第3話 / 【少女W 3】
お風呂から上がってリビングに向かうと、お姉ちゃんは私が隠しておいたアイスを食べていた。毎度のことだからもう驚きもしないけど、名前が書いてあっても躊躇なく食べるその神経は相変わらず理解できない。
居酒屋から帰ってきて時刻はもう十二時を過ぎている。なのに彼女は寝る気力も見せずダラダラとテレビを眺め、私の存在に気がつくと小さく手招きをした。断るとうるさいから嫌々隣に座るけど、この質の悪い寂しがりはどうにかしてほしい。
「私が寝てるあいだになに話してたの?」
「……知ってるでしょ。途中から起きてるの気づいてたから」
「いやだな〜。聞こえたのはほんの少しだよ。若葉に好きな人がいるかどうかの下りとか」
「そこ聞いてるなら聞く必要ないと思うよ。他愛もない話しかしてないし」
そう――お姉ちゃんはまたアイスを咥える。
「つまんないな〜。もっと面白い話しててよ、西元くんは私のどこが好きなのか――とかさ」
「やっぱり、全部気づいててあんなことしてるんだね」
「寝たのは演技でもなんでもないけどね。そこまではできないけど、私が沢山飲めば彼もなにかこぼしてくれないかとは思ってた」
言葉を失う。やっぱりこの人は性格が悪い。自分に好意を寄せてると知ってて距離を詰め、洗いざらい相手のことを調べ尽くす――でも、それは相手に興味があるわけではない。ただ男をイジって楽しんでるだけだ。
「そんな事してなにが楽しいの? 私には全然理解できない」
「若葉はまだ子供だもんね。分からなくていいよ。どうせいつか分かるから」
「一緒にしないで。私はお姉ちゃんみたいにならない」
「そうかな。若葉も随分歪んでると思うけど。私を好きな人間を奪おうとするなんてさ」
「どうしてそんな風になるの」
「じゃあどうして、西元くんに自分のことではなく私のこと聞くのかな? 私から彼を守るつもり? そんなの無駄だよ」
「……」
お姉ちゃんはいつもこうだ。私の気持ちなんて全部お見通しで、一枚も二枚も
だから私も、彼女からなにか奪いたい。
お姉ちゃんに勝ってるところが一つでいいから欲しいの。
「ねえ若葉、いつまで私のあとを追いかけたり、私のモノを奪おうとするの? そんなことしてる間は、あなたはずっとつまらないまま。なにも魅力のない顔だけの女よ」
「お姉ちゃんにだけは言われたくない。少なくとも私は、お姉ちゃんに比べて人間はできてるから」
「そこは否定しない。でもできてる人間が必ずしも魅力的だというわけではないのよ。一緒にいたいって思えるような女にならないとね」
「知った口しないで」
徐々に怒りがこみ上げてくる。なにを言っても言い返されてしまう。いつまで経っても勝てない。
「あっ、でも一つ誤解しないでほしいのは、私は若葉のこと大好きだよ。唯一の姉妹だもの、私から何を奪おうと恨んだり嫌ったりしない」
「……なにそれ、勝者の余裕?」
「信じてくれないなんてひどいなぁ」
「信じてほしいなら私で遊ぶのをやめて。ここまでバカにしておいて大好きだなんて……都合が良すぎる」
「あれ、私のこと嫌い?」
「大っ嫌いよ」
私は我慢できずに腰を上げる。寝る前にこんな苛々させられるくらいならリビングに来なければよかった。
「あれ、もう寝るの? もうちょっと話したいのに」
「遊びたいの間違いでしょ。お願いだから手が出る前に寝かせて」
「はーい、おやすみなさい。若葉」
「おやすみ。つぎ私のアイス食べたらお酒全部捨てるから」
言いたいことはいえた。今日はもうおしまい。
※ ※ ※
どこの兄弟姉妹もそうだと思うけど、私もお姉ちゃんと比べられることが多かった――いや、今もそうだ。全部負けてると言われれば嘘になるけど、私が求めるものは全てお姉ちゃんに劣っていた。
家事が得意とか性格がいいとか、そんなのはいらない。誰かを魅了する力が欲しい。数をこなせば家事もいい性格を演じるのも誰だってできるでしょ。ちがう、私は私にしかない才能でお姉ちゃんに勝ちたい。
『いつまで私を追いかけてるの』
目を閉じてると彼女の声が聞こえる。抱きまくらをギュッと抱きしめ歯を噛みしめるけど全く消えてくれない。
『そういうとこ、ほんとつまんない』
お姉ちゃんはいつもそういう。私のなにがつまらないの。いい子でしょ、お姉ちゃんに比べてお母さんに怒られる回数はとっても少ないんだよ。手がかからないって褒めてもらえるんだもん。
『ほんと、いつまで経ってもガキだね。しょうもない』
「うるさいうるさいうるさい!」
抱き寄せていた枕を壁に向かって投げつける。いつのまにかパジャマが汗で肌に張り付き、呼吸も乱れ目の前がクラクラしている。
「私を……バカにしないで。私だってできるんだから」
『誰かのモノしか奪えないのに? お姉ちゃんが手に入れたものしか欲しくならない泥棒が? そんなことしないと自分の魅力を感じれないかわいそうな子』
「もうほっといてよ!!」
声が聞こえる。身近でよく聞いてきた声が。ずっと頭の中で響く雑音はこうなるとしばらくはおさまらず、耳を押さえ体を丸める——こんなこと、意味がないってわかってるのに。
「……ちょっと、気を紛らわせないと」
パジャマを脱ぎ捨て涼しい格好になる。
……ああ、あとで下着も変えなきゃ。
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