第25話『敦子と今川焼』

鳴かぬなら 信長転生記


25『敦子と今川焼』  







 おい、ブタになるぞ。




 三つ目い手を出そうとしたら、頭の上から声がした。


 ああ……?


 首をひねると、斜めになった敦子の顔が見える。


「ばか、おまえの首が斜めなんじゃろが」


 そうか、ソファーに浅く座ったまま今川焼を食べていたら、いつの間にかずり落ちてしまったんだな。


「生きていたころから行儀の悪いやつだったが、美少女になってもかわらんなあ」


「うるさい、我が家で今川焼を食うのに行儀も何もない」


「そうだろうがな、今食べたのは六つ目だぞ」


「え……?」


 のっそり上半身を起こしてテーブルの上を見ると、10個入の箱には三つしか今川焼が残っていない。


「で、あるか」


「あはは、嘘じゃ。わらわが三つ食べたから、おぬしが食べたのは四つじゃ」


「では、食べる」


「甘いもの好きは、こっちに来ても変わらんのう」


「言うな、買ってきたのは敦子、おまえだぞ」


「ああ、転生してから一か月になるしな、たまには話すのもいいかと」


「その割には、口数が少ないな」


「お前がずっと考え事をしておるからな……食べた今川焼の数もわからんくらいな」


「そうか……」


 手にした今川焼が停まってしまう。


「いっちゃんのことが気になるのであろう?」


「そういうわけではない」


 ハム


「なにをする!」


「手に持ったままじゃからのう、今川焼も生殺しでは可哀想じゃろうが」


「もう好きにしろ」


「市はのう、学校で孤立しておる。信長の妹だけあってケンカがうまい。ただ腕力だけでは無くて、頭も切れるし口もたつ。学園で、市に敵う者はおらん」


「そうなのか?」


「タイプは違うが、パヴリィチェンコと同じじゃよ」


「あの鉄砲女とか」


「ああ、市も、一途に思い詰めておることがある」


「なにを?」


「察してやれ」


「はっきり言わんやつは嫌いだ」


「信長、おまえみたいにハッキリ言う奴のほうが、世の中には少ないんだ。分かってやらんと、また本能寺の無限ループになるぞ」


「次は、光秀を家臣にすることはせん」


「それはダメじゃ。信長と光秀の主従関係はデフォルトなんじゃぞ。ここを変えては、このゲームは成立せん」


「……どうでもよいが、今日の敦子は、喋り方が偉そうだぞ」


「信長に言われとうはないのう。わしは神さまじゃから、基本は偉いのじゃぞ」


「だったら、その女子高生のナリはよせ」


「これもデフォルトじゃ……」


 言葉の継ぎようが無くなる……自然に今川焼に手が伸びるが、箱の中は空っぽになっている。


「茶でも淹れるか……」


 敦子に淹れさせてもいいのだが自分でやる。


 転生してから、家事をやることが平気になってきた。まあ、ガキの頃に平手のジイに一通りは仕込まれたし、町や村のワッパどもと遊んでいたころは、何ごとも自分でやったしな。


 スーーーーー


 茶を淹れていると、目の前を白いものが、音もなく横切る。


 式神か……敦子は神さまだ、式神くらい飛ばしても不思議ではない……リビングの隅で力尽きたそれは……紙飛行機?


「それを極めれば、なにかが開けるぞ」


「呪をかけたのか?」


「いっちゃんが、いま、それに出会った。帰ったら聞いてやれ。茶は、いま頂いた」


 それだけ言うと、敦子はソファーに尻の窪みだけを残して消えてしまった。


 手元を見ると、二杯淹れたはずの茶碗の一つが空になっていた。





☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生

 熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生

 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ

 パヴリィチェンコ    転生学園の狙撃手

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