第18話 逮捕しちゃうぞッ2

「すううぅ…………ちなみにだけど、俺はなんのためにこれをはめるの?」


「念のためよ」


「なんの念のため?」


「………………」


 さすがに南沢もわかってて黙ってるんだろう。この短い間で出来上がったお約束の流れを。


 もちろん、俺も知った上で振ったわけだが……しかしながらやはり、彼女の要求は冗談で流せる域を超えていた。


「いやホント冗談抜きで。こればっかりは納得のいく理由を求むよ? 俺は」


「そうね……単純にしてほしいから、これじゃダメかしら?」


「おまっ、馬鹿言ってんじゃないよホント。してほしいからで捕まえられちゃうわけにはいかんでしょ普通」


「あら、てっきり速水君は肯定的なのだとばかり思っていたけれど、違うのね?」


「当たり前だろ! 俺はバリッバリの否定派だよ」


「じゃあこの〝手〟はなにかしら?」


「はぁ? 手? 急に意味わか――んなッ⁉」


 南沢の視線の先を追って俺は驚愕した。


 潜在せんざい的にお縄にかかりたいと思ってしまっていたのだろうか、そこには手首を合わせた状態で前に突き出されている俺の両手があった。


「こ――これは違うからッ!」


 俺はすぐに手を引っ込めて言い訳を考える。


「あのぅ、あれだよ……そ、そこにあったチョココロネがあまりにも美味そうだったから、だからその、バレないようにそおっと机の上をわせて……したら! たまたまあの誤解を招くような形になったというか……うん、そんな感じ」


 チキショオオオオオッ! 言ってて辛いッ!


「ふぅん……そうなの……」


 んでもって南沢の余裕よゆう綽々しゃくしゃくな態度が更に俺を苦しめてくる。


「と、とにかく! 罪人のように扱われるとか俺は嫌だからな!」


「そう、残念だわ。でもそうなると、速水君が知りたがっていることを教えられなくなるけれど、いいのかしら?」


「そういうのいいからさ、もったいぶってないでさっさと教えてくんない?」


「ならこれ、はめて?」


 南沢は手錠のちょうど中心、チェーンの部分を指でつまんで振り子のように揺らす。


「いやだからやらねって。つか、それしないとダメとか聞いてないんだけど」


「当然よ。だって伝えてないもの」


 と、悪びれる様子もなく仰った南沢。要は最初からタダで教える気がなかったってこと。


「……一応聞いとくけど、譲る気は?」


「ないわね」


 俺は僅かな期待を込めて訊ねるが、南沢はきっぱりと拒否。一歩も譲る気はないそうだ。


 となればやることはもう決まっている。互いが譲らないと主張するのであれば、どちらか一方が折れるまで闘うしかない。

言うなればこれはデスマッチ……ふ、女相手だからって容赦はしねーからな?


「はっ、いいぜ……んなら意地でも口を割らせてやるよ」


「望むところよ……あなたの自由を奪ってあげる」


 格ゲーのような掛け合いを合図に――戦いの火蓋ひぶたが切られた。


 ………………わけだったのだが。


「お、俺の……負けだ」


 秒針が二周とちょっとを刻んだくらいだろうか? 俺は敗北を認めた。


「ははっ……煮るなり焼くなり……好きにしてくれ」


「いや速水君ほとんど抵抗してなかったというかむしろ自分から――」


「――頼むッ! ……後生だから」


 俺の切なる願いが南沢の心に届いたのだろう。彼女はそれ以上、なにも言わなかった。


 そう……俺の両手は既に――南沢によって自由を奪われていた。

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