The girl who imbibed by the Raven §2

 私はiPhoneでDiscordを開き、荒巻ユイにメッセージを送る。『今日の配信はナシ』と。

「先輩、私とコラボ配信しませんか?」

「え?」

いきなりの渕梨リンゴからの提案に私は驚く。

「先輩ツイートもしてないし、ファンの方に何も伝えられる手段が無いんじゃないですか?」

「それはそうだけど、そんな事したらリンゴちゃんがどんな扱いを受けるか……」

「私は良いんです、先輩を助ける事が出来れば」

「それは有難いけど……」

リンゴが顔を寄せて小声で告げて来る。

「先輩知ってるかもしれないですけど、矢崎社長クビになるみたいです」

「え」

「トップが変わって、私たちの扱いも変わるでしょう。そして、今のままじゃ先輩も恐らくクビです」

「……ですよね〜」

「だから、今のうちにリスナーに真実を知ってもらい、味方に付いて貰うんです」

「……ねぇ、今日私と会ったのは偶然?」

「え? そうに決まってるじゃないですか」

リンゴは不思議そうに私を見る。私はもう一口オムライスを口へ運び、咀嚼しながら考える。

今日の昼までは、荒巻ユイを犠牲にして無理矢理コラボ配信をしようと思っていたが、今日1日小旅行に出て私の気が変わった。あんな弱者を痛ぶる人間に私はまだ成り下がりたく無い。

「もしかして、他の方の配信にお邪魔する予定でした?」

まるで私の思考を読み取ったかの様にリンゴが聞いてくる。

「いや、何も考えてなかった」

そっけなく私は嘘をつく。

「じゃあ、今夜にでもゲリラで雑談配信するので、Discordで参加してくれませんか?」

「……本当に良いの? でもV WINDとしては私を切りたいと考えてるだろうし、こんな事すれば私を切る口実を与えるだけだと思う」

「でもこのまま放置されて、その内シレっと存在を消されちゃっても良いんですか? 私はイヤです」

いつになく強い口調で彼女は意思を示す。彼女の私に対する好意とは別に、私の全てを見通しているかの様な不気味さを感じる。ふと、初めて彼女からTwitter上でリプライを貰った時の不快感を思い出す。私はこの子を何故か信用できない。本当に理由は分からない、第六感だとでも言うのだろうか?

「……分かった。じゃあ、私が今運営から幽閉されているという事を、配信早々にブッ込ませて貰う。直ぐに運営から配信BANされると思うから」

「ふふ、先輩やっぱやる時はやりますね」

彼女の不敵な笑みに、私はまるで悪魔に魂を売った様な感覚を覚えた。


 彼女と別れ、家に帰って来た。暗い誰もいない部屋。どこか寂しさを覚える。いつもと同じ筈なのに。

PCの電源を入れ、iPhoneをワイヤレスチャージャーの上に置く。相川凛からLINEが来ていた事にその時気付いた。

『今夜のライブ絶対観て』

その一言の意味が分からなかった。そういえば七海ハルのアカウントにログイン出来なくなってから1週間近くTwitterを見ていなかった。昔から使っていた私のプライベートアカウントでログインし、相川凛・涼咲カイのツイートを見る。固定ツイートに今夜フルトラッキングライブ配信をする旨が載っていた。ベースやドラムが出来る他事務所のVTuberとの垣根を越えたコラボライブだ。5日前から告知されていたみたいだ。20時から配信予定と書いてあり、私はこれを見てから渕梨リンゴとの配信をしたいと思い、リンゴへ『今日のゲリラ配信は21時からにしよう』とメッセージを送った。

 Discordに2件メッセージが来ていた。1件はユイから『分かりました…』という私への恐れのメッセージ、そしてもう1件は六聞ミズホから。

『ハル、お願いだから今は耐えて』その一言だったが、私にはその一言で十分だった。ミズホ先輩からも心配されている。ここで漸く正気に戻って来た気がした。私は、まだ先輩からも見捨てられてない。ファンのみんなだってまだ着いて来てくれている。今私がヘタな行動に出れば、皆に失望され、裏目となってしまうかもしれない。でも今のまま運営に黙らされたままで居るのも我慢ならない。私はここに来て、どうすればいいんだ……?


