第28話 自供

「なんだ、また俺に用があって後ろを付いてきてたんか?」


「ま、まぁそんなとこよ。それよりホテルってどういうこと?」


「伊織が気にすることじゃないから」


「え……」


 俺があしらうように言うと伊織の眉尻が下がった。が、それもほんの一瞬のことで今度は眉を吊り上げ、俺と南沢の間に割って入ってきた。


「気にするでしょ普通ッ! 男女の会話で〝ホテル〟ってワードが出てきたら嫌でもその……あの、えと……連想、するし」


「あら、なにを連想するっていうのかしら? もっと具体的に説明して」


「い――言わなくてもわかるでしょッ! あんたならッ!」


「いいえ、言葉にしてもらわないとわからないわぁ」


 赤面しながら体をプルプルと震わせている伊織に対し、無知を装う南沢はニヤニヤと不気味に笑っている。からかっているのは明らかだ。


「こ、こんのぉ……」


「怒るのはいいけれど、説明放棄だけはやめてね?」


「べ、別に怒ってないし、放棄もしないしッ!」


「なら良かった。こう見えても私、一度気になったことは全部を知るまで諦められない性分なの。自分で言うのもなんだけどかなりしつこいわよ? 地獄の底まで追ってやるから……もし逃げるならその覚悟だけはしておいてね?」


「クッ――」


 苦虫を嚙み潰したような顔をした伊織だったが、その表情はすぐに堂々たるものに変化し、ビシッと力強く床を指差した。


「あんた達二人が午前中ここでやってたようなことを連想しちゃうって言ってるのよッ!」


「あ~そういうこと。はいはいよくわかったわ。けど、随分と引っ掛かる言い方をするのね、あなた」


「なにがよ」


「あんた達じゃなく――〝私達〟の間違いでしょ? あなたも一緒になって楽しんでいたんだから」


「そ、それは…………」


 南沢の言った通り伊織自身も加わっていた。一度は止めたおもちゃを自らの手で再び起動したのだから、弁解の余地はない。


 押し黙り、俯いてしまった伊織。そんな彼女を見て南沢は浅く息を吐いた。少しやりすぎたかしら? みたいな顔をしている。


「私達がこれからなにをするか……言ってあげればいいじゃない」


 目だけをこっちに向けて言ってきた南沢に、俺は首を横に振ることで否定の意を表した。


 その流れを盗み見ていたのか、伊織はバッと顔を上げ噛みついてくる。


「どうして? なんで教えてくれないの? あたしのことが嫌い? 信用できない? だから早太郎はあたしに教えてくれないの? ねぇ――答えてよッ!」


「……好きとか嫌いとかじゃない。伊織に話す必要がないだけ」


「じゃあどうすればいいの? どうしたら話してくれるの?」


「……気にするな。そのかわり俺も、伊織が持っていた〝おもちゃ〟については気にしないようにするから」


「…………」


 伊織は俺を睨みながら下唇を浅く噛んでいる。心なしか瞳が濡れているように見える。


 次に伊織が口を開いたのは、秒針が半周くらいしてからだった。


「あたしが……アレを持っていた理由を打ち明ければ、早太郎は話してくれる……そう解釈かいしゃくしていいのね?」


「――そういうことになるわね」


 伊織の問いに間髪入れずに答えたのは俺じゃなく南沢だった。


「どういうつもりだ?」


「別に。公平性を重んじただけよ」


 そう言って南沢は舞台からけるように身を引いた。


 視線を戻すと伊織はポロポロと涙を流していた。泣くのを我慢するのをやめたらしい。


「…………のせいよ」


「え?」


 あまり口を動かさずに喋った伊織。なんて言ったのかまったくわからず俺が聞き返すと、伊織はくわっと目を見開かせて涙を飛ばした。


「全部――全部〝早太郎〟のせいよッ!」

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