第16話 エロい……じゃなくてエモい
孤独なショーを終え、俺は教室へと戻った。腹痛と戦っていましたというそれっぽい理由を引っさげて。
初っ端こそ先生に怪しまれたものの、一時限目にトイレに行ってた事実が俺の力となり、結果的に怒られずに済んだ。
自席に向かう際、俺はチラと伊織の様子を窺った。
「――ッ⁉」
伊織は俺と目が合うや否や、大袈裟すぎるくらいの勢いで顔を逸らした。
「どったの? 伊織」
「え? あ、ううん! な、なんでもないよ!」
気にかけてくれた友達になんでもないと伝え、たはは~と誤魔化すように笑った伊織。動揺しているのは明らかだった。
――んでもってこっちは俺のことを意識すらしてなさそうだな。
俺は視線を前に戻し、今度は南沢を見やった。彼女はお手本のような姿勢で座し、シャーペン片手に前方をジッと見据えている。早く授業を再会しろ、そう全身から伝わってくる。
対極的な二人だな、なんて思いつつ俺は着席した。
ちなみに授業中、南沢が俺のアソコをまさぐってくることはなかった。
べ、別にしょぼくれてなんかいないんだからねッ!
――――――――――――。
「なぁ南沢……ちょっといいか?」
休み時間になってすぐ、俺は南沢に声をかけた。
「………………」
しかしは返事はない。南沢は黙々と次の授業の準備をしている。
「色々聞きたいことがあるんだけど」
「………………」
「あの、もしもし?」
「………………」
「俺の声届いてます?」
「………………」
彼女は最後まで俺の言葉に反応することなく、教科書持って教室を出て行った。
い、意味わかんねぇ。
率直な感想だった。無視される謂われはない、けれど実際問題俺は無視された。
女心と秋の空なんて言うけど、紅葉シーズンはまだまだ先だからね?
などと心の中でおどけてみせたが、本当はショックなだけ。女子に無視されて落ち込まない男なんぞいない。
それでも俺は
次は選択科目か。南沢は確か……音楽だったはず。
俺はさっきの授業で使っていたノートなどを机上に放置しまま、南沢の後を追った。
――――――――――――。
三階の最東端にある音楽室に俺は足を踏み入れた。
いたいた!
窓際最後列の席に南沢は座っていた。頬杖ついて窓の外を呆然と見つめる姿はどこか
つかこっちに
そう内心で悪態をつきつつ、南沢の元に足を運ぶ。
「ちょいちょちょーい! さすがに無視しすぎだぞ? 男子高校生の心の
俺は彼女の前に立って強制的に存在を主張した。
「なに、その気持ち悪い口調は?」
視線をゆっくり上げて俺を捉えた南沢は、なんとも気だるそうに返してきた。
「はっ、そりゃ気持ち悪いに決まってんだろ。なにせ気持ち悪く聞こえるようにわざと言ったんだからな」
「どうして?」
「一種の照れ隠しだよ。お前に無視されて傷ついたことを悟られないようにな」
「…………そう」
「あ、うん…………」
そして訪れるは気まずい沈黙。
俺的には『自分で言っちゃ意味ないじゃないッ!』みたいな明るいツッコミを期待してたんだが……これは完全にあれだ――期待する相手を間違えたわ。
「なに?」
表情に出ていたのか、南沢は訝しげな目で俺を見てくる。
「いや、なんでも」
と、俺はテキトーに誤魔化し、脱線した話を戻す。
「てか、今は普通に喋るのな」
「悪い?」
「悪くはねーよ? けど、じゃあなんで教室では無視したのって話になるだろ」
「……周りに人がいると会話する気が失せるのよ」
「なんでまた」
「別にいいでしょ」
そう溜息交じりに返してきた南沢はつまらなそうな表情を維持して続ける。
「それより、私になにか用があるんじゃないの?」
「んなこと、いちいち聞かなくてもわかるだろ。恥ずかしいから言わせんな」
「いいえこれっぽっちもわからないわ。だからちゃんと言葉にして私に伝えてくれない?」
こ、このアマ……。
当たり前のように白を切ってきた南沢は、黙り込む俺を見て「どうしたの?」と首を傾げてきやがった。意地でも自分の口からは言わない、という意思表示だろうか。
「ちっ……あ~っと、あれだよ……授業中にぃ、そのぉ、俺のアレをお触りになってただろ?」
「誰が?」
「お前だよッ! すっとぼけんなッ!」
そう俺がツッコミを入れると南沢はクスッと笑った。
「冗談よ」
「冗談とか言うんすね」
「ええ、もちろん」
「さいですか…………じゃなくて、どうしてあんなことしてきたのかってのをちゃんと説明してくれんだろうな?」
「……そうね。少し長くなると思うから」
そこで一旦間を置いた南沢。
俺は黙って次の言葉を待つ。
「お昼休み、暇だったりするかしら?」
「おん、暇だ」
「そう。じゃあ食事を終えたら特別教室棟の二階にある空き教室に来て」
「えっと確か……一番端にある教室、だっけ?」
俺が確認すると彼女はコクリと頷く。
「わかった。速攻で行くから、ちゃんと待ってろよ?」
「ええ」
短く返してきた南沢は外の景色に視線を戻す。
「そろそろ時間よ。あなた、音楽じゃないでしょ?」
「ああ。それじゃ、また昼休み」
「ええ。また」
最後に事務的なやり取りを交わして俺は音楽室を後にする。
去り際、なんとなしに南沢に目を向けた。
室内にポツンと一人座る彼女は絵になってもおかしくないくらい美しく、エモいの一言に尽きた。
……………………。
そんな彼女にどうしてか、俺は親近感を覚えたのだった。
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