第19話 ミッション完了※
「猫実さん、照れてます?」
顎に手を当てて黙って考え事をしている俺の態度を、肯定と捉えた宮田は、俺の腕にするりと自分の腕を絡め、胸を押し付けてきた。
嫌悪感しかない俺は、少々乱暴に腕を振りほどき、宮田と距離をとる。
「んー、照れてるように見える?宮田さん、僕は上司だからね。距離感考えてね。 」
「うふ♡可愛い♡やっぱり照れてるんですね♡後でコーヒー入れるので、マフィン一緒に食べましょうね♡」
「うん?君話聞いてる?」
「猫実さんこそ聞いてます?いくら照れててもお誘いには返事をするのが礼儀ですよ?」
ぶりっ子をしながら宮田は俺に詰め寄り、上目遣いでむくれた。
駄目だ、この女には日本語が全く通じないようだ。
それならば…少し懲らしめてやろう。俺の心に酷く残虐な感情が湧きあがった。
何年ぶりだろうか。誰でもよくて手当り次第に遊んでいた頃の感覚を呼び覚ます。そう、この感じ。いつもセックス相手の女を誘っていた時の様に、声と表情に色を込めて艶然と笑み甘く耳元で囁いた。
「ふぅん、お誘い…ね。何?君、俺に抱かれたいの?」
「……えっ…」
「夜まで待てない?今ここでセックスする?別に俺は構わないけど。」
突然ガラリと変わった俺の豹変に、宮田は吃驚したのか顔を真っ赤にして飛び退いた。
逃がさない。完全に
俺は艶っぽい笑みを浮かべながら、宮田をジリジリと壁際に追い立て、壁と俺の間に閉じ込める。そして、右手で宮田の顎を捉え、欲を灯した瞳で見下ろした。
「宮田さん、俺の事誘惑してるのかな?今までそうやって、何人の男を誘ってきたの?」
「わた…しっ、そんなこと……」
「ふぅん、さっきからさ、潤んだ瞳で見上げて?この胸押し付けて。あぁ、その唇はキスを強請ってるのかな?そんな事されたら、男はみんな勘違いするよ。わかっててやってるよね?」
「そ、そんなつもりじゃないんです…」
「じゃあどんなつもり?ねぇ、俺に火をつけたんだからきちんと責任とってくれるよね?」
酷く狼狽える宮田の唇が、触れるか触れないかの距離まで顔を近づけ、艶っぽい声音で囁くと、腰を抜かしたのか宮田は床にへたりこんでしまった。
その宮田を抱えて立たせ、俺はネクタイを緩める。髪を掻き揚げ、首元にふっと息を吹きかけて囁いた。
「で、どうする?ご希望なら、今すぐここで何もわからなくなる程善がらせて、めちゃくちゃにしてあげるよ?あ、俺、上手いから安心して委ねて?」
そう言うと、俺は秋波を送りペロリと舌なめずりをした。
「ひっ……」
宮田は恐怖でガタガタ震えながら、声にならない悲鳴を上げ、再び床にへたりこんだ。
俺はそんな宮田に冷ややかな目線を送った。
「君はもう少し男を知った方がいい。そうやって思わせぶりな態度を取れば、誰でも何でも言う事を聞くと思ったら大間違いだよ。わかったら二度とこんな真似はするな。」
それだけ言うと、俺はマフィンをテーブルに置き会議室を退室した。社用ケータイで小林に電話をする。
事情を話すと、直ぐにフォローに回るとのこと。小林との通話を切った後、瀬田にも電話をする。
瀬田は、了解、と一言だけ言った。
◇◇◇
午後一に屋上で瀬田と合流し、事の顛末を伝えると、瀬田は楽しそうにくつくつと喉を鳴らし笑った。
「へぇ、あの宮田がそんな反応したんだ。」
「釘は刺したよ。だいぶ強めに。これで懲りてくれればいいんだけどね。後は、仕事の覚えか…こればっかりは俺には無理だぞ?」
「いやいや、ひとまずは十分だろ。まぁ、もし、セクハラで訴えられたら
あ、確かに。男の怖さを分からせようと強硬手段に出たが、一歩間違えたら…というか、やってる事は完全にセクハラに当たる。考えたらゾッとしたが、十中八九、宮田から声は上がらないだろうという確信があった。
そんな事になれば、宮田に散々弄ばれている他の男共が黙っちゃいない。勿論、鈴木も。
自分の身が可愛いのであれば、黙っているしかないのだ。
そこまで計算しての行動なので、特にセクハラの件の心配はしていないが、万が一にも、彼女の耳に入るのは困る。非常に困る。
少し考えて、瀬田にも根回しをしておく事は大事だな、と結論付ける。
「セクハラかぁ……そうなったら仲原さんに伝わるよなぁ…うん、その時は全力で頼むわ。」
「うわ。お前の基準は仲原さんなの?」
「当然だろ。何を言ってるんだ。」
俺はキリッと毅然というが、瀬田は若干呆れ顔をしながらボヤいた。
「……早く告って玉砕してこい。」
「あ、そうだ。瀬田、サポートの件だけど、進捗次第では明日までで全て片付きそうだから、とりあえず明日いっぱいで大丈夫そうだよ。」
瀬田の嫌味は綺麗にスルーする。
実際、小林のサポートのおかげで溜まっていた書類関連は順調に片付き、予定していた仕事もほぼ完了に近い。この調子なら少し前倒しに仕事を繰り上げられそうだった。
宮田もこのまま俺と仕事をするのは気まずいだろうし。そう思っての提案だったが、瀬田から意外な言葉が返ってきた。
「その件なんだけど……猫ちゃんさ、このまま宮田をもう少し預かってくれると助かるんだよね。1ヶ月程…無理ならせめて、当初の予定通り今週一杯。」
「まぁ、仕事は沢山あるから、俺は別にいいけど…小林も?」
「うん。その小林からの希望もある。後は…」
瀬田の話だと、どうやら宮田は仕事の覚えが悪いのではなく、禄な仕事を回して貰えていなかったらしい。
出来ないのではやく、やった事がないから仕事が出来なかっただけのようだ。
小林が付きっきりで仕事を教えた結果、実は物覚えもよく、非常に優秀な人材だったと判明したらしい。この機会にみっちり仕事を叩き込みたいとの小林からの希望があり、管理本部としても人材を育成することは是なので、このまま育つまでサポートに就かせたいようだった。
それにしても……
「やっかみか…」
「だな…」
好みの問題はあるにしても、一般的に宮田はかなり可愛い部類に入る。そして、あのぶりっ子…男にモテるのは確かだろう。
その結果、他の女子社員からやっかまれ仕事を回して貰えていなかったようだ。
管理本部は半数以上が女子社員のため、偶にこういった社内イジメ的な事が起こるのだろう。大半は気が付かず、対象の社員が退職して終わりだが。
今回のことで、そう言った行為が陰で行われていた事が浮き彫りになったのだから、これから内部調査や是正措置などが取られ、管理本部は忙しくなるだろう。だが、それは管理本部の問題であって、俺には関係ない。瀬田が頑張ればいいことだ。
何れにしても、本部長から俺へのミッションは完了というわけだ。
非常に疲れた。たった1週間預かるだけで、この疲労感はなんだ…
俺はタバコを1本取り出し、火を着けた。深く息を吐きながら、瀬田に言う。
「なぁ、瀬田。奢れよ。」
「あぁ、終わったら飲みに行こう。」
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