 私は机に額を叩きつけ項垂れる。再び涙が溢れ出てくる。そうしていると、急にギターの爆音がPCのスピーカーから流れ出てくる。

『お前らー! 生きてるかー!!』

凛の、涼咲カイの叫びが聞こえる。それに合わせ弦を激しく叩きギターが唸り声を上げている。

『七海ハル! お前もちろん聴いてるんだろうなァ!? 今日は欲しがりなお前の為だけに歌う、お前だけの歌だァァァ!!!!』

そう叫ぶとドラムがビートを刻み、そこにカイのギターとベースも加わり、ジャムセッションが始まる。そこからいきなり激しい音の攻撃が始まる。『HIT ME!!』とカイが叫び激しくヘッドバンギングをしながらステージ中を暴れまわり、ギターを激しくかき鳴らす。まるで音楽番組の様に画面下部に『Red Hot Chili Peppers / Suck My Kiss』と表示され、英語の歌詞が表示される。カイがマイクスタンドの立っているセンターへ戻り声を張り上げ歌い始める。

『Kiss me, please pervert me, stick with this (キスしてくれ 悪さを仕込んでくれ 付きまとってくれ)』

『your mouth was made to suck my kiss! (お前の口は私のキスを吸うためにあるんだ)』

なんて下品な歌詞なんだ。でも凛らしい最高の口説き文句。その歌を聴きながら私は延々と涙を流していた。

「……バカ! 凛のバカ! 私のバカ! バカバカバカバカ!!」

居ても立っても居られず、私は部屋を飛び出した。アパートを出て直ぐにタクシーを拾い、ウィンドの入っているオフィスを目指す。


 15分程でビルに着き、13階へエレベーターで目指す。警備員のおっちゃんも私の顔は覚えているので何も気にする事なく通してくれた。

13階、ウィンドが所有するスタジオに飛び込む。入った途端、制止しようとしてくるスタッフ達を押し退け、ステージスタジオへ入る。

「カイ!!」

「ハル!?」

演奏中にも関わらずステージ上のカイに抱きつく。他のメンバーも驚き、演奏が止まる。

「カイ……」

「ハル……。おま、今配信中なんだけど?」

カイが笑いながら言ってくる。

「私のための歌なんでしょ? だったら良いでしょ?」

「マジかよ、今視聴者3万人居るんだぞ? よくそんな事言えるな」

呆れた様にカイは笑う。

「カイ、ありがとう」

私は素直に感謝を伝える。

「おかえり、ハル」

「大好き」

凛も、私の後ろに腕を回し抱きしめてくれる。ステージ上で暴れ回っていた彼女の汗の匂いが、とても懐かしく感じた。


 その配信を同じく家で観ていた松前悠は呆れていた。

「ハル先輩……大きく出ましたね。計算してやったとは思えないですけど、愛のパワーとかですか?」

ギリギリと歯軋りを立てながら、下書きに残っていた今夜のゲリラ配信の告知用ツイートを静かに消した。

「やっぱり可愛いなぁ先輩」


「おいおいおい運営、放送切り止めたりすんなよ? まだショーは続いてんだ!」

スタジオのブース内からぞろぞろと出て来て、優をステージから引きづり下そうと迫ってくるスタッフ達へカイが言う。

「みなさんいきなりすいません! 七海ハルです! 多分皆さんの画面には映ってないでしょうけど!」

ステージ上で、凛の横からスタンドマイクを握り優は語る。

『ハルさん!?』『サプライズゲスト?』『謹慎解けたんか』『ハルカイてぇてぇ』等とステージ正面のモニターに、視聴者からのコメントが表示されている。

「知っての通り、今私は、前の独断行動により謹慎、というよりも何も手出しできない様、幽閉状態にあります」


「オイ配信止めろ」

ブース内でスタッフの一人がカメラマンに詰め寄る。

「まだショーは終わってねぇ、ステージ上の演者がそう言ってんだ。てめえが口出しすんじゃねぇ」

録音の清水はそのスタッフへ言い切る。

「ふざけやがってただの技術屋が……!」

そう吐き捨てブースを出ようとしたので、清水が足元のケーブルの一本を引っ張りそいつを盛大に転けさせる。

「てんめェ……!」

鼻血を垂らしながら清水に殴りかかり、それに清水も受けて立ちブース内、そしてハルを止めようと出たスタッフもまたブースに戻り室内は乱闘状態となった。


 そんなブースの様子を見ながら、ハルは、優は堂々と喋り続ける。

「こんな話をするのはタブーでしょうが聞いてください。私達V WINDは今、社長も代わり、運営方針も変わろうとしています。そしてその新たなカタチの会社に、恐らく私の居場所はありません」

