第31話 調教2

「そこをどいてくれ、伊織」


「ちょっと真剣な感じになったくらいであたしがここをどくと本気で思ってる? はっ、なめないでよね」


「思ってる、じゃないな。本気でどかせるつもりでいる」


 俺はそう言ってポキポキと拳を鳴らして見せた。


「ま、まさかとは思うけど、暴力で無理矢理なんて考えてないでしょうね?」


「……………………」


 俺が無言のまま一歩足を踏み出すと、伊織もまた同じ歩幅分後ろに下がった。


「な、なんとか言いなさいよ! こ、怖い、でしょ」


「……………………」


「そ、早太郎? う、嘘よね? 早太郎に限って殴ったりとかそんな酷いことしないわよね?」


 伊織の瞳がまたしてもウルウルとしだすが、それでも広げた両手を下げることはなかった。


 効果はあっても退いてはくれないか。これ以上やっても無駄だな。


 怯えた顔して体を震わせている伊織を見て俺はそう判断し威圧するのをやめた。


「そう露骨にビビんなよ、伊織。さすがに暴力振るったりはしないから」


「だ、だよね……うん、信じてた――じゃ、じゃなくてッ! べべべべ別にビビってなんかないし? 情けかけてるつもりでいるかもしんないけど、そういうのウザいだけだから! 調子乗んなッ!」


 両手をブンブン回してぽこすか殴ってくる伊織。緊張から解放されたせいあってか加減ができておらず、結構痛い。


 暴力を恐れていた人間が暴力って……けど、このままやられるわけにはいかねんだわ。


 見切った! と、俺は伊織の両手首を掴んで動きを封じた。


「ぼ、暴力は振るわないんじゃないの?」


「ああそうだ。けど他にも手段はある。伊織が意地でもそこをどかないっつんなら止む無し。暴力よりも酷いことしちゃうから覚悟しとけ?」


「ぼ、暴力よりも酷いことって……なによ」


「さてぇ……なにかなぁ……」


 俺が不敵に笑って見せると伊織は「ひぃッ」と声を漏らして顔を青くする。


「な、なにする気なのよぉ……」


「う~ん? なにかなぁ」


「お、お願いだから、言ってよぉ……」


「えっとねぇ……それはねぇ……って、なんだよ南沢」


 舞台からけたはずの南沢が、伊織をかばうようにして俺の前に立った。


「速水君がこれからなにをする気でいるのか、個人的にすっごく興味があるのだけれど、少々時間をかけすぎね。これから準備もあるわけだし……ここは私に任せてくれないかしら?」


「え、お前が? なんか策があんの?」


「策というほどでもないわよ。ただ早急に解決することは約束するわ。だから堀北さんを解放してあげて?」


「お、おう」


 そこまで仰るならと、俺は手を離して伊織から距離をとった。


 伊織を懐柔かいじゅうさせる算段が既についているのだろう。でなきゃあれほど自信満々な態度で志願したりなんてできない。


 頼んだぜ、南沢!


 俺はエールの意味を込めて南沢に目配せした。気付いた彼女は『任せなさい』とでも言うように余裕ある笑みを浮かべ、伊織の方に向き直る。


「――さて堀北さん、私から提案があるのだけれど、聞いてくれないかしら?」


「ど、どんな内容か知らないけど、聞いても聞かなくてもあたしのやることは変わらないから。あんた達二人が卒業式を取りやめない限りね」


「それじゃあ、聞くだけ聞いてもらえる?」


 そう言って南沢は伊織の耳元に口を近づけた。


「……………………」


「はぁッ⁉ あっ、あんた急になに言い出してんのよッ!」


「……………………」


「ち、違うしッ! あたしは別にそういうんじゃないから……」


「……………………」


「ほんとに違うんだってば……そういうつもりで、邪魔してるわけじゃないし……」


 そんなやり取りをすること数分。


「じゃ、お互い準備もあるでしょうから行きましょ?」


「う……うん」


「――それじゃ速水君、私達はこれで。決まったら連絡するから」


「え、あ、おう」


 一体どんな魔法を使ったというのやら。見事に有言実行してみせた南沢は別れの言葉を残して伊織と共に階段を下りていった。


「…………ま、いっか」


 結果的に卒業までの道のりが開けたんだ、良しとしておこう。


 ちなみに俺の考えていたプランは――下半身を晒して強制的に伊織を退けるという下品極まりないものだった。みんなには内緒だぞ?

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