第8話 一転攻勢

 この歳で肛門緩みきり糞便垂れ流しヒューマンなんて嫌に決まってんだろ! ていうか、すんなり受け入れそうになっちゃったけどやっぱ掘るのも掘られるのも無理だわッ!


 気付くのに決して短くない時間を要してしまった。それだけ自分が動揺していたのだろう……そう思うことで俺は心の安寧あんねいを保つ。


 もう、これ以上この件について考えたくないの……わかって。


「――お願いだからもうやめてッ! ソータローに魔法を使わないでザギウスッ!」


 ……あの子は。


 マッシュゴリラにやめるよう呼びかけたのは赤髪の女子だった。当然ながら俺は彼女のことを知らないが、彼女は俺を知っているようだ。


 てかあの子、なんで拘束されてんだ? それと魔法ってなに?


「はッ、無理なお願いだな、エマ。こいつはあろうことか俺様に手を出したんだ……タダで済ますはずがねえ」


「大袈裟なのよ! あんたが今までソータローにしてきたことに比べれば屁でもないわッ!」


「ソータローと一緒で立場ってもんがわかってねえみてーだな、エマ。俺を説得したいなら、事実を突きつけるんじゃなくてもっと楽な方法があんだろ」


 マッシュゴリラの言う通りだよ赤髪の美女さん。なにがあったのか詳しく知らないけど、とりあえず謝っとけばいんだって。怒りに我を忘れている人に我を思い出してもらうにはそれしかないの、これマジだからね?


「……なにが、言いたいのよ」


「おいおい俺に言わせんのかよぉ……ったく勘の鈍い女だぜ」


 マッシュゴリラは下卑た笑みを浮かべる。


「俺と一発やらせろよ」


「なッ⁉」


 はあああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉


 恐らく、赤髪の美女よりも俺の方が驚いたと思われる。


 さすがに調子こきすぎだろこのクソゴリラッ! 土下座ならまだしも一発って――事情が変わった。赤髪の美女よ、こんな奴の言いなりになるでないッ!


 そう目で訴えようと赤髪の美女に視線を向けると、彼女もまたこちらを見つめていた。


 ……君の気持ち、しかと受け取ったよ。


 赤髪の美女の救いを求めるような瞳を目にして意を決す。


「おいマッシュゴリラ……あんま調子のんなよ? 潰すぞ」


「……さっきのは忘れろ、エマ。やっぱコイツは――殺さなきゃ気がおさまらねえ」


「やめてザギウスッ!」


 赤髪の美女が制止の声を叫ぶもマッシュゴリラはそれを聞かず、俺に向かって手をかざす。


「ストーンアロー」


 は? なに言ってんだコイツ? と思った矢先、マッシュゴリラの頭上に三本の石の矢が突如出現した。俺に先っちょを向けて浮かんでいる。


「え、ちょっとなにそれ? 説明して?」


「ついに頭まで使いもんにならなくなったようだな……いいぜ教えてやるよ」


「あ、ありがとうございます」


「これはな――お前には扱うことができない魔法ってやつだよッ!」


 マッシュゴリラが言い終えた途端、プカプカ宙に浮かんでいた石の矢が俺を射抜かんと凄まじいスピードで飛んできた。


 ヤバ――死ぬッ。


 阻止する手段を持ち合わせていなければ逃げる猶予も与えてもらえず、唯一俺にできたことといえば、目を閉じ現実に蓋をすることだけ。


 ………………あれ?


 一向に痛みがこず、俺は戸惑う。


 確実に数秒は経った。あの速さだ、それだけの時間があればとうに俺の体を貫いているはず……ということはつまり――助かったのか?


 だとしたら一体どうやって? その答えは目を開けば自ずと見えてくる。


「危機一髪のところだったようだな……早太郎」


「その声は――金田ッ⁉」


 俺の前に堂々たる佇まいでいるのは金髪シスターの手によって昇天したはずの金田誠だった。


「うそ……ハヤミ、魔法、使えたの?」


「そ、そんなわけないでしょ。うん、ないない」


「でも、実際に私達の目の前で〝精霊〟を召喚したじゃない!」


「それだけじゃない……あれは四大精霊が一角――地をつかさどる〝キンタマーニ〟よ」


 金田の登場で周囲がどよめいている。ストーンアローとやらを防がれたマッシュゴリラも腰を抜かしてすっかり怯え切ってしまっている様子。


 情報が錯綜さくそうしていて脳内キャパオーバー状態的な感じだが――一つ、金田の登場によって攻勢が逆転したことだけはわかる。


 ならば、大見得の一つや二つくらい切ってもいいだろう。


 俺は真面目な顔を作ってマッシュゴリラを見下ろす。


「彼女と一発やるのは俺だから――そこんとこ、ヨロシクウッ!」

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