第4話 / 【闇の細道 1】


「ハールちゃん、一緒にご飯食べよ」

「……どこから僕の情報を突き止めた」


 今日は一人でご飯を食べようと思い職員室を飛び出し中庭の木陰へと向かった。だがその願望も虚しく彼女は呑気な笑顔を輝かせながら隣に座る。


「千鶴ちゃんが教えてくれた。隠れても無駄だ」

「ヒーローを気取ってるつもりかもしれないがお前は完璧に悪役サイドだよ」

「わたしから逃げようとするなんて、思春期の男子みたい」

「そういう染石はストーカーみたいだぞ」

「……琴音、うるさいから静かにして」

「あれ、若葉も?」


 そして染石のあとからやってきた若葉は僕の向かいに座った。染石ほど距離を詰めてはいないが、それでも彼女がここまで近くに座ったのは初めてのことだ。


「珍しいな、若葉も一緒にご飯食べるなんて」

「ね、わたしもびっくりした。なにかあった?」

「二人には関係ない。お腹すいたから早く食べよ」


 ……あれ、今日の若葉なんだか雰囲気違くないか?


「というか、どうしてハルちゃんまで若葉って呼び始めてるの?」

「先週飲みに行ったとき、若葉と千鶴先生に苗字読みじゃ紛らわしいって言われたんだ」

「ほんとにそれだけ?」

「妙な勘繰りを入れるな。若葉からもなにか言ってやってくれ」

「——琴音が思ってるようなことはないから」

「そっか。ならいいや」


 そういうと、染石は今一度距離を詰めてきた。いや、今の一連の流れでその行動をとる理由があったか? 頼むから若葉が見てる前で変なことしないでくれ……

 それからしばらく沈黙が続く。おかしい、僕はこんな時間を過ごしたくて中庭に移動したわけではない。こんなことになるくらいなら大人しく職員室で食べればよかった。


「西元先生、どうかしたんですか?」

「いや、別になにも——って」


 ふと若葉のほうへ視線を向けると違和感を覚える。なにげない雰囲気で接してきたから気づかなかったが……今日の彼女は妙に色気がある。


「若葉、メイク変えたか?」

「気づきました? 休みに新しいの買ったんで試してみたんです」

「なるほど、まぁ僕はメイクであれこれ言わないが、他の先生には気づかれないようにしろよ」

「大丈夫ですよ。私がここまで近づくのは西元先生だけですから」

「お前までそうやってからかうなよ。そんなのは染石だけで十分だ」

「私は本気、ですよ?」


 下から覗き込むように若葉が僕を見つめる。よく見ればリボンがいつもより緩くシャツのボタンも第二ボタンが解放されている。染石も同じ格好を普段からしているが、カッチリ着ている彼女が崩すとまた違う雰囲気が醸し出される。

 というか、どんどん彼女は顔を近づけてくる。風で小さく揺れ動く髪からはシャンプーと柑橘系の香水が入り混じった香りがし、その匂いに自然と鼓動が早くなっていく。


「若葉、行儀わるい。そんなことはご飯食べてからにして」

 隣から普段より低い声で染石が止めに入る。そんな彼女を若葉が睨みつけた。普段ならこんなことしないのはずなのに、なんだか今日の若葉は強気の姿勢を見せてくる。


「そういう琴音はどうなの。先生食べづらそうだよ」

「わたしは焼きそばパンだからセーフ」

「邪魔になるから離れてって言ってるの」

「……やっぱりなんかあったでしょ。いきなり色気づいて香水なんかつけてさ。若葉は普通でも可愛いのに無理しなくていいじゃん」

「無理とか色気づいたとかそんなことじゃない。私だって高校生なんだし香水くらいつけたりする」

「ふーん、じゃあ若葉は痴女になりたいの?」

「どうしてそうなるの、なわけないでしょ」

「水色のブラ、ガッツリ見えてるよ」

「――ッ!!」


 染石の一言で我に返ったのか若葉は胸を隠しながら距離をもとに戻す。さっきまでの余裕は何処へ、その表情は今にも爆発しそうなほど真っ赤になり目には涙も浮かんでいる。


「うん、やっぱり若葉はその顔がいい。すっごく可愛い」


 琴音は勝ち誇ったように若葉を見つめる。お前も時々見えてるぞ、という言葉が喉元まで来たがさすがに男の僕から言うのは問題になると思いそっと飲み込んだ。


「うるさい……もう、なんで上手くいかないの」

「ま、まぁ若葉、染石の言う通りお前は普段のままでも十分可愛いんだ。背伸びせずにゆっくり行けば気になるやつも振り向いてくれるさ」

「もういいです、先生なんて嫌いです」

「僕なにもしてないですよね!?」

「あーあ、こりゃ教育委員会案件だ」

「お前がストレートに言うからだろ!」

「じゃあずっと水色のブラ見てるつもりだった? 言っとくけど若葉の下着で一番可愛いのは透け感のある黒の――」

「琴音! なに人のプライバシーばら撒いてんの!」

「まだカップ数言ってないじゃん」

「言ったら殺す!」


 若葉はさながら威嚇する猫のように叫ぶ。本気で怒ってる姿は珍しいがそこに威厳というものは感じられず必死に抵抗する子猫のように見えて可愛くも思えてきた。


「お、落ち着け二人とも……染石はもう少し場所を選べ。あと若葉はなにがあったが分からないけど、お前の魅力は沢山あるんだ。無理に色気を出すことに執着することはないと思うぞ」

「そうそう、ハルちゃんもっと言っちゃって。水色ブラも可愛いよってさ」


 お前は少し黙ってろ。

 どうしてことある毎に火に油を注ぐんだよ。


「――じゃあ、先生は私が今までどおりでも見てくれるんですか」

「僕は担任だ、そんなの当たり前だろ」

「そう、じゃないです。バカ」

「え? どういう意味だ?」

「……はぁ。なんでもないです」


 なにか吹っ切れたのか、若葉は再び弁当に口をつける。

 えぇ、なんかまだ怒ってない? 結構いいこと言ったと思うんだけどな。


「なあ染石――」

「自分で考えて」

「やっぱりブラか? ブラ見たことに怒ってんのか? でもあれはあいつが見せて来たんだし……」

「しーらーなーい。これくらい自分で考えて。じゃなきゃ一生千鶴ちゃんには振り向いてもらえないよ」

「おい、なんで千鶴さんの話になるんだよ」

「二人ともうるさい」


 結局、このあとも下校まで若葉の機嫌は戻らなかった。

 ほんと女心って分からなねぇな……






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