第18話 管理本部からのサポート要員

 

 瀬田と飲んだ翌日の午後、早速管理本部から二名派遣されてくるため、俺は小会議室にて作業して貰う書類を精査していた。


 期間は来週いっぱいまでの7営業日。

 俺のサポートは同期でベテランの小林 加奈子がメインではいり、サポートのサポートに入社2年目の問題社員 宮田 花音が入ることになっていた。


 取り急ぎ、至急の書類と来週までのものを分け終わり、一息ついていたところ、会議室の扉を叩く音がした。



 トントン



 時計を見ると約束の15時にはまだ早く、念のためグループウェアの会議室使用状況を確認する。スケジュールにはこの会議室の使用予定は俺以外入れていなかった。

 とりあえず入室の許可をすると、小柄なゆるふわ女子社員がドアを開けて入ってきた。


 綺麗に巻いた明るい茶色の髪と、ぱっちりと大きな瞳に長いまつ毛。頬は桃色でぷっくりツヤツヤ唇…少し派手目なネイル。

 服装は…清楚系だが、胸をしっかりと強調している。

 そして、この媚び媚びの上目遣い。


 なるほど、松本が女子力半端ないと言っていた意味がわかる。これは男がコロッと行くのもわからなくはないが、瀬田の言う通り、俺は間違いなく手を出さないタイプだ。

 俺が黙っていると、宮田は躊躇なくストンと隣に座り、身を乗り出し上目遣い気味に話しかけてきた。



「管理本部から来ました、宮田 花音です♡憧れの猫実マネージャーのフォローに入れるの楽しみにしてました♡よろしくお願いします♡」



 そう言いながら軽いボディタッチがあり、俺は反射的に眉を顰めた。

 やんわりと触れられている手を腕から手を外し、形式的な挨拶をする。



「あ、あぁ……よろしく頼む。ところで、小林は?」



 ドアの方へ視線を送るが、一緒に来るはずの小林の姿がなかった。後から来るのだろうが念のため聞いてみると、宮田は片目を瞑り舌をちろりと出して、てへっと笑った。



「猫実さんに早く会いたくて、私だけ先に来ちゃいました♡ダメでしたかぁ?」



 瀬田の言っていた明らかに男を意識した態度これか。

 こう言えば男心が擽られ、言うことを聞いてくれる事がわかってやっているのが見受けられる。

 くねくねと撓を作り媚びる姿勢に、俺は厭悪の眼差しを向けるが、当の本人は全く意に介していない。



「いいかダメかというより…普通は上司と一緒にくるからね。この事は小林さんは知っているのかな?」


「えっと、机にメモ置いてきましたよ?それもダメでしたかぁ…花音、無知でごめんなさい♡」



 そう言ってしゅんとした態度ポーズをするが、全く反省していない事は明らかだった。初っ端からこれでは先が思いやられる。


 そうこうしているうちに小林が入室してくる。顔には既に疲労の色が浮かんでいた。



「あ、宮田さん…探したわよ。勝手に先に行かないでよ。とりあえず、コーヒー3つ。用意してきて。」



 そう言いながら宮田を押しのけ、俺と宮田の間に椅子をねじ込ませてきた。



「えー、コーヒー花音がいくんですかぁ?小林さんが持ってくればよかったのにぃ。」


「つべこべ言わずにはよ持ってくる!」


「はぁーい、わかりましたぁ。あ、猫実さんはお砂糖とミルクは要りますか?」


「あ、あぁ…砂糖1つにミルクは2つで…」


「うふ♡猫実さんって甘党なんですねぇ♡可愛い♡」



 小林の指示にいたく不満気な様子で、宮田が拗ねたように言う。俺はそのやり取りをポカンとして見ていた。

 なんだこれ…仕事を舐めているとしか思えない。非常に不愉快極まりない。隣の小林はもはや苛立ちを隠すつもりはなさそうだ。



「宮田!は・や・く・い・け!」


「……はぁい」



