第26話 妥協

 南沢に連れてこられたのは俺に衝撃を与えた場所、屋上入り口前だった。


 まさかここでヤるつもりじゃないだろうな?


 童貞を卒業するなら時と場所を選んで欲しかった。放課後の学校内で声を押し殺しながら事に及ぶのも良き良きなんだが、それはもうちょっと慣れてからやりたい。初めては王道を逝きたい。


 そんな俺の心配はどうやら杞憂きゆうに終わったようで、南沢は屋上へと繋がる扉に背を預けて腕を組んだ。手を出すつもりはないようだ。


「速水君、ここに来る前と今とで少し様子が違ように見えるのだけれど、なにかあったの?」


「んや別に、なにもないけど」


「そう……ほんの少しだけ凛々りりしくなったように思えたのだけど、気のせいだったみたいね」


 きっとそれは気のせいじゃない。だが俺は楽〇カードマンさんの存在について語ることはしなかった。頭がおかしいと言い捨てられ傷つく未来が容易に想像できたから。


 だから俺はごまかしも兼ねて南沢をあおる。


「俺を童貞から卒業させてくれる気になったか?」


「……私達は付き合っていない。だからあなたの望みに応えるつもりもない」


 額を押さえながらそう言った南沢はさらに言葉を続ける。


「率直に言うわ。デマを流すのはやめて。迷惑だから」


「おいおいなんども言わせるなよ? 嫌ならさっさと別れを告げて俺とセッ〇スしろ。それすらも嫌ならこのまま恋人関係を続ける。異論は認めない」


「なんども言わせるなはこっちのセリフよ。どちらもお断りするわ」


 バチバチと火花を散らす俺と南沢。どちらも譲る気がないからこそこうして衝突する。それは一つの答えであった。


「張り合ってても仕方ない……俺はデマを流す作業に戻るとするわ」


「あなたって人は……つくづく最低な男ね」


「期待させるだけさせておきながら『飽きた』って理由で逃げようとしたお前に言われたくないな」


 まさに売り言葉に買い言葉だった。


「……………………」


 南沢は口を真一文字に結び、ただただ俺を睨みつけてくるだけ。


「他に用がないなら俺は戻るが?」


「……………………」


 尚も黙り続ける南沢に対し、俺はふっと鼻で笑ってその場を後にしようとした。


「…………一回、だけだから」


 諦めるように言った南沢の声が、俺の足を引き止めた。


――――――――――――


完結まで――残り**話

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