第1話 / 【少女W 1】
「若葉? 面白い子だよ。一緒にいて楽しい」
学級委員長である
「わたし、若葉とは物心つくころから一緒だけど、ずっとあんな感じでさ。大人というか、大人になりたい子供というか――可愛いよね」
「可愛いかどうかは知らんが、どこか他の子たちとは違う雰囲気なのは感じるな」
「……
「まだ少ししか話してないからなんとも言えない。というか、その『好き』ってのはどういう意味だ」
「ふふ、その解釈は任せるよ」
染石は答えをはぐらかし手元にある弁当へと箸を伸ばす。
「わたしの予想だけど、ハルちゃんは千鶴ちゃんのほうが好みだと思うな。ほら、あの人なんかエロいじゃん。男ってそういうわかりやすい人好きでしょ」
「松下先生を千鶴ちゃんと呼ぶな。あと僕のこともちゃんと先生と呼んでくれ。せめて帰りのHRまでは」
いま僕と染石が昼飯をとっているのは他の教師が沢山いる職員室だ。堂々と呼ぶもんだから時折忘れるが、僕と彼女は一応先生と生徒という関係であって、ハルちゃん呼びを許してると思われようものなら僕がなんらかの指導を受ける形になってしまう。
「琴音ちゃん」
その声に染石だけでなく僕までも顔を上げる。そこには今話題に上がった松下先生の姿があった。彼女も僕と一緒に今年の春で前の職場から転任してきていて、しかもその理由が妹の卒業式を近くで見たいというただそれだけの理由だ。さっき松下若葉のことをどこか変わった生徒と言ったが、この人もこの人でどこか変わった先生といった感じである。
「どうしたの、ご飯足りなかった? わたしのおかず分けようか」
「違うちがう。次の授業で使う教科書にチェック入れたくて、それを引き出しから取りたいの。人を食いしん坊キャラみたいに言わないで」
「ふふ、ごめんね。千鶴ちゃんはどちらかというとアル中だもんね。手の震えは大丈夫? やばいときは理科室に行きなよ、エタノールあるし」
「そこまでじゃないよ! ちゃんと昨日の夜で止めてるから十二時間禁酒してる!」
先生、それは禁酒とは言いませんよ……当たり前です、社会で働く大人として。
「琴音ちゃん、私はいいけど西元先生をあまりからかわないでね? 幼なじみじゃないんだから」
「分かってる、まだイジってないし」
「十分イジってる、あとまだってなんだまだって」
「これが初めてのイジりだよ、ハルちゃん」
「こいつ……」
学生のとき生徒にイジられている先生をよく見かけたが、まさか自分がその立場になるとは思ってもみなかった。しかも松下先生はどちゃくそ笑ってるし……
「もう、コントみたいなことやめてよ。教頭先生には聞かれないようにするんだよ」
「分かってるよ。準備頑張ってね」
「西元先生も、ちゃんと叱るときは男らしくしてくださいね」
「は、はい……」
教科書を取った松下先生はヒールの音をコツコツと鳴らしながら職員室をあとにした。自然と後ろ姿に目が行く。モデル顔負けの体型とはお世辞にも言えないが、引き締まったその姿に視線は釘付けになってしまう。
「千鶴ちゃん、スタイルいいよね。胸も大きいし」
「ノーコメントで」
「ヤりたいって思う?」
「……さすがに怒るぞ」
ごめんごめん、と悪びれた様子もなく染石は言う。
「若葉のはなし、だっけ」
「ああ、もう一つ聞きたいことがあったんだ。染石は松下と仲がいいんだろ? だったらなんで一緒に食べないんだ?」
「……あー」
ここに来て初めてあの染石が言葉を詰まらせる。饒舌口軽テキトーJKだと思っていた彼女がだ。
「若葉って昼ご飯は一人で食べたい主義なんだよ。千鶴ちゃんやわたしが騒々しいからさ、静かな時間が確保したいってね」
「ほんとうか? イジメとかそういうのではないよな」
「ないない、赴任して一ヶ月近くなるんだから分かるでしょ。若葉がどれだけ頼られてるのか」
たしかに松下は厚い信頼を受けている。染石がいい意味で緩く楽しい雰囲気を作り、その反面真面目な話や学問方面を松下が補うというのが僕が受け持つクラスの形になっている。もちろん二人だけの力だけとは言えないが、大きく秀でているのはこの二人と言っていいだろう。
「たしかに松下はすごい。だけど僕の見えないところでどういう立ち位置なのか不安になるときだってある。先生とはいえただの人間で、ましてや四六時中生徒を見てやることなんてできない。だから染石が毎日ここでご飯を食べるのを見続けてたら心配になったんだ」
「ハルちゃん、実はよく考えてるんだね」
「そりゃ人間にとって大切な時間だからな。実際この時期に歯車が狂っておかしくなった人間を見てきたし、僕の性格だって中高で固められたみたいなもんだ」
「ふーん、いい先生してるじゃん」
「そう思うならイジるのをやめろ。たしかに性格は固まったがまだ先生としてのカーストは決まってないんだ。染石のせいでザコ教師と思われたらどうすんだ」
「その時は責任取ってあげる」
またテキトー言いやがって。女の子がそう簡単に責任がどうこう言うものではない。しかも、染石みたいな美人がいうと破壊力が違うから。
「ところでハルちゃん」
「なんだい
「千鶴ちゃんのこと好きでしょ」
「ブホッ――」
唐突な問いにお茶を吹き返しそうになる。ていうかなんで知ってんだよ……
「やっぱり、分かりやすいんだよね。千鶴ちゃんと話すときずっとオドオドしてるし」
「そ、そんなわけないじゃろ!」
「ロリ鬼?」
「そもそも松下先生は高嶺の花だ。僕は勝てないレースにはかけない主義なんだよ」
あー、なに強がり言ってるんだ。自分で言って悲しくなってきた。
「たしかに見た目は飛び抜けていいけど、中身はポンコツじゃん。家事はほとんどダメだしお酒ばっか呑んでるし、極めつけに性格が悪い」
「随分めちゃくちゃに言ってくれるな……」
「事実だからね。それがいいっていう男もいるけど、大人の恋愛でそれはどうかと思うし」
「うーん、それはそうだけど」
「それでも好きなんだ」
「うっ……」
「ハルちゃんも意外とバカなんだね」
「そうかもしれんが口に出すな」
染石の言い分もわかる。確かにあの人は中身はお世辞にも良いとは言えない。それでもやっぱり……
「まぁ、人の色恋沙汰にあれこれ言うのは好きじゃないから止めたりしないけど、優柔不断はやめてよね」
「優柔不断ってどういうことだ?」
「仮に千鶴ちゃんに振られたからって、若葉に目移りしないでってこと。あの子はわたしの親友だから、悲しむ姿は見たくないんだよ」
「そんなこと、するわけないだろ」
「絶対に?」
「ああ、絶対にだ」
そう――染石はそういうと、そっと弁当箱の蓋を閉めた。
「それだけ聞ければ、わたしは十分かな。若葉を傷つけないなら千鶴ちゃんとの恋、応援してあげる」
「だ、だからそんなのいらな――」
「じゃあ、行くね」
染石は俺の言葉に耳を貸さず職員室を出ていった。
松下先生に変なこと言わなきゃいいんだけど……
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