第12話 堀北伊織4

 誰もが一度は見たことがあるであろう電源マーク、それから+と-が各一つずつ、計三つのボタンがある。


 古いタイプのオーディオプレイヤー……ってわけじゃなさそうだな。


 真っ先に浮かんだ可能性は、イヤホンジャックが備え付けられていない事実によって否定される。


 逆にだ、にわかには信じがたいがこれが最先端のオーディオプレイヤーなのだとすれば、可能性は復活する。イヤホンジャックが廃され、ワイヤレス対応の文字を多く目にするようになった昨今の風潮ふうちょうからして全否定できなくなる。


 でもこれ、最先端が聞いて呆れるくらいの欠陥品だよな。


 じっくり観察しなくてもわかること。三つしかないボタンの内、+と-を音量調整とするならば、じゃあ曲選択はどこですればいいの? という純然しゅんぜんたる疑問がでてくるわけで。


 マイクもないから音声操作という線もない。やはりこのオーディオプレイヤー欠陥品……というかそもそもオーディオプレイヤーですらないのかもしれない。


 可能性のあるなしを俺は考えてきたが、結局はその結論がもっともらしく、そして現実的だった。


 ならこのスイッチらしき物の用途ようとは?


 …………いや、伊織に限ってそんなことは……ない、はず。


 実は俺にはもう一つ、思い当たる〝アイテム〟があった。


 ただそれは、伊織という人間にマッチしないというか相容あいいれないと言うべきか……。とにかく、これまで過ごしてきた彼女との時間があり得ないと告げてくるのだ。


「――ちちちちちち違う違う違うッ! そんなわけないでしょッ⁉ だって、えっと、その……と、とにかくっ、あたしじゃないッ! あたしじゃないからねッ!」


 と、慌てふためくような伊織の声が。


 見れば伊織はブンブンと首を横に振り、ご自慢のゆるふわボブを激しく振り乱している。南沢が口にしていた秘密とやらがドンピシャだったってことが一発でわかる光景だ。


「あら、それじゃ私の聞き間違いであり見間違いであったってことかしら?」


「あ、当たり前じゃない」


「そう……ならブレザーのポケットに入っていた〝アレ〟はどう説明するの?」


「――――ッ⁉」


 南沢が言い終えてからの伊織の反応速度は凄まじかった。


「え、うそ、なんで……なんでないの?」


 ポケットに手を突っ込んだ伊織は、そう弱々しい声を漏らした。どうやらこの使い道不明なスイッチは伊織にとってかなり重要な物らしい。


「ふふふ」


 二人のいさかいを静観していると、不意に南沢と目が合った。


「速水君、さっき渡した〝アレ〟、電源入れてくれる?」


「――なっ……ど、どうして早太郎が」


 振り返った伊織は俺の手元を見て、驚愕の表情を浮かべた。

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