!」
僕が元気にそう言うと、
「それに食べれてないよな?
夕食時、見かけないことも多いぞ……
暑さなのか? それとも寝不足で気分が悪いのか?
お前、かなり体重落としただろ?」
と矢野君にしては珍しく沢山話しかけてきてくれた。
「良く僕の事見てくれてるんだね。
なんだかうれしいや……
でも僕、そんなに体重落ちたかな?
自分では分からないんだけど……」
一応そうは言ったけど、
体重が落ちたことは自分でも自覚していた。
僕は寝不足になると、極端に食欲が落ちる。
朝一番だったらまだましだけど、
一日働いた後の暑い中、
がっつり食べようと思うと戻してしまう。
でもそんなことは矢野君には言えない。
「なあ、明日は休みだから外に食べに行かないか?
お前の食欲が出そうな食べ物で良いからさ……」
初めての矢野君からのお誘いだ。
これまでどんなに彼を誘っても、
首を縦に振った事は無かった。
だから僕は這ってでも矢野君のお誘いに乗りたかった。
「行く行く! 絶対行く!」
僕は授業中に質問された生徒のように手を挙げて答えた。
矢野君は小さく笑った後、
「じゃあ、俺は今日はこの後、伊藤さんに呼ばれてるから、
お前は先に帰っていきたい場所を考えておいてくれ」
ときたので、
「分かった! じゃあ、お先に!」
そう言って僕はスキップでもするんじゃないかと言うような
軽やかな足取りで寮までの道を歩いて行った。
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