 宮田は不貞腐れたようにそう言い、一旦会議室を退室した。途端に、小林は額に手を当て大きく溜息を吐き、そして、顔の前で手を合わせた。

 俺は申し訳なさそうに手を合わせる小林に、憐憫の視線を投げかける。



「猫実くん、ごめんなさい…早速迷惑かけてる…」


「いや、小林が悪い訳ではないよ。しかし瀬田から聞いてたけど……アイツいつもこんな感じなの?既に先行きが不安しかない…」


「はははっ…猫実くん、本当に申し訳ないけど、1週間よろしくね!」


「うーん、善処はする。」



 俺はそう言い思わず天を仰ぐ。こうして不安だらけの1週間がスタートした。




 ◇◇◇




 木曜日に宮田と強烈な対面を果たしたが、金曜日は終日外出のため、比較的平和な一日だった。帰社したデスクを見るまでは…


 書類関連を二人に一任して外出してしまったことを、多少申し訳なく思いつつ自席に戻る。

 パソコンの電源を付け、デスクトップのモニター画面に目を移すと、堂々とモニターのど真ん中に、宮田のプライベートケータイ番号入の名刺が貼られていたのだ。ご丁寧に♡マークが沢山の。


 普通の男はこれを見て、勘違いなり舞い上がったりするのだろうが、俺はそれを見ても何とも思わなかった。剥がして即シュレッダーにかける時も、勿論何の感情も動かなかった。我ながら冷血漢だと思う。

 淡々と事務的に処分したことにも一切罪悪感はなかったし、特に相手のことを思うことはなかったが、喉の奥に何かが貼り付いたような後味の悪い不快感だけが残った。

 不快感であろうと、彼女以外の女が、少しでも心に作用する事に我慢がならない。


 力なく椅子に座り、天井を見上げ顔を覆う。



「はぁ…名月……君の事しか心に入れたくないよ…」



 とめどなく溢れ出す気持ちを抑えきれず、誰もいないオフィスで俺は呟いた。




 ◇◇◇




 週の始めの月曜日。出社すると、机の上に可愛らしいラッピングの袋がちょこんと乗っていた。ご丁寧に手書きのカード付きで。これが何かピンときた俺は朝かゲンナリする。


 "甘党の猫実さんのために作りました♡休憩時間に食べてください♡ 今日はお弁当も作ってきたので、お昼休みに渡しますね♡ kanon"


 中には手作りと思わしきマフィンが数個入っていた。確かに甘いものは好きだが、手作りは勘弁して欲しいところだ。

 しかも頼んでもいないのに、お弁当まで…俺はガックリと項垂れる。差し入れられたマフィンを手に、作業用に押さえていた会議室へ歩を進める。

 会議室に入ると、俺に差し入れた物と同じマフィンを食べている宮田がいた。



「あ、猫実さん♡おはようございますぅ♡」



 宮田は相変わらずの上目遣いで俺の傍に早足で駆け寄り、軽くボディタッチをする。

 その途端に、俺の中からすっと感情が失せていくのを感じた。



「はいはい、おはようございます。手は離そうね。」



 俺は宮田の手を軽く去なし、出来るだけ穏やかな笑顔を作った。



「猫実さん、照れてます?」



 緩く巻いた毛先をくるくると弄びながら上目遣いで尋ねる目の前の女に、酷く冷酷な感情が芽生える。そして同時に、金曜日からのモヤモヤの正体がわかる。

 他人に興味のない俺だが、どうやら宮田には感情を揺さぶられたらしい。

 俺の感情を揺さぶるやつは、極少数いる。しかも、その感情は"嫌い"か"好き"しかない。

 どちらにも分類されない大抵のやつはどうでもいいになるのだが、この女はどうやら俺の感情を揺さぶるやつだったようだ。しかも"嫌い"の方。



 さて、この女をどうしてやろうか。

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