第9話 / 【その愛しさに用がある 2】

 

 僕がこの学校に赴任し早くも一ヶ月が経った。そして、この時期になると高校生がもっともテンションの上がるイベントである文化祭のことで沢山の時間を使うことになる。

 僕が担任を務める三年生は受験や就職が控えてるため本当はこんなことにうつつを抜かしている場合ではないのだが、学生時代の記憶でトップクラスに残りやすいものなので勉強だけやってればいいとは言えるわけがない。


 無論僕も男友達とバカをした記憶が鮮明に残っているが、一番残ってるのはそのあと泣きながら受験勉強ばかりしてたことなんだよなぁ……。


「えーっと、なにかしたいことある?エッチなこと以外で」

 教卓の前で染石がクラスの皆に呼びかける。その横には若葉がいて僕は窓側の壁にもたれかかりながら進行する流れを見ている。若葉に自分の席に座っていいと言われたがそこは丁重にお断りさせてもらった。

 関係ないけど、学生時代の担任は躊躇なく女子生徒の席に座ってたけど考えたらすごいよな。僕なんて気持ち悪いと言われるのが怖すぎて勧められても無理なんだけど。


「おれ、お化け屋敷がいいなー」

 クラスでもよく喋るタイプの鮫池さめいけがそう言うが、他の生徒はあまりピンときていないようだ。

 一応案が出たので若葉は黒板に『お化け屋敷』と書く――だがそれが書き終わる前に染石が口を開く。


「確かに王道だけど準備めちゃくちゃ大変だよ?わたし千鶴ちゃ――松下先生に聞いたけど、仕切りで使うダンボールはめちゃくちゃ使うしゴールまでのルート、それまでの仕掛け作るのがすごい面倒なんだって」

「でも、それがいい思い出になるんじゃねえの?」

「それはそう。でも私たちは三年だから受験が気になる人にとっては辛い選択だと思う。一年か二年がやるのが定番じゃないかな」

「あー、なるほどなー。んじゃいいや。みんなが喜ばねぇと意味ねぇし」

「さすがサメちゃん、理解が早くていいね」

「サメちゃんいうな」


 鮫池と染石のやりとりで教室に笑い声が響く。鮫池は一見自己中心的でオラオラ系にもみえる見た目だが、実は周りのことをよく考えてくれるいい生徒だ。スポーツもできるからそれなりにモテると思うけど、あのウルトラマイペースな染石のせいで面白いキャラとして固定されつつある。どのクラスにもこういう奴はいるんだな。


「他に案がある人いる?」

 再び染石が呼びかけるが、これといってなにかあるわけでもなく静寂した空気が流れはじめる。

 すると若葉が染石から離れ僕の隣にやってきた。

「先生は学生の頃なにやったんですか?」

「僕は三年間屋台だったな。女の子がすごい活躍してた半面、男は食材の運搬以外では使い物にならなくてダラダラしてた思い出しかないけど」

「女の子の独壇場になるのは目に見えてますからね。私も一年のころ沢山焼きそば作った思い出があるので」

「若葉の焼きそばか。食べれた人は羨ましいな」

「先生ってそんなに焼きそば好きでしたっけ?」

「単純に若葉が作ったのが食べたいんだ。前のハヤシライスがめちゃくちゃ美味しかったから気になるんだよ」

「じゃあ、次は焼きそばにしますね」

「マジで!?楽しみにしてる……あっ」


 あまりにも嬉しくて大きな声をだしてしまい、周りの視線が全てこっちに向く。若葉も気まずくなったのか少し距離を取ってるし染石に関してはすごくニヤニヤしてるし……こいつ、また変なこと考えてるな。

「ハルちゃん、若葉となに話してたの?」

「い、いや。僕が高校の時は三年間屋台だってことだけだ!」

「にしてはオドオドしてるよなー。松下のこと口説いてたのか?」

 鮫池……お前、やっぱ変なやつだよ。お笑い役がお似合いだよ!


「ねぇ琴音、屋台だったら準備とかそこまで掛かりそうにないしいいんじゃないかな」

「なるほど、いいかもしれないね」

「みんなはどうかな?料理ができる子は少し負担が大きくなると思うけど、これなら当日以外そこまで時間を使わずに済むかもしれない」

 若葉の提案にみんなが拍手で答える。教室全体が黙り込んだときは長期戦になると思ったが、なんとかそれだけは避けることができた。


「それじゃあ屋台で――」

「待って、若葉」

 誰もがこの話し合いが終わると気を抜き始めていたその時、琴音が珍しく真面目なトーンで止めにかかった。

「どうしたの。満場一致できまったじゃん」

「ただの屋台じゃ面白くないじゃん」

「でも他に時間かけられないって言ったのは琴音でしょ?」

「大丈夫、他に時間はかけない。食べ物を出す事には変わりないけど、もっと興味を惹く形にしようよ」

 そういうと染石はみんなの前にも関わらず若葉との距離を詰め顔をじっと見つめる。若葉自身は慣れてるから睨みつけているがクラスメイトは少しざわつき始める。まぁ二人とも美人だからそりゃ絵になるよな。コミック百○姫の愛読家なら鼻血もの案件だ。


