【閑話】猫さん案件の猫マークの発案者

 

 本部長との密約通り、俺の獲得してきた案件は、須らく彼女へアサインされた。


 俺がこの為に数ヶ月溜めておいた案件を、全て彼女に回したので、向こう3ヶ月彼女は、ほとんど俺の案件しか手をつけられないはずだ。

 なんだか、彼女が俺のものになった気分で気持ちが昂揚し、自然と頬が緩む。


 彼女は第一営業部のエースなので、今までもそうだが、これからも俺以外の案件をやる事もある。

 俺だけの案件専属でいて欲しいが、会社的にはそうもいかない現状は理解しているつもりだ。


 ただ、理解と気持ちは別物で、自分でも相当女々しいとは思うのだが、俺の案件を他のとは区別して、あわよくば俺の事を気付いて欲しいという気持ちが芽生えてきている。


 今までそんな事を思ったことはなかったし、たかが案件くらいでと思っていたのだが、今は彼女が打ち合わせ等で他の男と話をすることすら、考えるだけで嫉妬でおかしくなりそうだった。

 どうしても承服することが出来ない狭量さに、思わず嘲笑する。

 どうやら俺は、自分では気が付かなかったが、相当独占欲が強いようだ。


 さて、ではどうやって他の案件と区別する?


 案件の精度については、他の案件とは一線を画しているのは自負している。精度の高い案件でアピールするのは勿論、パッと見て他の案件に埋もれてしまわないように、存在をアピールする為にはどうするか。


 案件票には担当も明記してあるし、確認印も押してあるが、それだけではファイリングしてしまえば埋もれてしまう。


 それならばと、案件票にわかりやすい俺だけのマークを付けて渡すことにした。


 俺だけのマーク…何が良いだろうか?


 あれこれ思案していると、宮田が横から資料を差し出してきた。

 宮田には何故かあの一件からすっかり懐かれてしまい、時折、こうして資料作成の手伝いをしてくれている。



「猫のマークとかいいんじゃないですかねぇ?」



 その資料に目を落とすと、左上のホッチキス留めの箇所が猫の顔のマークで囲ってあった。



「これなら、ファイリングした時も、バッグの中にあっても、バッチリ猫のマークが見えますよ。猫実さん案件って感じがしませんか?」



 なるほど。確かにこれならパッと見てわかるだけでなく、かなりの存在感だ。さすが女子、着眼点が違うなぁと感心する。



「宮田さん、偶にはやるね。」


「偶にではなく、いつもやるね、ですよ。猫実マネージャー。」



 上目遣いで言うところは以前と変わらないが、その目に媚びはない。


 あれから管理本部では社内イジメに対しての内部調査があり、宮田に対してのみではなく、過去にも遡って定期的にイジメが行われていた事が発覚した。


 イジメの主犯格や関係者は全て、懲戒処分と地方支店への移動となり、今の管理本部は非常に風通しが良くなった。

 宮田も随分と仕事がしやすくなったようで、生き生きとしているように見える。



「ははっ、そうだね。しかし、宮田さん、この数ヶ月で随分と成長したね。」


「そうですねぇ…仕事回ってこないし、嫌がらせされるしで半ば自暴自棄になっていたところを瀬田さん、小林さん、猫実さん…皆さんに救っていただきましたから。これからは、微力ながらお手伝いさせて頂きますね。あ、勿論、お仕事ですよ。この間みたく、迫って来ないで下さいね?」


「ははっ、安心して。男がいる女に手を出す程、相手に困ってないからね。それにしても、頼りになるなぁ。」



 実際のところ、宮田の仕事は丁寧で卒がなく、非常に完成度が高かった。仕事の面では、安心して仕事を任せられる。

 俺が悪戯っぽく言うと、宮田は顔を真っ赤にして慌てた。



「ちょ、猫実さん、男ってどこまで知ってるんですか?」


「んー、君が誘惑した男達のこと?それとも恋人のこと?」


「……それは全部知ってるって事ですかね……。うわぁ、恥ずかしい。」



 狼狽える宮田を見て、少し考える。

 ここで宮田を焚き付けて、鈴木と完全にくっついてくれれば、俺が彼女を手に入れても誰も文句を言うやつはいないだろう。


 俺は狡いやつだな、と自分に嘲笑する。



「恋人の鈴木を大事にしなよ?なんだったら、結婚でも迫ってやればいい。」


「……猫実さん、迫るって、怖いこと言わないでください。鈴木さんと結婚…考えてますよ。春になったら同棲も始めるんです。」


「……へぇ。それはおめでとう?でいいのかな?」


「ありがとうございます。今も半同棲状態なので、ケジメを付けようって鈴木さんが言ってくれて。」


「ふっ、ケジメね…」



 すっと俺の表情が消え、その後に苦虫を噛み潰したような顔になった事に気がついた宮田は、話を続けた。



「浮気相手とか、時間がかかっても全部切ってくれるって約束したので…私もどこか、彼もやってるんだからって思いがあったのは否めないですし。それに、寂しがり屋の彼を愛せるのは私だけだと思ってますしね。」



 宮田の口ぶりを聞くかぎりだと、恐らく二股の件は知らないのだろうと推測できた。

 それならば、宮田を責めるのはお門違いというものだ。俺は言葉を飲み込んだ。



「そうか、それなら俺のためにも早いところ結婚して身を固めてくれ。」


「まぁ、早く結婚したいので善処しますが、猫実さんのためですか?」


「ははは、そうそう、俺のため。」


「意味が分からないですー。何でですか?」



 本気で分からないと言う顔して食い下がってくる宮田を軽く往なす。



 本当に早く結婚してくれ。俺が彼女を手に入れるためにも…


 俺は心の中で呟いた。



「さっきのマークの件だけど、俺の案件の猫マークは今後も発案者の宮田さんにお願いしようかな。」



 仕事の話に無理やり引き戻し、宮田に打診すると宮田は破顔し、嬉しそうに返事をした。



「はい、しっかりやらせていただきます。任せてください♡」

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