第17話 瀬田の勘

 

「またまた連れないねぇー。あ、でも俺心当たりあるぞ?えーと、確か…"なつき"だっけ?」


「は?な、なんでその名前……」



 俺の頭は???でいっぱいだった。

 なんで瀬田がその名前を言うのか?軽く頭がパニックになる。

 俺のその様子を見て、何か感じたのか、瀬田は俺に確認する様に、言葉をかけた。



「んーと、2年くらい前?お前が珍しく酒で潰れた事あったろ?その時に呟いてた名前…"なつき"?あれからずっと気になってたんだよね。社内だと思ってなかったからスルーしてたけど、社内なら、もしかしなくても、仲原女史のことだよな?少なくとも俺の知る限り、"なつき"なんて、仲原女史…仲原 名月しかしらない。」


「……」


「黙っているということはビンゴだな。お前が社内で惚れそうな人間なんて、彼女以外にいないだろ。管理本部ウチの横の繋がり舐めんなよ。」



 黙り込んで狼狽える俺を横目にみると、ニヤニヤ顔の瀬田は全てを察したかのように言った。


 前から瀬田の勘に聡いところと、人のパーソナルスペースに土足で踏み込んでくる所が気に入らない。

 俺は不快感を顕にするが、瀬田は何処吹く風だ。


 俺は苛立ちをかき消すかのように、手元のビールを飲み干し、タバコに火を付けた。

 瀬田も勝手に俺のタバコを吸い始めたが、もはやそんな事は気にもならなくなっていた。

 タバコの煙を吐きながら、瀬田は俺に諭すような口調で言った。



「自分をしっかり持ってて、美人。尚且つ人に優しく思いやり溢れる…お前じゃなくても惚れるって。実際、彼女かなり人気あるぞ?惚れてるなら何故いかない?いつもならスマートに誘うお前らしくないじゃねーか。」


「わかってる…俺らしくない事くらいな。だけどきっかけがなかった。それに…彼女には恋人がいる。」



 恋人……その言葉を発して俺の心はズクリと傷んだ。

 俺らしく無いことなど、言われなくたって十分過ぎるほどわかっているのだ。

 今までの俺だったら、相手に恋人がいても関係なく誘っていただろうが彼女にはそれが出来なかった。

 身体を繋いでしまえば離さない自信はある。だけど彼女の事が大事だから、そんな風に適当に扱いたくなかった。


 アイツは、彼女を適当に扱っているのに?


 そんな考えが頭をよぎって、怒りで身体中の血が沸騰する。

 アイツへの怒りと押せない自分のヘタレ具合に、俺は苛立ちを隠せず、髪をくしゃくしゃっと搔きあげた。


 瀬田は珍しく俺が真面目な告白をしたことに、驚いたように目を丸くして、そしてどうやって声を掛けていいかわからないという心痛な表情を浮かべている。俺は薄く嘲笑を浮かべた。

 気まずい空気が流れたが、店員が追加のドリンクを運んで来たところで、瀬田が沈黙を破り口を開いた。



「恋人か……で、仲原女史の相手は社内か?」


「あぁ、二営の鈴木だよ。」



 その瞬間、瀬田は何かを思い出したかの様な顔をしたが、直ぐに心底何かを軽蔑する様な表情に変わる。



「マジかよ…二営の鈴木って笹尾さんとこの鈴木か?はぁ…なんでよりにもよって…てか、ソイツうちの宮田と付き合ってるはずだぞ?え、まさか…」


「あぁ、そのまさかだよ。アイツ仲原さんと付き合っていながら、他の女とも付き合ってる。」


「二股掛けるとか…マジで最悪だな。仲原女史は置いといて、まぁ、鈴木と宮田は似た者同士お似合いかもな。あ、ちなみに問題の女子社員はその宮田だから。」



 瀬田は乱暴にタバコを吸い込み、大きく吐くのと同時に苦虫を噛み潰したように呟いた。

 言い終わると、瀬田は直ぐにニッコリと笑顔を作り、恐ろしく冷たい声でブラックな一言を言い放った。



「てなわけだから、仲原さんのかたきと思って思いっきりやって貰っていいからね。管理本部ウチとしては、更正すればよし、だめなら退職で構わないと思っているからさ。初めからそのつもりだしね。」



 そう言って瀬田は、少し乱暴にタバコを灰皿へグリグリと押し付け、冷たい笑みを浮かべた。そのあまりの冷たさに、周りの温度が数度下がった気がした。氷の貴公子の二つ名は伊達ではない。

 瀬田は二本目のタバコに火を着け、話題を変えた。



「それで、仲原女史の事はいつから?」



 瀬田の直接的な質問に、今まで誰かに心の内を晒すことをしたことのない俺は、少し戸惑った。

 じっと、こちらを見据えている瀬田と目が合う。

 何故この男はそうまでして、俺の心に入って来ようとするのか理解が出来ない。


 俺も瀬田をじっと見据えた。瀬田の目から悪意は感じず、寧ろ、俺を心配している事が伺えた。あの時の彼女の瞳と同じだった。

 斜に構えていた気持ちがふっと消え、肩の力が抜ける。


 なんだ、瀬田も彼女と一緒か。


 正直心の内を明かすことに慣れていないし、些か不本意ではあるが、ここまで踏み込んでこられたらもう隠し立てしても仕方ない。俺は溜息をひとつ付き、その後は素直に瀬田の質問に答えることにした。



「彼女が就活してる時に、ばったり出会って。多分一目惚れだろうな。そこからずっと俺の一方的な片思いだわ。らしくねぇよな。」


「それは長いな…。そうか、それでここ三年くらいパッタリ女遊びしてないのか。しかし、他人に興味持てない冷徹人間のお前が一目惚れで片思いねぇ…お前のファン達が聞いたら卒倒するだろうな。」



 瀬田は面白そうにくつくつと笑う。その瞳は優しかった。その表情に思わず俺も連られて笑顔になる。



「なぁ、想いは伝えないのか?奪っちまえよ。」



 真剣な眼差しを向け、グラスの氷をカラカラと回しながら瀬田が俺に尋ねた。



「今は機会を見計らっている、って感じかな。その為に本部長にかけあったんだから。」


「なるほどな。認知されてないなら、強制的に認知してもらおう作戦か。お前、策士だな。で、どうやって本部長に説明したんだ?」


「俺の案件を確実に受注してこれるのは、仲原さん以外にいない。会社の利益を考えたら、戦略的に彼女に専属になってもらうのがいいだろうって説明した。」


「ちょ……会社まで巻き込むとか…これだから出来る営業は嫌だわ。」


「確実に手に入れたいからね。使える物はなんでも使うよ。」



 俺は少し考えて、答える。彼女の事を考えると自然と頬が緩んだ。

 そんな俺の様子を見て、瀬田は表情を緩め、ふっと笑った。



「本気なんだな。」


「……もちろん。」


「そっか。良かったよ。お前の荒れてた頃を知っている俺としては、お前に幸せになってもらいたいからな。何かあったら協力は惜しまん!管理本部の情報網全部使ってやるからな。」


「ははは、サンキュ。」


「いいんだよ。…いやー本当に良かった。」



 瀬田は頻りに、よかった、といい柔和な笑みを浮かべた。タバコを一息吐き、そしてグラスを目線まで持ち上げる。

 


 カチン


 俺たちはグラスと目線を合わせ、ふっと笑うと一気にグラスを煽った。

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