第2話 / 【少女W 2】
教師になったとて週に五日学校に行くことは変わりない。学生の頃との違いと言えば、放課後に行くところがゲームセンターから居酒屋に変わったところくらい。
「あぁ! あのセクハラ教頭!」
前言撤回、このように愚痴が飛ぶのは僕の学生時代の記憶にはなかった。ましてや、異性と過ごすという時間も。
「なにをするにも距離が近い! 顔も腕も足も股間も! 溜まってんなら風俗いけよ!」
「……なあ松下、先輩は家でもこんな感じか?」
「はい、ほんとすみません」
「二人とも聞いてる!? 西元くんだってあのジジィには色々言いたいことあるんじゃないの?」
相変わらず暴言の嵐を巻き起こす彼女は、力強くジョッキをテーブルに置き店員を呼びつける。確かにあのジジ――教頭先生は女性に対する距離感が近いと有名だが、先輩が赴任してからは一途に好かれてるみたいなもんだ。その好意もすごく迷惑なものだとは思うが、ぶっちゃけ先輩に近づける鋼のメンタルは羨ましいまである。
「というか松下と松下先生じゃ混乱しちゃうから、下の名前で呼んで欲しいな〜」
「んなっ――」
「あっ、それ私も思いました。めんどくさいので」
「……わ、わかりました。千鶴さん、若葉」
「うむ、それでよし!」
千鶴さんは親指を真っ直ぐ立てる。というか彼女はまだしも若葉のほうもなんだかんだ姉妹って感じだ。
「ところで若葉、西元くんの授業はどう? 私が色々教えたから自信あるんだけど」
「わかりやすいよ。というかお姉ちゃんが分かりづらいだけ」
「あれ、なんか私責められてる?」
「お姉ちゃんの絶望的な指導スキルからしっかり分かりやすく教えられる西元先生に驚いてるだけ」
「くっ……この妹やだ。ここに置いて帰ろうかな」
「いいよ、私はお酒飲めないからバイクで帰るし」
「うわーんやめてよ若葉! お姉ちゃんに優しくして!」
千鶴さん、圧倒的敗北。
だが俺も正直驚いている。若葉は頼りがいのある存在だが千鶴さんや染石と比べてあまり話すタイプではない。だから、ここまで言葉を口にする彼女を担任になって初めて目にした。
「若葉って結構話すの上手いんだな」
「そうですか? お姉ちゃんと琴音がうるさいから自然と身についたスキルだと思います。最低限ですけど」
「それでもやっぱりすごいよ。クラスでも今みたいに沢山話せばいいのに」
「……私までもお喋りマシーンとなれば、西元先生の周りは猿山みたいに騒がしくなりますよ。対処できますか」
「あ、やっぱそのままでいてください」
「ていうか、いま私のこと猿って言った? ねぇ猿って言った!?」
「おつまみあげるから静かにして」
「お姉ちゃんに餌付けしないで!?」
「まあまあ千鶴さん、とりあえず水を挟みましょ」
「西元くんまでー! 年上の威厳がー!」
もうどうしたらいいんだよ……
※ ※ ※
しばらくし千鶴さんはワーワー騒いで寝てしまった。
このまま置いていくのもおかしいし、泥酔した彼女をバイクに跨がらせるのは危険だ。だから仕方なく、若葉が外にいられるギリギリの時間までお店にいることにした。
「すみません、お姉ちゃんが迷惑ばかりかけて……」
「大丈夫、僕の親もお酒飲んだらすぐ寝る人だったから、こういうのには慣れてる」
「そうですか。でも、キツく言っておきます」
「それは助かる」
慣れてるとは言っても、これが好きかといえば普通に嫌だな……
ふと千鶴さんの顔を覗く。今まで見たことなかった寝顔、きっと妹がいることで気が緩んだのかぐっすり眠っている。
「西元先生、この前はいきなり変な質問してすみませんでした」
「この前の質問?」
「お姉ちゃんのこと好きなのかって」
「――あ」
思えば若葉に初めて会ったとき、いきなりお姉ちゃんのことが好きかどうかって聞かれたっけ。結局彼女からやっぱりいいと断られたはずだ。
「結局、あれってどういう意図があったんだ?」
「いいんです。若気の至りってやつで忘れてください」
「そう言われたら余計気になるんだけど」
「すみません、生一つお願いできますか? この人に」
「あっ僕まで潰す気だ!」
「そこまではしません、せいぜい便器の水で顔を眺める程度です」
「脅しが怖すぎやしませんか!?」
若葉は久しぶりに笑顔を見せたものの、口にした言葉がおぞましすぎて美しさが帳消しになっている。
「じゃあ逆に聞くけど、若葉は好きな人いるのか?」
「いません。初恋もまだです」
「え、そうなのか?」
「おかしいですか?」
「おかしいわけじゃないけど……初恋がまだって子が僕の周りにいなかったから、少し驚いて。あっでも若葉って可愛いからな。見合った男を探すのには時間がかかるのか」
「……そういう話じゃないんですよ」
「え、どういうことだ?」
「いいんです、忘れてください」
「いやだから――」
「すみません店員さん、焼酎下さい。一升瓶で」
「酔い潰すどころか殺す気だよね!?」
「はいラッパ、ラッパ」
「今の時代それはアウトだ!!」
あと焼酎ラッパは昭和アニメでしか見ねぇよ!
「うぅっ……」
小一時間ほど経った頃か、千鶴さんが目をこすりながら体を起こす。自分が寝落ちした現実がまだ理解できていないのか、周りをキョロキョロして小さく「しらないてんじょうだ」と呟いた。新世紀かな?
「あっ、すみません千鶴さん、起こしちゃって」
「なんで先生が謝るんですか。お姉ちゃんもう帰るよ。バイクから落ちたくなければ水飲んで」
「うっ……ここに、す、む」
迷惑もいいとこだな。まあこんな酔っぱらい普通にいるけど。
「変なこと言ってないでちゃんと飲んで。もう弁当作ってあげないよ」
「わ…か、わか……ば」
「キメラみたいな声出さない。はいラッパ、ラッパ」
「……若葉、酔いを覚ますなら少量を適度にとらせたほうがいいぞ」
「そうなんですね、勉強になります」
そういうと若葉は千鶴さんにゆっくりとコップを近づける。ちなみにこれが正しい方法なのかは分からないが、先人の知恵というものか、飲みの場ではよく聞くことだ。
「落ち着いた?」
「……うん。なんとなく」
未だ本調子ではなさそうだが、なんとか千鶴さんも目が開く程度には回復してきた。
「もう行きますか。迷惑かけたので料金はお姉ちゃんの財布から出しておきます」
「そんな勝手に――」
「いいんです、これは罰ですので」
若葉は千鶴さんの財布を取り出し会計へ向かい、俺もそのあとに続く。そういや千鶴さんは若葉のことをつまらないって言ったけど、全然そんなことない。
この子は、ものすごくいい子だ。
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