第29話 発狂

「俺の……せい?」


 耳を疑った。聞き間違いかと思った。しかし伊織の表情は真剣そのものでシャレを抜かしているようには見えず、だからこそ俺は首を傾げるしかなかった。


 まったく覚えがないというか、マジで伊織はなにを言ってんだ? 童貞の俺がおもちゃ好きに調教できるわけないだろ! おちょくってんのか!


 伊織との記憶はたくさんあるが全てを確認せずともやましいことはなかったと俺は言い切れる。命を賭けてもいい。


 だというのに伊織は俺のせいだと主張し続ける。


「そう! 早太郎のせいッ! 誰がなんと言おうと早太郎のせいなんだからッ!」


「ごめん。本気で思い当たる節がないんだけど……それホントに俺? 記憶違いとかじゃなくて?」


 ぐすんと鼻をすすった伊織は俺を睨みつけながらコクリと小さく頷いた。


「そうか………………なにしたっけ? 俺」


「……中二の時、あたしが早太郎の部屋で見つけた……え、エッチな本あったじゃない?」


「おん」


 というか一生忘れられない。あの日俺が負った心の傷は未だえずに残っているのだから。


 つか、あの時のエピソードが伊織のおもちゃ好きとどう繋がってくるっていうんだ? むしろ逆、嫌いになったってんなら納得できるし、実際俺はそうだと決めつけてたが…………ダメだ全然見えてこない。


 やはりエロ本八つ裂きが伊織のおもちゃ好きに関係してるとは到底思えない。


「それがなんだって言うんだ?」


「……やられてたのよ。ぜ、全裸の女の人が、おもちゃを持った男の人に」


「…………え、なんの話?」


「早太郎の部屋にあったエッチな本の話だよッ! あの時は気が動転しちゃってつい破いちゃったけど、後々ちゃんと勉強したんだからッ! 画像とか動画とか……つ、つ、使ってみたり、とか」


「待って待ってモジモジしてるとこ邪魔してすいませんが――これっぽっちも話が見えてこないんですけどッ⁉」


 まるで難関な迷路だ。聞けば聞くほど意味わからなくなっていく。我慢できなくなった俺は声を大にして伊織にツッコんだ。


「だ、か、ら――エッチな本の話だってさっきから言ってるでしょッ! そ、早太郎はああいうのが好きなんでしょ? だから、その……勉強したっていうか」


「いや嫌いじゃないけどそんな好きでもねーよ? つか、伊織が開いたページがたまたまそういうシーンだっただけであって、大人のおもちゃ特集的なもんじゃなかったからね? オーソドックスなエロ本だったからね? あれ」


「…………へ?」


 ぽかんとしている伊織に俺は言葉を続ける。


「そもそも俺がおもちゃ好きと思ったから勉強したってなんだよ。人の性癖を無理して理解しようとする必要なくね?」


「そ、それは……」


「あと、聞いた限りやっぱ俺のせいじゃない気がすんだけど、伊織はなにを以て俺のせいにしたの?」


「――ッ」


「あれだろ? 俺を隠れみのにしただけで、ホントは純粋におもちゃが好きってだけなんだろ? 学校に持ち込んでくるどころかセッティングしちゃってたし」


「――うがあああああああああッ!」


 核心を突かれたことによる断末魔だんまつまか、伊織は獣のような声を上げてその場にうずくまってしまう。


「ふふ……恋する女子は大変ね」


 後ろから南沢の見当違いなセリフが耳に届いてきた。


 恋する女子? 伊織がか? ったく、さっきのやり取りを間近で見てたクセになにわけわかんないこと言ってんだかな、ホントに。


 俺は南沢に聞こえるよう敢えて大きく溜息をつくのだった。

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