第30話 調教1

「つ、次は早太郎が打ち明ける番よ!」


 しばらくして復活した伊織は、目を赤くしながらも、ビシッと突き立てた人差し指を俺に向け威勢よく言い放ってきた。


 ……待てよ? なにも正直に話すことはないんじゃ……『高級ホテルのビュッフェについて南沢と話していたんだよ。今度一緒に行こうか――ってね』とかなんとか言って煙に巻いとけば――。


「念のため言っておくけれど、少しでも誤魔化したら私が堀北さんに真実を伝えるから。そのつもりでよろしくね? 速水君」


 心の内を読んだとでもいうのか南沢が釘を刺してきた。見れば彼女は薄く笑っている。


 逃げ口上は許さないってわけか。がしかし、伊織に味方してるって感じじゃなさそうだ。あくまで中立、南沢自身が口にしてた通り公平性を重んじているのは間違いなさそうだな。


 どうせバラされるなら自分の口から言った方がまだカッコつくか……いやカッコつくか? むしろカッコ悪くないか?


 ええいやめやめ! と俺は頭を横に振って、伊織に向き直る。


「えっと、だな……ぴ、ピンクなホテルでその、俺の〝卒業式〟をり行うことになったんだよ」


「卒業式? なんの?」


「ど……童貞の」


「あぁはいはい童貞の! ――――童貞のだとッ⁉」


 一瞬見せた笑顔は幻だったのか――伊織は青筋を立てドスの利いた声で反応した。


「あんた達なに考えてんのよッ! どどどど童貞卒業ってつまり――えええええええエッチするってことじゃないのッ!」


「ちょ、伊織ッ! 声でかいって! ここ学校だからね? モラル大事」


「学校で童貞卒業プランを立ててたあんたにモラルどうこう言われたくないわッ!」


 仰っる通りすぎてなんも言えねぇ。実際にチョー気持ちいいことしようって話をしてたからなんも言えねぇ。


「て、ていうかそれを知ったあたしが『はいどうぞ』って見過ごすと思う?」


「思うもなにも伊織には関係ないから。たとえののしられようと俺は南沢とヤる」


「なッ――や、ヤらせるわけないでしょッ! 行かせない――ここから先へは絶対に!」


 伊織は両手を目一杯広げて通せんぼする。彼女の瞳に揺らぎはなく、あるのは行かせまいとする意思だけ。


 どうして伊織がそこまでするのか、それがわからない。けれど、俺の卒業式を好ましく思っていないことだけは確かだ。


 だがそれがどうした? 伊織にどう思われようが関係ない。その程度で俺の不退転の決意が揺らぐことはない。


 欲望のおもむくままに……今の俺に許されるは前進のみだ。


 自分を少しでも大きく見せるようとする様はまるでレッサーパンダの威嚇。俺は両手を広げガルルルとうなっている伊織に近づき対峙する。


 童貞からの卒業を邪魔する人間は誰であろうと許さない。たとえその相手が校長先生、いやバイト先の店長……違う。


 もっと大きな存在――内閣総理大臣であったとしても、だ。

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