第21話 自暴自棄

 

 あれから、彼女から時折内線が来るようになり、話す機会か増えた。

 勿論、仕事の件での内線なのだが、仕事だろうがなんだろうが、彼女と繋がりを持てた事が俺にとってはとても嬉しかった。


 彼女と話をしてみて感じたのは、学生の時よりも随分と大人になって、広い視野を持てるようになっていたということ。それと後天的かもしれないが、明るく楽しい性格で、意外と口が悪くて、結構姉御肌だということ。


 でも本質は変わっていなくて、優しい口調に細やかな気遣いが会話の端々に滲みでていて、話をしやすいということ。


 彼女の声のトーン、話し方、雰囲気の全てが俺にとって心地よく好ましかった。


 そして最近では、少しばかりだが仕事の話の合間に、素の彼女を見せてくれるようになった。

 内線ついでに雑談もしてくれるようになったし、案件票が戻ってくる時に、手書きのメッセージと可愛らしい猫のイラストを添えてきてくれたりと、少しずつ距離が近づきつつある事が、俺は何よりも嬉しかった。


 そうなると、会いたい、話したい、という気持ちが募る。

 勢いに任せて、何度か第一営業部へ足を運んだこともあるが、いつも彼女は外出していてタイミングが合わなかった。

 これだけ噛み合わないと、ヘタレで臆病な俺は敢えて、自分から行かなくても、彼女から来てくれるだろうと一歩退いてしまう。

 他の女には強気でいけるのに、彼女相手ではこの体たらくだ。


 それもそのはず、俺は男女の駆け引きやその他の経験値は異様に高いが、恋愛の経験値に関しては全くの未経験0な訳で……実際、どうしたらいいのかわからないのだ。



 何としてもきっかけを掴みたい俺は、多忙ながらなるべく会議には参加するようにした。

 時間通りの参加が難しい俺は、遅れて入り早く出るので、マネージャー席には行かず、いつも最後尾の窓際の端の席に座って、後ろから彼女の姿を眺めていた。


 彼女は入社4年目で更に昇進し、春からサブマネージャーとなった。その姿は、もう過去に出会った時のような自信なさげな姿ではなく、自信に満ちて堂々として、その凛とした立ち姿は遠目に見てもわかるくらいに、本当に美しくなった。

 俺は、まだ遠くからしか彼女を見ることが出来ていない。そろそろアピールしても良いとは思うのだが、相変わらずのヘタレっぷりには失笑しかない。


 彼女と関わるようになった数ヶ月間で、想っていただけの時よりも、もっともっと彼女のことを好きになっていた。彼女の全てが俺を魅了してやまなかった。


 同時に、好きになればなる程、彼女と恋人の事が引っかかり俺はどんどん心を苛まれた。


 鈴木は彼女と付き合っていて、宮田とも付き合っている。

 しかも、松本と宮田の話によると、どうやら宮田が本命のようだった。

 仕事も出来て気配り上手で、素敵で可愛らしくもある彼女を蔑ろにする意味がわからないし、到底許す事など出来なかった。


 そもそも、宮田に乗り換えた時点で、お別れするのが礼儀だと思う。きちんとケジメをつけていない時点で、人として最低だ。


 そして、俺はその人として最低なやつに好きな女をとられたのだ。地味にへこむ。


 そんなある日、たまたま接待の帰りに、歓楽街で楽しそうな彼女と鈴木が連れ立って歩く姿を見てしまい、俺は鈴木に対する嫉妬心でおかしくなりそうだった。

 彼女を裏切っているあいつが隣にいる事が許せなかった。


 何故彼女の隣にいるのが自分ではないのか、何故彼女を笑顔にしているのが俺ではないのか、と心が張り裂けそうだった。


 何のアピールも出来ていないのだから、当たり前と言えば、当たり前なのだが……



 春から同棲予定だった鈴木と宮田だが、夏前に家は借りたが、鈴木の昇進に伴い多忙になったようで、まだ鈴木が引越しが完了していない状態だと、先日書類を持ってきた宮田がぼやいていたことを思い出した。


 ただ、ほとんど二人の部屋に帰宅していて、ほぼ同棲状態だそうだが、月1程度で引越し前の家に外泊する事があるそうだ。俺はそこに、二股を解消していない鈴木の狡さを感じずにはいられなかった。


 同棲初めてまだ数ヶ月…今が一番甘い時期なのではないか?何故彼女と連れ立っている?真っ直ぐ宮田のところへ帰ったらいいのに。今日がその月に1度の外泊日なのだろうか。


 この後、二人はどこにいくのか…彼女は鈴木の部屋に行くのか?この後、彼女は鈴木とセックスをするのか?


 あいつに抱かれる彼女の姿を思い浮かべるだけで、怒りと嫉妬で頭が沸騰する。

 嫉妬に狂う俺の思考は、後から後から際限なく湧き上がる黒い感情に支配されていった。


 その日、俺は久しぶりにBARで知り合った、彼女に雰囲気が似ていた女とセックスをした。彼女が鈴木に抱かれている事を考えたくなかった。



 その女は雰囲気こそ彼女に似ていたが、話し方や見た目の感じは全然違う。だが、顔を見なければ彼女だと思って抱けた。

 久しぶりの人肌が気持ちよくて、俺は狂ったように女を後ろから何度も求め、心の中で何度も彼女の名前を呼び、好きだと告げた。

 何度目かの吐精の後、力尽きてベッドに沈むと、女が甘えてきたが、すっと感情が冷めきるのがわかり、絡めてきた腕をやんわりと去なす。また会いたいと言われたが、無視してホテルを後にした。


 気持ちよさと安心感を得た引き換えに、残ったのは自己嫌悪と後味の悪さだった。

 しかし、俺はその快楽と一時的な心の安定を求める欲望に抗う事ができなくなっていた。



 その日を境に、俺はまた適当に女を見繕ってセックスをする、爛れた生活をするようになった。


 特に、彼女と内線で話した日の俺は酷かったと思う。

 声を聞くだけで気持ちが溢れ出し、同時に孤独感に襲われる。そして彼女の笑い声を聞くだけで、あの日の光景が目に浮かび嫉妬心が頭を擡げた。


 その日は、頭の中で彼女を酷く凌辱したい想いが心と頭を占め、引っ掛けた女を乱暴に抱いた。


 ただ以前と違うのは、一晩限りを徹底し、行為が終われば帰宅する、宿泊はしない。そして、特定の誰かを作ることはしなかった。いや、作ろうとも思わなかった。


 どんなに気持ちのいいセックスをしても、隣にいるのが彼女ではないとわかると、途端に冷めてしまう自分がいた。


 こんな最低な事をしていても、俺はまだ彼女を諦める事が出来なかったから、後腐れのない関係しか持たなかったのだ。もう滑稽でしかない。


 こんなことなら、恋なんて知らなければ良かった。

 愛だの恋だの執着だの、無縁の人生だと思っていたのに、他人に無関心でいられれば、こんなに心が乱される事などなかったはずだ。



 虚しい…淋しい…苦しい…

 どうしたら救われる?どうしたら彼女を愛し愛される?

 それとも俺には愛される資格はないのか…



 こんなの狂っている。これでは彼女を壊しかねない。それなのに…俺はまだ彼女を求めている。


 心が壊れてしまいそうだった。だから、俺は考える事を放棄して、日中はがむしゃらに仕事をして、夜は激しくセックスをする。家に着いても淋しさと孤独感からほとんど眠れない日々が半年程続いたある日、俺は会社で倒れた。

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