第27話 佳境
俺は顔だけを振り返らせて南沢に確認する。
「一回だけ……確かにそう言ったな?」
「…………ええ、言ったわ。わざわざ確認しないでくれるかしら?」
南沢の返しには普段のキレがなかった。冷たくはあるが絶対零度じゃない。彼女の頬がほんのり赤くなっているのが証拠だ。
……ついに、か。ついに今日――童貞を捨てる。
俺は静かに微笑んでから、南沢に向き直った。
「場所はどうする? ここでするんじゃないんだろ?」
「そうね、生意気にも時と場所に
「感謝する…………そうだな、できれば夜がいい。それと他の人に見られる可能性がない場所がいいな」
「となると、ラブホテルしかないんじゃないかしら?」
「だよなぁ…………っておいッ!」
南沢があまりにも平然と口にするものだから俺は思わず同意しかけてしまった。いけないいけない、行きたいし逝きたいけれどいけないことだ。
「高校生同士でラブホはさすがにアカンだろ。バレたら学校生活終わるぞ? 冗談抜きで」
「バレたらの話でしょ? バレなきゃ問題ないわ」
「え、なにその感じ? 肝っ玉据わりすぎじゃない?」
「あなたがビビりなだけよ。いい? 高校生だってタバコを買おうと思えば買えてしまうの。変に意識して
「……ひょっとして喫煙者?」
「馬鹿言わないで。『意外と世の中そんなもの』ということを伝えたかっただけで経験談じゃないから」
そう淡々とした口調で否定した南沢。紛らわしいったらありゃしない。
「つまり、堂々としてればラブホにも入れると?」
「そうよ。さすがにこの格好じゃ無理でしょうけど」
南沢はスカートの裾をつまんで溜息交じりに言った。
コスプレですの一言で見逃してくれそうだけど……あ、でも部屋で着替えればよくね? ってなるか。そしたら最悪、身分証の提示を要求されるかもしれないし……。
「一度家に帰って着替えてから合流した方がいいな」
「そうね。どこかおすすめのホテルはある?」
意地悪そうな笑みを浮かべて訊ねてきた南沢。コイツ、わざとやってんな?
「童貞の俺が知るわけねーだろッ!」
「あらそう。それじゃあ私が見つけておく。待ち合わせ場所は後で連絡するから」
「…………なに、お前ラブホ行ったことあんの?」
「ふふ…………ひ、み、つ」
「さいですか」
深くは掘り下げない。というか掘り下げるまでもない。南沢はエッチな女子だ。けれど最初からエッチなわけじゃなかったはず。エッチな女の子はエッチな経験を経て、エッチになる資格を得るのだ。
その経験の中には間違いなく、ラブホでのフュージョンも含まれているだろう。
だが俺は決して幻滅したりなどしない。たとえ南沢が両手じゃ利かない数の男とまぐわっていたとしても幻滅したりしない。
何故かって? そこで幻滅してるようじゃ一生童貞のままだからに決まってるからだ。
できれば向こうも初体験であってほしい……その理想は俺にだってある。しかし理想はそこまでいっても理想にすぎない。妥協が必要なのだ。
童貞は童貞である理由がある。それは外見的要因とか性格とかそういうのじゃない……理想に固執しているからだ。
分かりやすく言えば頑固…………童貞とは理想にリードを付けられた悲しき獣の名前なのだ。
だから俺は初体験の相手に求めるのはやめた。クソ〇ッチでも股の下ゆる子でもなんでもいい……とにかく翼を授けてほしかった。
童貞から卒業し空へ羽ばたきたい……それが今の俺の夢だ。
「ホテル選びは任せた。んじゃまた夜に」
「ええ」
「――〝ホテル〟って……なんのこと?」
俺のでも、南沢のでもない声が、屋上入り口前の踊り場で響いた。
奇しくも二時限目休みと同じ場所に、同じメンバーが揃ってしまう。
そう……声の主は俺の幼馴染……伊織だった。
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