『クビ?』『引退ってこと?』『展開凄すぎて意味分からん』『これマジ?』『は?』とコメント欄も続く。

「ですがこの1年と少しの活動してきた事に、何一つ悔いはありません。私は今ここでクビになってもいい、死んでもいい」

「ハル……」

凛がこちらを不安そうに見ている。

「七海ハルという存在が、確かにこのネット上に存在したという事だけ、どうか、覚えていて下さい……」

優は気付けばボロボロと涙を溢し、マイクスタンドに縋り付いていた。

「ハル、あれを歌おう」

凛がそう耳元で囁く。

「あれ?」

「一番初めに一緒に歌ったヤツ」

凛が右手を差し出し、それを私も握り返す。そして立ち上がる。

「この流れで歌うって、アイドルの卒業ライブみたいやん」

「え? もう実質今そんなもんでしょ?」

凛は開き直った様に肩をすくめて見せる。

「マジか〜〜」

優も笑ってしまいながら答える。

「じゃあみんな、『号哭』をやろう」

「OK」

「わかった」

「あいよ!」

バンドメンバーも笑いながら凛に答える。凛がスッと短く息を吸う。

「私達の歌を聴けェェェェ!!!!」

凛のシャウト共に、激しい前奏に突入する。私も凛と一緒にステージ上を走り騒ぎまくる。

『でもどうして 僕達は 時々に いや毎日 悲しいって言うんだ、淋しいって言うんだ!?』

『黒板のこの漢字が読めますか、あの子の心象は読めますかッ!』

いつしか、スタジオ内の乱闘は止み、皆ステージ上で歌う彼女らを眺めていた。そんな周りの事等気にも止めず、私と凛は歌い、叫び上げる。

『いつになりゃ大人になれますか そもそも大人とは一体全体何ですかッ』

『どなたに伺えばいいんですか おいどうすんだよ もうどうだっていいやッッ!』

歌い終わり、凛のギターに合わせ私もエアギターで真似して飛び回り、曲は終焉を迎える。

2人ともゼェゼェと息を上げながらお互いに笑い合う。

「サイコーだったよ、ハル」

「私もそう思う」

二人はそこで堂々とキスをしてみせた。

「ワーオ」

ベースの女がオーバーに驚く。

「マジでこれは歴史に残る配信だ」

ドラムに座っている女もボソとマイクに向けて言う。

「アハ、アハハ! モニターの向こうで見ているお前らには分からなかっただろうが、今私はこのイケメン女とキスをしてやったぞ!」

「何アピールしてんだお前!」

カイが笑いながらつっこんでくる。

『!??!?!?!?』『あら^〜』『カイハル…ハルカイ…?てぇてぇ…』『ガチやん』『ありがとう…』等とコメントも溢れている。

「えー、あれこれ前にどこかで話したっけな。実は私が初めて上げた歌ってみた動画が『ロストワンの号哭』なんですけど、あの時初めてカイと会って、上手く歌えない私に色々教えてくれたんです」

「え、今その補足情報要る?」

カイも、バンドメンバーも笑ってしまう。キーボードの人間が適当なフレーズを弾き、それに合わせベースとドラムも加わりBGMを奏で始めてくれる。

「スゲー、即興でそんな事できんの? 楽器出来る人ってやっぱ尊敬するわー」

「私も今までギター弾いていたんですが?」

「カイはまぁ……」

「まぁってなんだよ!」

そんなしょうもない話を続ける。

「本当、カイと出会えて良かった。……私これからどうなっちゃうんだろう? とりあえずステージ降りた瞬間スタッフさんに殴られるかな?」

優は笑いながら言う。

「まぁ、お叱りは受けるだろーな」

凛も笑いながら答える。

「んじゃ、私はこのあたりで失礼しますかね。みなさんお邪魔しました、引き続きライブお楽しみくださーい!」

「いやいや、オメーの所為でもうとっくに予定してた時間過ぎちゃってるから!」

「マジ? ほんとごめん」

「まぁ誰も止めに入ってこないって事はまだ大丈夫っしょ」

「あ、そんな感じなんだ」

「じゃあ最後、ハルも一緒に騒ごう!」

凛の屈託のない笑顔が向けられる。やはり彼女は音楽の中に生きてる人なんだ。

「ラストの曲聴いて下さい――」

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