第3話 不味いものはまずい

 ーー僕の名前は宇津野 進うつの すすむ。17歳。

 宇津野家の長男を立派に務めながら、都立双木なみき高等学校に在学中の高校二年生だ。

 好きな食べ物は期間限定コーラ味のポテトチップスで、嫌いな食べ物は野菜である。

 

 野菜というのは実に不味い食べ物だ。

 土で栽培されたせいか味がとてつもなく苦い。

 おまけに着色料を塗りたくったような色をしやがって、一体誰があんなもの作り始めたんだ。

 

 だが人間は残酷な生物である。

 野菜を体内に摂取しないと健康的に生きられない体になっているのだ。

 何故こんな体にしたんだと今すぐ神に問い詰めたいところだが、それは叶わぬ夢である。

 

 おっと、話がズレてしまったな。

 まあ自己紹介はここら辺にしておこう。

 他に聞きたいことがあったらなば僕に手紙やらメールやら送っておいてくれ。


 それでだ、話が変わるが僕は今ドアの前に立っている。

 両脚を震わせながら、両腕でドアを覆って外部からの侵入を拒むようにしているんだ。

 何故かって? 理由は聞かないでくれ。

 今僕は理由を考えている余裕がないんだよ。

 だってほら…… こんな状況になってしまったんだからーー。


「よう人間! お前はここの住民か?」


 頭に角を生やした、まるで悪魔みたいなちびっ子が手を挙げて元気よく挨拶をしてきた。

 取り敢えずこいつを悪魔くんとでも名付けておくとしよう。

 そんな悪魔くんに僕は目を細めて冷たい視線を送る。


「気安く僕に話しかけるな。僕は今忙しいんだ」


「忙しい? じゃあなんでドアの目の前で張り付いているんだ? 忙しそうには見えないけど?」


 悪魔くんに本質を突かれた僕は「うぅ」と言葉を漏らしてしまった。

 だがすぐに切り替えて、全く動揺していない素振りを悪魔くんに見せつける。


「違う。これは朝のルーティンだ。ドアに張り付くのが毎日の日課なんだよ」


「へー。変わったルーティンをもってるんだな。でもさっきから様子が変だぞ? なんでそんなに焦っているんだ?」

 

「あ、焦ってる? この僕が? ふん。そ、そそそそそんなことあり得ないね。デタラメなことを言わないでほしいものだ」


 な、なんだってー! 

 何故僕が動揺しているのをこいつは知っているんだ!? 

 今僕は完璧なまでの平常心を装っているのに、まさか見破られたと言うのか!?

 僕は今にも溢れ出しそうな汗を我慢しながら、悪魔くんを見下ろした。


「いやだってさあ、凄い脚震えてるし、めっちゃ噛んでるじゃん。それに心も動揺の色で埋め尽くされてるよ」


「動揺の色? ハッ、笑わせないでくれ。今僕は冗談を受け入れられる状態にいないんだよ。なんだってルーティンの最中だからね」


「そうかー? まあそれはどうでも良いや。取り敢えずそこどいてくれないか? 向こうに行きたいんだけど?」


「ゲッ!?」


 悪魔くんが放った突然の言葉に僕は一瞬焦りを見せてしまうも、頭をフル回転させてそれっぽい言い訳を作る。


「いいや、無理だね。僕のこのルーティンが終わるまであと30分はかかる。残念だけど諦めてくれ」


「えー! 30分も待てないぞー」


「30分すら待てないなんて、とんだお子ちゃまだなぁ」


 僕も30分なんて待てないんですけどね! 

 あー、お腹が空いたよー。

 助けてママー。


「それとも何か、急ぎの理由があるのかな?」


「あるぞ! 実は今とってもお腹が空いているんだ!」


 悪魔くんは両手を腰に当てながら自慢げに空腹をアピールしてきた。

 何故自慢げなのかは知らないが、今この部屋を出られるととても困る。

 もしもこの部屋を出られたりでもしたら、ある意味世界が滅ぶかもしれない。


「お腹が空いてるだとぉ? さっき僕の大事な大事なポテトチップスを食べたくせに、何抜かしてるんだぁぁ?」


 先ほど大好きなポテチを食べられてしまった僕は、少しイラッと来てしまい高圧的な口調で喋りかける。

 ちなみにだが、結局期間限定コーラ味のポテトチップスは全て食べられてしまった。

 これでもうあれを食べれるのにあと一週間も待たなきゃいけない。

 はぁ、今日は厄日確定だ。こんな不幸な日、生まれてこの方初めてだよ。


「でもあれ食べ物じゃなかったぞ。だからあれはノーカンだ」


 僕は、その一瞬だけ自分を忘れてしまった。

 なんとかギリギリまで保っていた糸が、我慢の限界を迎えてプツリと切れてしまったんだ。

 楽しみにしていたものを勝手に食べられ、その上これ以上ないほど侮辱されたのだ。

 怒りが頂点に達した僕は、無意識にドアから離れ悪魔くんに襲いかかった。


「なんだとこのガキィィィィ!! 大人の力を思い知らせてやる!!」


 僕は悪魔くん目掛けて真っ直ぐに走り出した。

 そんな僕の姿を見て、悪魔くんは待ってましたと言わんばかりに悪魔的な笑みを浮かべる。


「隙あり! 今ならドアに近づけるぞ!」


「なにーー!!」


 何と僕がドアから離れて走り出した瞬間、悪魔くんも同時にドア目掛けて走り出したのだ。

 予想外の行動と悪魔くんの小ささも相まって、僕は悪魔くんを取り逃がしてしまう。

 そしてそのまま僕の股をくぐり抜けた悪魔くんは、思いっきりジャンプするとドアノブに捕まった。


「へへっ、楽勝楽勝!」


「ま、まずい!」


 まずい。これは本当にまずい。

 どれほどまずいかと言うと、野菜ぐらい

 もし悪魔くんがドアを開けて、下に降りてママに見つかりでもしたら…… この世の終わりだ。


 だって、だってーー、こいつら絶対人間じゃないんだもん!!

 絶対そうじゃん! こんな小さい奴が人間なわけないじゃないか! 

 ネズミが突然変異したならまだ言い訳できるかもしれないけど、言葉を喋るのは完全にアウトだろ!

 

 俺だってびっくりしてるよ! 

 びっくりしすぎて今にも心臓止まりそうだもん!

 でもなんとか「これは夢だ」って自分に言い聞かせて我を保ってるけど、もう無理! 限界!

 それにまだ俺だけならまだしも、ママに見つかって大事にでもなってみろ、世界中が驚いて地球も丸から四角になっちゃうよ!


 僕はとても、これ以上ないほど焦った。

 悪魔くんはもう既に半分ドアノブを回している。

 これ以上先に進まれてママに見つかったらもうお終いだ。

 なんとか、なんとかして悪魔くんを食い止めないと!


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


「?」


 僕は右手を前に出しながら悪魔くんに向かって叫んだ。

 僕の叫び声を聞いた悪魔くんは、首を傾げて不思議そうな表情でこちらを見てくる。

 僕はそのまま下を向いて礼をすると、追い込まれて本能的に思いついた言葉を悪魔くんに投げることにした。


「お料理、只今お持ちさせて頂きます」


「うむ、良きに計らえ!」

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