第11話 堀北伊織3

「遠慮せず、手をグーパーグーパーしていいのよ速水君」


 俺は南沢の提案を歓迎し、握っては開いて、握っては開いてを繰り返す。


 昔、誰かが『二の腕ってお〇ぱいの柔らかさと同じなんだって!』とかなんとかほざいてたが、実物は全然違う! 制服の上からでもそれがわかる! てかこれ、ブラジャーしてる? してなくね?


 初めてのおれ故、俺には判断がつかない。が、そんなのは瑣末さまつなことだった。


 ぐへへ、やっこいやっこい生感覚ぅ~!


 お世辞にも大きいとは言えない南沢の膨らみを、俺は心ゆくまで堪能する。もはや伊織の存在など、気にも留めていなかった。


「どう?」


「サイコーです」


 感想を求めてきた南沢に、俺は即答した。噓偽りのない、正直な気持ちだ。


 ビワアンコウ(深海魚)のオスって確か、生殖せいしょくの為にメスに噛みつくんだったよなぁ。んで最終的にメスの体の一部になるとかならないとか……そんな人生も、ありっちゃありかも。


 このまま南沢の体の一部になるのもまた一興……と、本気で思いかけたその時だった。


「――いい加減にしてッ!」


 ビワアンコウのオスのように南沢の胸に噛みついていた俺の手を、伊織は強引に引き剝がしたのだ。


「なに幸せそうな顔して揉んでんのよ早太郎ッ!」


 その勢いを保ったまま俺に詰め寄ってくる伊織。態度からして相当おかんむりのよう。


「べ、別に、幸せだなとか、思ってないよ? ほんとだよ?」


「嘘! むちゃ幸せそうにしてたッ!」


 反論しといてなんだが――そりゃそうだろッ! お〇ぱいだぞ? お〇ぱい揉んでんだぞ? 幸せに決まってんだろうがッ!


 俺は対峙たいじする伊織に内心で男とはなんたるかを説きつつ、表面では苦笑にがわらう。


「でもほら、南沢も遠慮しないでって言ってたし……断るのも、あれだろ?」


「言ってたからなに? お言葉に甘えて揉みましたって? はッ! んじゃあたしが遠慮なく死んでいいよって言ったら死ぬの?」


「いやそりゃぁ……死なんけど」


「でしょ? つまり早太郎は自分の意志で揉んだのッ! だから幸せそうな顔してたのッ! 変態なのッ! わかるッ?」


「うっ……」


 口先で丸め込まれた感があるが、しかしながら伊織の言ってることは間違いじゃない。間違いじゃないからこそ、俺はぐうの音もでなかった。


 俺は変態だ……どうしようもない変態だ……救いようのない変態だ……。


 伊織は自己嫌悪におちいった俺を鼻で笑った後、その場で振り返り矛先を南沢へと向ける。


「南沢さんも南沢さんよ! 自分がなにをしたかわかってるの?」


「ええ、わかってるわ。おこちゃまのあなたにもわかるよう、直接見せてあげたのよ」


「説明になってないしおこちゃまでもないッ!」


 伊織の反応が面白かったのか、南沢はクスクスと笑う。


「そうね、そうよね。堀北さんはおこちゃまじゃない、むしろ〝大人〟……よね?」


「……ど、どういう意味よ」


 こっちからじゃ表情は窺えないが、それでも声からして伊織が僅かに狼狽うろたえたのがわかった。


「実は私、〝知ってるのよ〟……堀北さんの秘密」


 薄笑いを顔に張り付けたまま伊織との距離を縮める南沢。


「ひ、秘密ってなによ」


「それはね……」


 南沢は伊織の耳元に顔を近づけなにやらささやいているよう。


 伊織の秘密とやらも気になるところではあったが、俺にはそれ以上に気になることがあった。


 アイツ……なにやってんだ?


 俺の目にはしっかりと映っていたのだ。南沢が伊織のブレザーのポケットにそっと手を入れる瞬間を。


 間もなくして〝ピンク色のなにか〟を取り出した南沢は、俺に目を向けすぐ――〝ピンク色のなにか〟を投げてきた。


 これは…………。


 放物線をえがいて俺の手中に収まったそれは――なにかの〝スイッチ〟らしき物だった。

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