第6話 / 【闇の細道 3】


 スーパーは夕飯時ということもあってか意外と混んでいた。なれない僕は人の多さにオドオドしていたが若葉は動じず野菜をじっくり眺めている。制服姿ではあるがその目つきは昔見た母さんの姿にそっくりだ。


「いつも若葉がご飯作ってるのか?」

「毎日ではないですけど基本私ですね。お母さんは忙しいしお姉ちゃんは見ての通り家事スキルが壊滅的なので」

「そういやパートしてるって言ってたな。すごい頑張り屋さんのお母さんで尊敬しちゃうよ」

「元々働くのが好きだったというのもありますけど、私が中学生の時に離婚してからパートも始めたんです。お姉ちゃんも働きだしたんだから無理しなくていいのに馬鹿ですよね」

「あぁ、なんかごめん。デリケートな部分聞いちゃったな」


 別に構いませんよ――とようやく決めたのかキャベツをかごに入れる若葉。そういや父親の話は聞いたことなかったからまさかとは思ってたけど……


「離婚したっていうとみんなそうやって言いますけど、私もお姉ちゃんも、しまいにはお母さんもそこまで気にしていません。元々家にはあまり帰ってこない人だったんで」

「そ、そうか。仕事で忙しかったんだな」

「いえ、浮気です」

「あ――ほんとすまん」


 一度だけじゃなく二度も地雷を踏んでしまった。こういうとこだよな、ほんと気をつけないと。

 だが、そう思うと簡単に話題を振れなく黙り込んでしまう。こういう時こそ天気デッキか? いや、朝やるならまだしもそろそろ夜も近づいてるのにそれはないよな。じゃあクラスの話とか?


「気にしてないんで普通にしてください。オドオドされるとこっちも緊張しちゃいます」

「え、あっ、ほんとごめん!」

「なんで先生が謝るんですか……まあいいです。サラッと言ってしまった私にも非がありますし。それとそこのトマト取ってください」

「分かった。一つでいいか」

「今日は先生もいるので二つにしましょうか」

「了解……って、え?」


 先生もいるって僕も数に入ってるのか?普通に家帰って缶ビール片手に今日の反省会をするつもりだったもんだから、さぞ当たり前のように言う若葉に驚きを隠せない。しかも未だ彼女は僕がなぜ混乱してるのか分かっていないようだ。


「いや若葉、僕まで食卓にお邪魔するわけにはいかないだろ」

「なに言ってるんですか。ここまで手伝ってもらったからにはそれなりのことしますよ。それとも私のご飯、嫌ですか?」

「そんなわけない!若葉の弁当美味しそうだったしそりゃ気になるけど」

「……意気地なし。恥ずかしいから誤魔化したのにストレートじゃなきゃ伝わらないってなんですか今流行りの鈍感主人公ですか」


 そういうと若葉は恥ずかしそうに僕のシャツの袖を握った。顔はこっちを見ずどこか照れくさそうな表情を浮かべている。


「先生が私のことをどう思ってるか知りませんが、私だって寂しいときはあります。学校で一人は慣れてるけどお家ではイヤなんです。これでも、ダメですか?」


 握られた手が小刻みに震えているのが伝わり、声も若干小さくなっている。さすがにここまで言わせて行けないとは僕も言えなかった。

 改めて思うけど、若葉も若葉でものすごい破壊力してるよな。染石から聞いたが彼女には男女問わず密かにファンがいるみたいだけど、なるほどこの着飾らない姿に惚れたのか。

「わ、分かった。じゃあお言葉に甘やかしてもらおうかな」

 そして、僕が折れると若葉は袖を離し少しだけ距離を取った。平然を装い食材の吟味をしてる仕草をするが手に取ろうとしているのはゼンマイとかいう謎の植物だ。おばあちゃん家でも食べたことない。

