第25話 大人の言うことは聞くものですよ! ムムッ!

「速水君。ちょっときなさい」


 ホームルームが終わるなり、無愛想な顔した南沢が俺に声をかけてきた。


「お、一緒に帰るか?」


「馬鹿言わないで。早くして」


 抑揚よくようのない声で言った南沢は、俺に背を向けスタスタと行ってしまう。


 これは……ひょっとすると、ひょっとするか?


 俺の中で期待と不安が入り混じる。もしかして童貞を捨てる展開になるんじゃ⁉ という期待と、もしそうなだとしたら俺は上手くやれるのだろうか……という不安が。


 俺に……できるのだろうか。


 そう内心で呟いた時、世界が止まった。


『ムム、なにかお困りのようですな』


 あ、あなたは――楽〇カードマンさんッ⁉


『私でよければお聞きしますが?』


 いえそんな、大したことじゃないので……大丈夫です。


『世の中、大丈夫じゃない人ほど、大丈夫と言いがちなんですよ?』


 ――――ッ⁉


『そのことを知ってもらった上で、もう一度――私でよければお聞きしますが?』


 ……実はその、自信がないんです。自分に。


『フム、といいますと?』


 セッ〇スを上手くやれる自信がないんです。動画とかは腐るほど観てるのでだいたいの流れは把握してるつもりなんですが、それを実行に移すとなるとまた話が変わってきますし――それに、動画だとその、大事な部分が修正されてたりして……ぶっちゃけスムーズに挿入できる気がしなくて。


『フム』


 それに緊張してたない場合もあるんですよね? 俺も、そうなっちゃう可能性があるって、ことですよね? 後は――


『速水氏』


 は、はい。


『ダーツの経験はおありですかな?』


 いえ、ないですけど。


『ではインナーブル――ど真ん中に当てる自信はありますかな?』


 あるわけないじゃないですか。やったことないんですから…………あ。


『そう、やったことないから自信がないのは至極当たり前なんですよ。まぁ最初から自信満々の人もいらっしゃいますが、そこには根拠がありません。よって結果は自信があるなし関係なく一緒です。もちろん、偶然が絡まなければですが』


 じゃ、じゃあ……セッ〇スも。


『そうです。巷で有名なヤリチンクソ野郎やゴッドフィンガーだって最初は皆等しく童貞だったんです。下手くそだったんです。女性のインナーブルに一発で入れられなかったんです……ね? やってもいないのに悩むことほど馬鹿らしいものはないでしょ?』


 は――はいッ!


『よろしい! 最後にもう一つ……セッ〇スは相手がいて成り立つものですよ? くれぐれも独りよがりな思考にならないように。相手に対して失礼ですからね……では』


 楽〇カードマンさんが霧散すると同時に、世界が再び動き出した。


「ありがとう楽〇カードマン……心が軽くなった気がするよ」


 俺は小声で感謝の言葉を残し、先を行く南沢の後を追いかけた。

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