「よし決めた。メイド喫茶にしよう。若葉はメイドね」

「……え?私は料理が……」

「みんな、姿、みたいよね?」


 この時、今日一番の歓声が湧き上がった。




 ※    ※     ※




「……信じらんない」


 一限目に文化祭の出し物が決まってから、若葉はずっとこの調子だ。頬を膨らまし不貞腐れてる面も子供っぽくて可愛いけど、昼食時間になっても相変わらず染石のことを恨んでいる。


「ねぇハルちゃん、なんでわたし睨まれてるのかな」

「そりゃ若葉を見せ物にすると言ったみたいなもんだからな。もう少しメイド喫茶を決めるやり方はあっただろ」

「でもああしないと若葉はキッチンに回るって言うんだからさ。ハルちゃんだって若葉のメイド服みたいでしょ?」

「お前、僕に肯定させたとしても若葉に対して犯した罪は消えないからな?いいから謝れ」

 まあ、確かに見たいよ?決まった瞬間は僕も周りと一緒にスタンディングオーベーションしたい気分になったけど。


「――エッチ、スケベ、変態。お姉ちゃんに言いつけてやる」

「まだ僕なにも言ってないんだけど……」

「言ってないけど言いたいことは分かります」

「別にどエロイ制服にするつもりはないんだからさ。いい加減機嫌直してよ。ほら、わたしの焼きそばパン分けてあげるから」

「いらない。今はあんたへの憎悪でお腹いっぱいなの」

 相当怒ってるなぁ……、なんか僕まで睨まれてるし。


「じゃあなにしたら許してくれるの。わたしもうそんな顔見たくないよ。最初は可愛いと思ったけどもう満足だから」

「……わかった。なんか私が悪者みたいになってるのが気に食わないけど、二人も私のワガママ聞いてくれるなら機嫌直してあげる」

 あれ、なんか僕まで生贄になってない?

 嘘でしょ、男がメイド服は見る側の罰ゲームだぞ!?

「なんか勘違いしてるから先に言いますけど、先生にメイド服着せるつもりはないので安心してください」

「あっそうなのか、良かった。今から女声の練習しなきゃとか色々考えてたけど、そういうのもいいんだな?」

「なに考えてるの、さすがにそれはわたしでも引く」

「見てみたいですけど……需要はなさそうなので今回は抑えてください」


 女子高生二人に冷ややかな目で見られる。男の娘って最近人気なジャンルと聞いてたから気合い入れてたんだけど、考えたら二十代半ば一般男性の萌え声はさすがに聞けたもんじゃないよな……


「まず琴音、あんたもメイド服着て。私一人じゃ恥ずかしすぎる」

「えー。それじゃあじっくりと若葉の姿見れないじゃん」

「見せるわけないでしょ。それにあんたのメイド服も結構需要あるから。ね、黙ってれば可愛い琴音ちゃん」

「あっ、それは言わない約束なのに。琴音ちゃんのやる気が下がったよ」

「やる気なくてもこれは強制だから。そして――」


 若葉は一度立ち上がり僕と何故か今日もくっついてきた染石の間に割って座り込んだ。

「先生は今度の休日、一日だけ私にください」

「……え?それだけでいいのか?」

 染石に比べたら罰が軽すぎる気がするが、彼女がそういうのならそれでいいのだろう。ちょっと染石が不服そうな顔してるけど。

「ちょっと若葉、いくらなんでもひどいじゃん。これじゃハルちゃんはご褒美タイムだよ」

「そんなことない。しっかりこき使うから」

「買い物?ならわたしと――」

「琴音とは行かない。何度も言ったでしょ」


 突然、若葉は染石の言葉を遮るように言った。

「……わかった」

 染石も、珍しくここでは簡単に引き下がってしまう。

「とにかく先生、次の休みお願いしますね。細かいことはチャットで送ります」

「わ、わかった」


 ここで若葉はようやく普段の笑顔をみせてくれたが、僕はいま染石のことが気になっていた。いつもマイペースで感情を見せない彼女が分かりやすく落ち込んでいる。

 二人は幼なじみだ。だけど仲がいいと言われればよく分からない。普段はじゃれあっているが一方的に若葉が彼女を避けている面も見える。

 ……だが、ここで僕が二人の関係を掘り下げるのは悪手にも程がある。これはどちらかが話してくれるのを待つしかないか。


 そんなことを考えてるうちに昼食の終わりを告げる鐘がなる。結局、二人はその後も喋ることなく教室に戻っていった。

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