 とめなきゃ、さすがに未知の植物を食べる勇気は若葉の手料理としても起こりそうにない。


「ところで若葉、今日はなにを作る予定なんだ?」

「きょ、今日はハヤシライスです。ネットでたまたま流行ってるレシピ見ちゃって」

「そっか、ところで松下家ってハヤシライスにゼンマイ入れるのか?」

「ゼンマイ? なに言ってるんですか食べたことないですよ――って」


 冷静になり彼女はいま自分が手に持っているものを見直す。そしてそっと元の場所に戻し、僕に背を向け更に奥へと進んでいく。僕もそれにゆっくりとついていく。


「カゴ持ってるの僕なんだから一人で歩いたら運ぶのに困るぞ」

「うるさい、先生なんて嫌いです」

「昼間のデジャヴかな?」

「また昼間の話ししたぁ……」

「いや、だから違うって!あっ見てくれ若葉!魚がいっぱい並んでるぞ。僕もこうやってスーパー来るのは久々だからテーマパークみたいでテンション上がるな〜」

「さかな……うみ……水色……ヘンタイ」

「なんでそうなるかな!?」


 ぶっ飛びすぎたマジカルバナナだ。あと頼むから自分で水色とか言わないでくれ。思い出してはいけない物がフラッシュバックしてしまう。

「もう。ずっと水色ばっか連呼して。なんですか先生は生徒の下着で興奮したんですか」

「僕はその単語一度も出してないんだけど!」

「てっきりお姉ちゃんみたいな巨乳が好きかと思ってたんですけど、実は貧乳が好きで私のことイヤらしい目で見てたんですか?」

「……いや、若葉もそこそこあるほうだろ」

「――ッ!なんで分かるんですかヘンタイ!」

「あっ、違う、これはだな!?」


 染石に火に油を注ぐなと注意した僕だったが、こりゃ人には言えないな。いやでも、見せられたもんだからしょうがないんじゃないかと思うんですけど。

 そして、どうフォローするか悩んでいたら若葉は小さく笑ってみせた。


「もういいですよ。あと本気で怒ってるわけじゃないのでそこまでオドオドされるとこっちまで罪悪感にかられちゃいます。あれは私のミスなのでもう忘れてください」

「善処します」

「曖昧な回答ですね。じゃあ琴音が言ってた黒いブラで上書きしてあげましょうか?」

「え、あれほんとに持ってるのか?」

「あっ……いや」

「というか若葉は、また僕に下着を見せるつもりなのか?」

「……バカ。お腹すいたのでさっさと選んで帰りますよ」

「あっおい!いきなり歩きだしたら危ないぞ」

「もう、主導権握ろうと思ったらすぐこれ……」


 彼女に僕の声は聞こえていないのか、そのまま下を向いたまま歩き出す。すると若葉の目の前にある曲がり角から子供たちが勢いよく走ってきた。

「きゃっ!?」

「若葉!」

 驚いた拍子に彼女は後ろへ倒れそうになる。幸い早く気づきカゴもそこまで重量がなかったから急いで若葉の元へ向かい後ろから抱きしめる。すると子どもたちのあとから一人の女性が姿を表した。


「コラ!走ったら危ないって何度も言ってるでしょ!」

 そうは言うも、子供たちは言うことを聞いてくれるわけなくまたどこか他の方向へ走って消えていった。お母さんらしき人物は子どもたちを追いかける前に僕たちの前で立ち止まり頭を小さく下げた。


「本当にごめんなさい。ケガはないですか?」

「は、はい。大丈夫です。ちょっと驚いちゃっただけなので」

「良かった。も本当にすみません、こんな可愛い彼女を危ない目に合わせちゃって」

「いえいえ、子供というのは元気が有り余って仕方のないものですから――って、彼氏?」


 いま、彼氏って言った?彼氏ってボーイフレンドって意味だよな……ん、僕がそう見えるってことか? 制服姿の若葉にスーツの僕。いやそうはならんやろ。

「あら、子供に対して理解のある人ね。きっといい旦那さんになるわ。彼女さんも手放さないように頑張ってね」

「……は、はい」

「それじゃあ、改めてごめんなさい。失礼します」


 母親らしき女性は一礼して子どもたちのあとを追った。しかしその女性が離れても、僕はまだ彼女のいった言葉が理解できず若葉を抱きしめたままだった。

「せ、先生。もう大丈夫だから、恥ずかしいから離してください」

「あっ、ご、ごめん!」

 彼女の腰から僕の両手が離れる。さっき以上に気まずい空気が流れるが、若葉は決して逃げ出すことはなかった。


「いきなり歩きだしてごめんなさい。もっと気をつけます」

「お、おう。僕こそ馴れ馴れしくすまない。先生にあんなことされて嫌だったよな」

「そ、そんなことは――」

「無理しなくていいよ。早く帰ったほうが良さそうだし買い物の続きするか。あとはルーとお肉だけだよな?」

「……はい。そうですね」


 突然、彼女の声が暗くなる。そうだよな、いきなり先生に抱きしめられるのは年頃の女の子として嫌なことだよな。

「ごめんな、若葉」

「いいんです。先生のその優しさ大好きですから」

 若葉は僕の隣から離れることなく歩き出す。だけど、その顔は明らかになにか考えている表情だった。

 やっぱり、受け止めるにも他にやり方あったよな……




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